いまどこ?この後そっち行っていい?
私には好きな人がいる。
私の好きな人には、彼女がいる。
私は彼女を知っている。
どんな人か、だいたいの雰囲気しか知らないけれど。
私が知っている彼女は、いつも彼の目を通した姿だけれど。
彼とは3年前に同じ研究所で同期として働き始めた。
物腰が柔らかくて、口数も少なくて、白い長い指が印象的な人。
なんでもそつなくこなす、そこまで目立たない人。
それがどうして、今になって、私が彼を好きになったのか。
気になるを超えて、好きになったのか。
理由はなんとなくわかっている。
彼女だ。
「すいません、今日これで帰ります。」
私たちの飲み会は長い。
先輩がおしゃべりで酒飲みで、帰るなんて許されないからだ。
いつもなら大人しくやり過ごしているのに、ある日彼は一次会で帰ると言った。
「なんで?明日早いっけおまえ。」
「いや。そういうわけじゃないですけど。」
「何?彼女?」
言葉に詰まる彼を見て、他の先輩が茶化したように言った言葉に、少し考えるようにためらってから彼は静かに2回、軽く頷いた。
「近くにいるらしいんで。もう遅いんで迎えに行きます。」
彼女がいるなんて知らなかった。
ふと、特別仲良くもない彼の新しい情報に私は少し驚いた。
「山中さん彼女いるんですね!」
なんて明るく言った1つ下の彼女は、入所当初から彼に好意を寄せていた後輩だ。
先輩たちはともかく、私たちの空気はすこし重い。
彼女の気持ちを知ってか知らずか。
うん、と短く返した彼の顔が、私の知っている3年間で初めて見る顔で。
少し照れたような優しい顔で。
私はなんだか嫌だった。
写真を見せろとか、今度連れてこいとか。
酔っ払いの声を背に彼の足はいつもより足早に思えた。
あの飲み会の日から。
彼のあの表情を見た日から。
長い足で足早に帰るあの背中を、私はきっと好きになった。