しのの秘密とキャベジ巻・中
まかないの昼飯や昼定食が終わり、夕飯の用意を簡単にして俺たちは一度家に帰った。おっかさんは、髪を結うために早めに家を出ていた。ちゃぶ台にお茶としのが作った蒸しケーキが並べられて、俺たちはその前に座っている。
しのは少し緊張した顔をしている。しのが秘密を話すと言っていたが、しばらくはどちらから口を開くか様子を窺っていた。だが、やはりしのが先に動いた。立ち上がって、小箪笥から何かを取り出して俺の目の前に置いた。そうして、再び腰を下ろす。
黒い、皮みたいな……不思議と見覚えがあるような、長細い何か。俺はそれが何か、じっと見つめていた。喉まで出かかっているのだが、出てこなくてもどかしい。
「これ、九のときに兄ちゃんが、軍の馬に蹴られた事があったでしょ? その時に、兄ちゃんの手がこれを握ってたの。兄ちゃんがこんなよく分からないもの持っていないのは、ずっと一緒にいるあたしは知っているから、びっくりしたの。でも、兄ちゃんに駆け寄った時に帯に隠したの――どうしてかは分からないけど、その時は隠しておいた方がいい、と思って。誰かにこれを、見られちゃダメだって」
「――俺が? これ、触ってもいいか?」
俺が明治時代にタイムスリップした時のことだ。俺が尋ねると、しのは緊張した顔のまま小さく頷く。
思い出すと、以前しのが兵児帯の中に隠したり、俺が小箪笥を開けて見て怒られたことがあった。
手を伸ばし、それを持ち上げる。感触を確かめながら考えた。
革、だよな……ん? これは、金具か……もしかして、ファスナー?
そこまで考えると胸の奥がざわめき、現代の記憶が一気に蘇った。
「――これ、俺の財布だ! なんで、これがここに!?」
「え?」
しのが驚いたような不思議そうな顔をしているが、俺は構わずその財布を開けた。チャックを開けると、しのはますます怪訝そうな顔をする。多分しのはチャックの開け方が分からず、今まで中身を見たことないのだろう。
中には、前日のバイト終わりに多めに貰った現代の紙幣たち。少しの小銭。そして、ばあちゃんがくれたお守り。間違いない、現代の恭志である俺の財布だ!
「兄ちゃんの財布って、どういうこと?」
しのは、まだ理解できないようで財布を触っている俺を不思議そうに見ていた。まさかこの時代に令和のものを目に出来るとは思わなかった俺は、どうやら興奮していたらしい。しのの問いにすぐに答えず、財布の中から一番気になっているばあちゃんのお守りを取り出して、迷わずに開けた。
ばあちゃんの言葉が脳裏に浮かぶ。『困ったら、このお守りを開けなさい』と、何度も俺に言っていた。震える指で紐を解き、高鳴る心臓の音を感じながら中を覗き込んだ。
お守りの中には、折りたたまれた紙が二枚入っていた。俺はまず、一枚目を開いた。そこには、手紙らしきものが書かれていた。俺はごくりと喉を鳴らして、それに目を通す。
『この手紙を読んでいる、どこかの時代を旅している君へ。君の役に立つはずのものを、僕はここに埋めておく。
元の時代に戻れたら、僕や君と同じように、自分が存在しない時間を旅する人のために、君も財宝を隠してほしい。
困っている誰かを助けてあげてほしい。僕もその恩を受けたから、この感謝の気持ちを残しておく。
君が僕の財産に感謝してくれたなら、とても嬉しい。
僕の財宝が、今の君の助けになることを願って――そして、困難を乗り越えた君が無事に自分の時代に戻れるように祈っている。』
俺は、その内容に衝撃を受けた。俺の他にも、タイムスリップをした人がいる! そうして、助け合っているのだ。そのことに興奮したまま俺は、もう一枚の紙を広げた。しのは、黙ったまま俺を見ている。俺が話すまで、待ってくれているようだ。それに感謝しつつ開いた紙は、地図だった。このお守りの神社の隅らしいところに印が描かれている。
「ねぇ――兄ちゃん、一体どういうことなの?」
「しの、説明をする前に風呂敷とシャベルを持ってこのお守りの神社に行くぞ。蕗谷亭を買い取れる金が手に入るかもしれない」
「どういうこと? 変な事をするんじゃないよね?」
痺れを切らしたしのがようやく俺に声をかけてきたが、俺は説明するよりも先に財宝を探しに行くことにした。質問に答えない俺の言葉に心配そうな顔をしながらも、しのは風呂敷を用意した。俺も、自分の風呂敷を取り出した。足りなかったら、困ると思ったからだ。
この財宝の事を説明するためには、俺が恭介ではないことや未来から来たことを話さないといけない。たくさんの時間をかけて、タイムトラベルなんて知らないしのに分かるように、説明しなければならない。
しかしまずは、財宝が本当にあるのかを確認しなければならなかったからだ。
「しの。俺に聞きたいことがたくさんあるって、ちゃんと分かってる。けど今は、俺を信じて付いてきてくれないか? 俺は、悪いことは絶対にしてないしこれからもしない」
裏の農機具置き場から出した鍬を手にそう言うと、しのは俺の顔をじっと見て先ほどと違って大きく頷いてくれた。
「分かったよ。あたしは、兄ちゃんの妹。ずっと兄ちゃんを信じてるし、ずっと兄ちゃんの味方だよ」
その言葉に、少し胸が痛んだ。あくまでしのは、俺を双子の兄の恭介だと思っているからだ。俺が『平塚恭志』だと知ったら――どう思うのだろう。恭介でなくても、俺が現代に帰るときまで、同じように俺を慕ってくれるのだろうか。
俺は財宝に興奮と不安を抱え、しのと並んで神社へ向かった。
――いつからだろう、俺たちが手を繋がなくなったのは。
そのぬくもりを思い出す前に、神社に着いてしまった。俺は感傷的な想いを振り払って、地図を頼りに印がある場所を掘る。
すると、土の匂いに混じって金属の硬い手触りが現れた。どうやら、土の中に壺があるみたいだ。緊張しながらも俺たちは二人で力を合わせて、重い壺を引き上げた。
その瞬間――夕暮れの神社に、黄金の光が反射した。
しのと俺の顔を、まばゆく照らす。本当に、財宝があったのだ。




