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想ひ出のアヂサヰ亭  作者: 七海美桜
十六膳目
49/65

チキンライスと岸田中尉・下

「ほう。これは美味い。以前軍で出されたチキンライスとは違いますな」


 博少尉以外、みんなよく食べるみたいだ。意外なことに、小柄な平塚上等兵も箸が進んで、少し多いかなって思った量の唐揚げを平らげていた。実は唐揚げも、昭和初期に出回った料理だ。中国料理に似たものがあったそうなんだけど、中国では細く切った豆腐を揚げたものが『唐揚げ』の主流で、養鶏所が増えたおかげで日本では唐揚げと言えば鶏になったそうだ。

 彼らはフライの一種と思って食べたようだが、肉汁あふれる俺の唐揚げが気に入ったのか、すぐに食べ終わって次の料理を期待して待っていた。

 そうして、今はチキンライスと馬鈴薯のスープ、ずゐきの酢の物が机に並んでいた。

「はい、チキンライスと言っても色々な国の料理があります。今回用意したのは、(タイ)の国風です。生姜のタレをかけて召し上がってください」

 料理は作り終わったので、俺たちは門田さんにお茶と漬物を茶請けに出して、薬研氏のテーブルの横に並んで立った。

「泰?」

印度支那(インドシナ)半島にある国ですよ。仏蘭西(フランス)領と英吉利領に挟まれた、独立王国です」

 博中尉は、頭脳派のようだ。そう岸田中尉に説明しながら、珍しそうに俺のチキンライスを眺めていた。

「なるほど――そんな珍しい国の料理とは。坊主――いや、恭介と言ったか、どこで勉強したんだ?」

「薬研様の話でお知りとは思いますが、英吉利のおとっつぁんが残した本で勉強しました」

 俺は誤魔化そうとして思わずそう言ってから――おっかさんとしのがいることを思い出して、はっとした。そんなものはない。あったとしても、英語で俺が読めるはずがない。三歳で俺たちはおとっつぁんと離れたんだから。

 これは、令和の現代で俺が知っている知識でアレンジした料理だ。おっかさんは何も言わなかったが、しのは明らかにびっくりした顔で俺を見ていた。


 しまった。


 動揺したが、薬研氏たちの前で変な事は言えない。俺は、しのから視線をそらして愛想笑いを浮かべた。

「同じ鶏でも、さっきのは油が多くて濃い味だったが、これは生姜タレのおかげでもあるんだろうが鶏肉本来の油が楽しめて、米と調和している。混ぜご飯の海外風の味だ――だけど、懐かしいような……優しくて美味い。洋食は味付けが独特的なものが多いが、君が作ったこのチキンライスは何故かホッとするな」

「馬鈴薯のスープも、舌触りが良くていい味ですよ。本当に、君たちで作ったのかい? 俺たちの新しい駐屯地で料理を作って欲しいくらいだ」

 美味しそうに食べる岸田中尉の言葉に、杉谷中尉が言葉を続けて俺たちに笑いかけた。しのが、恥ずかしそうに着物の袖を握っている――まあ、本当に男前だもんな。

「もう少し離れた場所に、新しい駐屯地が今作られているんだ。そこで、尊と彼らが配属されることになる。機会があれば、また彼らに料理を作ってくれ」

 薬研氏が、そう教えてくれた。そう言えば、まつさん夫婦が「大きな建物が建つみたいだ」と教えてくれていたのを思い出した。こんな近くに、駐屯地が出来るのか。

 その時、おっかさんが三味線を袋から出した。俺たちの会話の邪魔にならないように、控えめな音で三味線を弾き出す。岸田中尉が、またうっとりとした顔になった。明るい音色だが、俺の知らない曲だ。


「ぎっちょんちょん」


 不意に曲の合間に、博中尉と平塚上等兵以外がそう楽し気に揃って声を上げたので、俺としのは目を丸くした。

「そうか、お前たちは知らないか。これは、お座敷歌の『ぎっちょんちょん』という曲だ。合いの手を入れて、楽しむものなんだよ」

 岸田中尉が俺たちの様子に気が付いて、そう教えてくれた。なるほど、この時代でなくても、お座敷なんて縁のない俺は知らないはずだ。


 それからおっかさんの三味線を聞き、合いの手も忘れず口にしながら彼らは俺たちが用意した料理を、綺麗に食べ尽くした。俺がびっくりするぐらいの量だったのに、だけど全部食べてくれたことが嬉しかった。

「そうか、昼しか営業してないのか――よひらさんも、昼しかいないのか」

 帰るとき、明らかにがっかりしたように岸田中尉は肩を落とした。

「たまに、昼は駐屯地で食べずにここに来ればいいではありませんか。それに、この子たちが大きくなれば、夜も店を開けるかもしれませんよ?」

 昭少尉が、そんな岸田中尉を慰めるように、彼の背中をポンポンと軽く叩いた。

「どうぞ、うちの店を可愛がってくださいませ」

 おっかさんが笑いかけると、岸田中尉は「はい!」と大きな声を上げた。その様子に、みんなが笑った。

「駐屯地がここに出来て配属されれば、もっと気楽に来れますよ。では、馬車も来たようですし戻りましょう」

 彼らは俺たち親子に「またな」とあいさつをして、外に出ていった。

「また、来てくださいね」

 俺は、丁度平塚上等兵が前を通るときにそう声をかけた。気のせいだと思うけど――俺は、現代と何か繋がりがあるかもしれない彼との縁を、深めておきたかった。

「本当に、美味しかったよ。また来るから、腹いっぱい食べさせてくれ」

 平塚上等兵がそう言って笑いながら店を出ていくのを、俺はぼんやり見送った。気のせいか、ばあちゃんに似た笑い方だった。


「今日は沢山の量なのに美味い飯を用意してくれて、ありがとう。これからは、尊の部下になる彼らの事もよろしくな。今回は、材料費が多くかかっただろう、とっておきなさい」

 薬研氏はにこやかに笑うと、俺に二円渡して門田さんと連れて出ていった。俺はその二円を握り、玄関から外に出た。二台の馬車に彼らは乗り終わっていた。しのが続いて出てきた。

「今日は、ありがとうございました! またのご来店お待ちしています」

 俺は声音を上げてそう叫ぶと、深々と頭を下げた。隣でしのも、頭を下げた。


 馬車が進みだす――俺も運命も、動き出したのかもしれない。そう感じる、不思議な縁が多い昼食会だった。

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