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想ひ出のアヂサヰ亭  作者: 七海美桜
四膳目
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寒い冬に温か茶わん蒸し・中

 いつもの様に昼前に終わった、尋常小学校の授業を終えて帰る途中。陽気に唱歌を歌うしのの横を歩きながら、俺は今日の昼飯は何にするかを考えていた。昨日貰った獨活(うど)はまだ保存できるが、冷蔵庫のない時代だから、腐る前に鶏肉は消費しなければならない――そう言えば、冷蔵庫っていつできたんだっけ?


「兄ちゃん、どうしたの?」

 しのが不思議そうに、そう声をかけてきた。周りの日本人と少し違い西洋人形の様なその笑顔は、相変わらず可愛い。大きな瞳は、歳より幼く見える。だからこそ、俺達は珍しがられるのだろう――そんな奴らも、もう少しすれば今以上に容姿端麗に成長するだろう俺達に、羨望の眼差しを向けるに違いない……なんてな。

 しかしそんなまだ幼く可愛らしいしのだが、精神的には現代の小学生より大人びているギャップがすごい。時折俺は、しのに驚かされる。

「いや、今日の昼めしは何にするか考えててさ――しのは、何を食べたい?」

「あたしは、温かいものなら何でもいいよ。まだ寒いし」

 もうすぐ二月になる。朝も雪が降っていたし、まだ寒い日が続くだろう。温かいものか……そよは寝起きに食べる昼食は軽く済ませる事が多い。しかし、茶漬けや漬物ばかりでは味気ない。俺達は育ちだかりだし、ちゃんと食べた方がいい。

 そんな風に悩みながら帰ってくると、そよがまつさんの家から出てきたところだった。風呂敷に包まれた何かを持っている。

「お帰り、恭介としの。昨日のコロッケのお礼だって、まつさんがくれたよ」

 化粧をしていないそよは、どこか幼く見えるところがある。しのによく似た、大きな瞳だからだろう。仕事の時は、化粧で切れ長の妖艶にも見える目元にしているのだ。

「え、何々?」

 しのが嬉しそうに、その包みを受け取ると風呂敷を丁寧に開けた。


「卵と――これ、何?」

 その言葉に、俺も包みを覗き込んだ――土が少しついた、白っぽい塊だ。

「もしかして、――百合根?」

「恭介の言う通り、百合根だってさ。まつさんの実家から沢山貰ったそうだよ」

 卵に百合根、それに鶏肉……暖かいもの。

 まるでパズルのピースのように、俺の中で献立が決まった。


「よし、茶わん蒸しを作ろう!」


 突然声を上げた俺に、そよもしのもびっくりしたようだ。

「作り方、分かるのかい? いままで、作った事ないだろう?」

「多分――大丈夫。寒いから、温かい茶わん蒸し食べよう。俺が美味しいの作るからさ!」

 そよが瞳を細めて、そっと俺の頭を撫でてくれた。

「ありがとう、楽しみだねぇ」

「おっかさん、あたしも頑張って作るから!」

 俺だけ撫でられたので、しのが珍しく声を上げた。そよは優し気に微笑むと「しのも頑張るんだよ」と、優しく明るい髪のしのの頭を撫でた。すると頭を撫でられたしのが、嬉しそうな顔になる。俺達三人は揃って、家の中に入った。

 俺は最近、そよを心の中でも「おっかさん」と呼ぶ時がある。現代の俺とそう変わらない歳だが、まだ小さい俺にとって本当の母親みたいに思えているのだ。


 一番出汁は、朝味噌汁を作る時に作ってある。それを使おう。蒲鉾(かまぼこ)と三つ葉があると嬉しいのだが、残念ながらない。椎茸(しいたけ)はあるし、胡蘿蔔(にんじん)もある。それに百合根と鶏肉があれば、十分だ。

「兄ちゃん、あたしは何をしたらいい?」

 小さな台所に立った俺の横で、しのが俺に聞いて来る。おっかさんは、煙管を手にして俺達を眺めている。一昨日(おととい)よく呼ばれる座敷で食あたりが出たので、大事を取って今日も店が閉められているので仕事は休みなのだ。


「じゃあ、しのは水を汲んできて胡蘿蔔と百合根を洗ってくれないか? 鍋に入れる分の水も、忘れないでくれ。それから、椎茸の表面を綺麗に払って欲しい」

 キノコ類は、洗わない方がいい。それはしのも分かっているようで、頷くと桶を持って井戸に向かった。俺は大事に冷たい所に置いていた鶏肉を出して、ささみの部分を切り取った。残り――むね肉ともも肉は、別の料理に使おう。しのには鳥肉の処理を見せないように、水汲みを頼んだのだ――しかし、菜切り包丁では切りにくい。でも家にあるのは、この包丁だけだから仕方ない。


「恭介」

 不意に呼ばれて、俺はおっかさんを振り返った。

「楽しそうだねぇ――料理は好きかい?」

 煙管の煙を吐きながら、おっかさんは俺の顔を見つめた。その綺麗な顔を見返しながら、俺は「うん」と、頷いた。

「父親に、似たのかねぇ……あの人は貿易商人だけど、楽しそうに仕事の話をしていた。そんな所は、本当によく似てるよ」

 少し寂しそうで、どこか俺の姿に誰かを重ねているような――切ない少女のような幼い顔だった。

「――必ず、おとっつあんに誇ってもらえる料理人になるよ」

 俺はおっかさんを安心させたくて、思わずそう答えた。俺の中身は恭介じゃなく恭志(ただし)だが――それにいつまでここにいるか分からない。でも、この綺麗で不器用なおっかさんと可愛い妹を、本当に守りたいと思っている。だからここで生活できる間は、二人の為に頑張るんだ! って、俺は菜切り包丁をぐっと握って笑って見せた。


「なら、お店を開こうか。恭介が料理を作って、あたしとしので給仕するよ。そうして、繁盛させて東京で一番有名なお店にしようか」

「いいね、俺頑張って美味しい料理作るよ」

 俺はこの時、そんな事が出来るなんて思っていなかった。夢物語だと分かっていても、おっかさんが喜んでくれるならそれでよかったと思って話していた。


「楽しそうな声が、井戸まで聞こえてきたよ。何の話? あたしも聞きたい!」

 そこに、しのが慌てて入って来た。おっかさんと俺はくすくす笑って、俺達の夢の店の話をした。しのも、嬉しそうに話に加わる。今日は中々、料理が進まなかった。

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