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想ひ出のアヂサヰ亭  作者: 七海美桜
十一膳目
33/65

初日の夕飯はオムライス!・中

 俺は、畑の事は全く知らない。家庭菜園をしていた、現代のおばあちゃんの姿を見たくらいしかないのだ。それに記憶にあるのはもう実がなっている状態だったので、最初の土作りが分からない。現代なら肥料もホームセンターなどで売っているが、この時代には当然ホームセンター自体ない。

 歴史的に下肥(しもごえ)を使わなければならないかと俺の頭を悩ませたが、『植物油粕(あぶらかす)』や『魚肥(ぎょひ)』を使うと良い。と、少し前に松吉さんに教えて貰った。田舎に行けばまだ下肥を使っているが、東京は匂いで嫌がられるし植物油粕や魚肥の運搬が便利になって、多く使われているという。(くわ)などの農機具を買った時に、肥料も買っておいたのだ。


 俺が畑として利用しようとしている土地の向こうには、荒れていた時に茂っていた葉が刈られて置いてあった。改装工事の際に刈り取った葉をそこに置いて貰って、尋常小学校の帰りに何度も下駄で無んでいるので、それらはもう腐りそうな状態だ。そうしてこれに、料理の時に出た野菜屑や出汁を取った後の鰹節、卵の殻、もう古くなり過ぎた米糠(こめぬか)などを毎日加えていた。

 俺が下駄をはいたままの足で踏んで混ぜた事によって、生ごみや米糠が刈り取られた葉といい具合に混ざり合い発酵して、とても良い『腐葉土』が出来上がった。それを、肥料に共に畑の土に混ぜる。そうして、栄養がある土を作るのだ。

 この腐葉土を加える為の土を、掘り返して耕しておかないといけない。土を耕す時間が中々出来なかったのだが、俺は食堂開始日から一緒に畑仕事を始める事にした。今から始めれば、運が良ければ夏野菜が育つかもしれない。


 予定した個所の半分ほど耕したが、まだ小さい俺の体では土を耕すのは辛かった。あと半分耕さないといけないのだが、そろそろ昼めしの支度を始めないといけない。痛む腰を叩きながら農機具を一度直して、手や足を洗う為に井戸に向かった。



 昼食を食べ終わった人達から順番に、朝と同じように各自自由に食堂を出て行った。俺達も食事を終えて、食器を洗う。するとりんさんが割烹着を脱いで綺麗にたたんでから、きゅっとタスキをして着物の袖を上げた。

「さあ、畑に行こうか。恭ちゃん、後はあたしに任せな! うちは実家が米農家だったから、土を耕す事なら慣れてるんだよ。小さな頃から、ずっと手伝ってたからね」

「畑? ああ、この横にある畑かい?」

「そうだよ! 折角畑があるから簡単な野菜を自分たちで作ろうって、兄ちゃんが用意してくれてるんだ」

 俺達と一緒に食事を食べて寛いでいたおっかさんが、のんびり煙管を咥えて元気なりんさんの姿を見てそう呟いた。その言葉に、しのが嬉しそうに頷く。しのは、腐葉土を作るときどうしても腐った葉を踏むのが嫌だったらしく、「ごめんよ」とすまなそうに言って、そばで俺を見守っていた。


「何だか恭介は――大人になっていくねぇ……」


 ポツリとそう呟いたおっかさんは、少しだけ寂しそうだった。しかし、すぐに煙管から深々と煙を吐いていつものように不器用ながらも笑った。

「あたしも少し見物させて貰おうかねぇ。手伝えないけどさ」

「よひら姐さんに土を耕して貰うなんて、そんな事絶対にさせやしないよ! 男衆に怒られちまう」

 俺達は笑いながら、畑へと向かった。しかし俺は寂しそうなおっかさんの事が少し心配で、内心曇った気分だった。


「あれ? 松吉さん?」

 俺たちが畑に着くと、松吉さんが俺が耕した所を眺めていた。店はまつさんに任せて、覗きに来てくれたらしい。

「恭介、もっと掘り起こさんと駄目だ。これじゃ、浅すぎる」

「そうだね、土作りならもっと掘り返さないと」

 松吉さんの言葉に、りんさんも頷いた。俺はあんなに一生懸命頑張ったのに、と(くわ)を持ちながら肩を落とした。


 それから慣れた松吉さんとりんさんが頑張って、畑の土の全てを掘り起こしてくれた。俺がやっていた時間位で、二人で手早く片付けてくれたんだ。それから腐葉土と肥料を蒔いて、土を(なら)す。

「ん、これでしばらく土地を寝かせておくといい。すぐに種を蒔くのは、止めておけ」

 額に滲んた汗を手拭いで(ぬぐ)って、松吉さんは耕された畑を見渡した。

「松吉さん、りんさん。力仕事を有難うございました」

 結局、俺達の出番は全くなかった。りんさんも、腕で額の汗を拭っていた。

「お互い様だ。じゃあ、俺は店に戻るな」

 松吉さんは井戸で手足の汚れを流してから、軽く手を振って急ぎ足で店に戻って行った。松吉さんは普段そう言葉は多くないが、まつさんと同じく頼もしい人なんだ。


「りんさん。畑を耕して疲れただろ? だから、今日の夕飯作りは休んで良いよ?」

 俺がそう言うと、りんさんは首を横に振った。

「よしとくれ。あたしはまだ若いから、大丈夫だよ。その代わり、夕食の準備をする時間まで寝ててもいいかい?」

「勿論、空き時間は好きにして下さい! じゃあ、俺たちが食堂に行くときにりんさんの家に寄って、起こしますね」

「ありがたいよ、頼むね」

 りんさんはそう言って笑うと、自分の長屋に戻って行った。


「恭介」

 不意におっかさんに呼ばれて、俺はおっかさんに顔を向けた。おっかさんは俺の兵児帯に挟まっていた手拭いを濡らすと、優しく頬を拭いてくれた。どうやら、農機具を運んでいる時に何か顔に付いたようだ。

「土が付いてたよ。男前が台無しじゃないか」

「おっかさん、ありがとう」

 まだ少し不器用に笑うおっかさん――よかった、いつものおっかさんだ。

「さて、あたしも用意しないとね。今日は薬研様のお座敷で、あたし以外の芸者も四人呼ばれて賑やかになる。帰りは遅くなるかもしれないから、気にせず先に寝てておくれ」

 俺達も自分の長屋に向かいながら、そんな話をしていた。

「帰り道、気を付けてね」

「薬研様はいつも、帰りの馬車を用意してくれるからね。大丈夫だよ」

 しのは何か話を作って、少しでも多くおっかさんと話したがっている――仕方ない。俺達二人は、おっかさんが大好きだから。


 俺も少し寝ようかな。大きな欠伸をしてから、春の空を眺めてから家に入った。

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