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想ひ出のアヂサヰ亭  作者: 七海美桜
十八膳目
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しのの秘密とキャベジ巻・下

 キャベツを一枚づつ破れないようにめくると、竈の上に置かれた鍋の中のお湯の中に入れる。しのの隣で、りんさんも同じことをしている。なんせおとよさんとわかが増えた分、まかないの人数は多くなった。勿論嫌な事じゃない、二人が増えたのをみんな歓迎している。

 火が通り柔らかくなったキャベツの葉をすくい上げると、二人の間に置かれた水の入った鍋に入れる。俺はその手前の竈で、豚ひき肉とみじん切りした葱を塩コショウで炒めていた。


 掘り出した財宝を急いで風呂敷に入れ、俺たちは穴を埋め直した。木が多い場所だったので、誰かに見られる心配はなかったのが助かった。


 持ち帰った財宝は、ひとまず俺が寝ている部屋の畳を一枚上げて、穴を掘って再び埋めて隠した。その間、しのは何も聞いてこなかった。俺が指示すると、黙って頷いて手伝ってくれた。怒っているようには見えなかった――ただ、何処か寂しそうな顔が心配だった。しかし今日の夕飯は少し手間がかかるので、りんさんも早めに来てくれるから話は後でと蕗谷亭に戻った。


 キャベツとひき肉の粗熱(あらねつ)が取れると、塩と生姜で味付けして握り拳より少し小さい形でひき肉にまとめてキャベツで包む。つまり、現代でいうロールキャベツ。この時代では「キャベジ巻」と呼ぶらしいね。この時代では包んだまま煮込むらしいが、俺は食べやすさを考え、干瓢を茹でて中身をしっかりくくった。ここだけは、現代の調理方法に近い。

 そうして、一番出汁で味が落ち着くように煮込む。煮すぎて型崩れしないように気をつけて、うどん粉を溶いたものを入れてとろりとした汁にする。現代のケチャップやコンソメの味付けではない。

 今日はそれに白米、油揚げの味噌汁、糠漬けに小松菜の浸し物。うん、美味しそうに出来た!


 夕飯の時間になると、薬研製薬の人たちと清と治郎、わかが来た。俺は俺は子供たちに「熱いから気をつけて食べろよ」と声をかけた。

 薬研製薬の人たちは一口食べて「美味しいね」と言ってくれたが、その後は新しくできる寮の噂話で忙しそうだった。

 それに、最近遠野さんは同じ年頃の荒木さんというしのと同じロイド眼鏡の女性と、仲がいい。実はお付き合いしている、と俺は遠野さんに聞いていた。それで、最近は食堂の手伝いに来るのが少なくなっていたのだ。しのは聞いていないだろうがなんとなくそれを悟っているようで、先月の俺たちの十四の誕生日前から彼の話をすることがなかった。


 もうすぐ、四月だ。次第に暖かくなってきているが朝晩は少し寒い。餡の温かさが、肌寒い今にはちょうどいいだろう。

 薬研製薬の人たちと入れ替わりに、今度は珍しく長屋の皆がそろって食べに来た。子どもたちは食べ終わって、親を部屋の隅で待っていた。

「美味しいねぇ、霜が降りた後のキャベツは甘くていい」

 辰子さんが本当に美味しそうに笑顔を浮かべて、俺に言ってくれた。高藤さんは「うんうん」と言いながら、それでも急いで食べている。しのたちが好きな連載小説の締め切りが近いらしくて、食べたらすぐに執筆に戻らないといけないらしい。忙しくてもちゃんと食べなさい、と辰子さんをはじめりんさんやおとよさんに怒られたので、それを守ってくれている。


「恭介さん、本当に料理お上手ね。あたしより、ずっと上手だよ」

 源三さんの仕事を手伝い、最近笑顔が多くなったおとよさんにもそう言われて、俺は少し照れた。明治の調理法より美味しいロールキャベツを作ることが出来るが、先の時代の料理やアレンジを多く作ることはなるべくしない。だからこの時代風の料理でも素直に褒められると、やっぱり嬉しい。

「肉汁が溶けた餡が美味い。肉でも出汁が優しくて野菜に包んでいると食べやすいんだな。白米の上にのせて丼にして食べると、餡がご飯に混ざってさらに美味しく食べられる」

 「ま、俺の仕入れた野菜だからな」と続けて、源三さんは得意げに言いながらも美味しそうに食べてくれている。源三さんも、やはり肉食がそう浸透(しんとう)しきっていない時代で大きくなったせいか、肉は苦手で魚の方が好きだった。けど俺がまかないを作り始めて肉料理を多くすると、最近は喜んで食べてくれるようになった。

「じぃちゃん、じぃちゃん」

 横で遊んでいたわかが、キャベジ巻丼をかきこむように食べた源三さんの元に歩み寄り、彼の頬に付いた米粒を指差した。

「余程、美味しかったんだねぇ」

 松吉さんが笑うと、源三さんも笑いながら米粒を取って口に入れた。


 みんなが笑い合っている中、しのが俺の着物の袖を引っ張った。俺が隣にいるしのに視線を向けると、しのは困ったように小さく笑った。

「あたしは、兄ちゃんに四年も嘘をついてた。だから、急いで兄ちゃんはあたしに説明しなくてもいいよ。兄ちゃんが――誰でも、兄ちゃんはあたしの兄ちゃんだもん」

 その言葉に驚く。もしかして、しのは俺が恭介ではないことに気づいているのだろうか。


「俺は、ちゃんと話すから――少しだけ、待っててくれないか?」

「分かったよ。あたしは兄ちゃんの妹。ずっと信じてるし、味方だよ」

 その言葉に胸が少し痛んだ。しかし今は――あの財宝をどうするか、俺は悩んでいる。

 おっかさんに話しても困るだけだし、薬研氏に話すと――時代の流れに、石を投げてしまう気がする。それほど、彼の力は大きい。


 尊さんを待とう。

 彼としのに、本当の事を話そう。俺が誰で、どうしてここにいるのか、を。


 俺は懐に大切にしまっている、尊さんから貰った懐中時計を握りしめた。

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