それはタバコ一本を吸う時間で済む仕事
一人の男の何も変わらない一日。
そんな男のもとにいつもどおり仕事の依頼が入る。
男は吸っていたタバコを消し次の仕事に向かうのだった。
夕焼けの空を見ながら一人タバコを楽しむこんな時間が大事なんだと俺は思う。
フーっと長い息を吐きながらタバコの先から出る煙を眺める。
西暦2030年
20年代に猛威を振るったコロナウィルスは世界各国のワクチンの摂取などの努力により収束をしたかのように思えたが、最後の派生型ウィルスΩ型の大流行により世界は再度ウィルスの驚異に怯えながら生活をすることになった。
革新的な技術が発達しないまま数年が過ぎ、世界の78億人も居た人口は半数近くの40億人にまで減ってしまった。
人々はそれまで以上に人通しの関わりを捨て自分本意の方向へ進んでいったのであった。
ーーーピピピッ!
かつてのスマートフォンと同じスペックを持つスマートウォッチが世界的に広がり電話という概念は腕時計の中に集約されるようになっていたのであった。
「せっかく一服してたところだってのにもう仕事の依頼か…」
男は一人立ち上がる。
デニムパンツに黒色の革ジャンを着てギターケースを背負っているこの男は次の依頼先に移動するのであった。
これ以上人口が減ったときの対応として自動車や電車などはすべてが自動運転化され車は目的地を入力するだけでその場に連れて行ってくれるようになったのだ。
「えーっとなになに?今度は埼玉か。さいたま市大宮区ね。埼玉県のど真ん中じゃねーかそんなところで仕事ろってのかい。困ったねぇ」
男は頭をかきながらぼやき車のナビに住所を入力して車は発進した。
スマートウォッチで先程の以来の詳細を流し読んでいく。
「ターゲットは橋本大祐57歳。えっと?あー。これは真っ黒だなー。そりゃ恨みも買っちゃうでしょうよ…ん?まぁそういうこともあるわなぁ」
男は左耳に無線型イヤフォンを差し込み通話を開始する。
「ハローカレン。調子はどうだい?」
『そろそろ来る頃だと思ったわよ。ちょっとまってね準備するから』
カレンと呼ばれた女性はカタカタとタイピングの音を立てて作業を始めた。
「それにしても平和の国日本で人身売買とはねー。恐れ入ったよ」
『どこの国にもこういった裏の部分はあるのよ。私達だってそうじゃない』
「ちげーねー。じゃ、俺らもいつ殺されるかわかんないからデートしようぜ」
『お断りよ。私タバコ吸う人嫌いなのよね。やめてくれるって言うなら考えてあげてもいいわよ』
「よし。この話はなしだちくしょーめ」
『ゲン。その車禁煙だからね。吸ったら殺すわよ』
ちょうどタバコを吸う準備をしていた男はビクッと体を揺らした。
「バレてた?しかしカレンに殺すなんて言われたら社会的に抹殺されそうだから怖いねー」
『もともと私達は社会的に抹殺されてるから大丈夫よ。物理的に殺ってあげるってことよ』
「ひー怖い怖い。おっとそろそろ埼玉に入ったぜ誘導よろしく」
『言われなくてももうやってるわよ』
男は車の中でギターケースの中身を確認する。
ケースの中にはライフルが1丁とハンドガンが2丁入っていた。問題なしと判断してケースの蓋を閉める。
「オーケーこっちも準備万端だ」
『そう。それは良かったわ。じゃ、作戦開始するわよ』
車をパーキングに停めショッピングセンターの最上階に移動する。
『そこからショッピングセンター無いのトイレの方向へ向かって。監視カメラがあるからトイレに行くふりをして階段へ向かってちょうだい』
「それ、階段に行ったらバレるんじゃねーの?」
『この階だけは階段方向へカメラが向いていないのよ。そんなヘマするわけ無いでしょ私が』
「そうだな。任せたぜプロフェッサー飯田」
『その名で呼ばないでって言ったわよね?今から警報を鳴らしてあげてもいいのよ』
「悪かったって。ここで失敗したらお前も困るだろうに」
『無駄口叩いてないでさっさと屋上の換気扇から移動しなさい』
「へいへい」
屋上への扉は準備をされていたかのように鍵が閉まっていなかった。
指定された通りの換気扇の蓋を開けるとこれまた準備されていたようで換気扇のファンは取り外されていた。
「いつもながら準備がいいね」
『私がやってるわけじゃないわよ』
このショッピングモールの換気用ダクトは隣のビルの換気扇と繋がっているという謎構造になっており、今回はここからの移動となった。
狭いダクトの中を匍匐前進で進む。
『この先2メートルのところに赤外線センサーがあるから注意して。距離は2メートル10秒間ジャミングできるから通り抜けて』
「おいおいおじさんをあんまり無理させるんじゃないよ。20秒とかにできないの?」
『無理。10秒以上は無効に感づかれるから』
「了解。いっちょがんばりますか」
指定のポイントに行きタイミングを待つ。なんて不憫な格好をしているんでしょうか俺は。
『ジャミングまで後5秒。4・3・2・1今よ』
タイミングを指示され全力の匍匐前進で前に進む。正直2メートルとか匍匐前進で測れないからよくわからん。
「行けたか?」
『行けてなかったら今頃サイレンの嵐よあんた』
「行けたんだったら良かった。この先の誘導も頼む」
地下で繋がっている部分を通り抜け垂直に伸びる換気ダクトを見上げる。
「なぁこれ正気かよ。何メートル登ればいいんだよ」
『対象は2階にいるから登って10数メートルよ』
「それが正気じゃねーって言ってるんだがな」
昔やってたテレビ番組でこういう壁のところを登ったりする体力自慢の集まりみたいな番組あったなと思い出してみたりする。ちくしょうもっと楽な侵入経路はあったはずなんだけどな。
『お疲れさま。この先10メートル行ったところにターゲットがいる部屋があるわ。この先は会話禁止で応答は耳のを叩いてね』
コンコンとYESの合図を送り再度匍匐前進で前に進む。
『部屋が見える位置まで行ったらもう一度合図をお願い』
ダクトを進むと金属の網があり中の様子が伺えた。人数は5人。
ターゲットと思わしき人物はここから顔は見えないが手前側に座っている男性だろう。向かい側に座っているのはそいつの商売相手ってところか。その後ろにおそらく側近の人間が各一人ずつと…。少女が一人。
コンコンとYESの合図を再度送る。
『ミッションの再確認よ。ターゲットはあなたから見て手前に座っている人物。ただし、商売相手も他の仕事のターゲットだから始末してOKと聞いているわ。まずは他の換気扇は切ってあるから煙幕を換気扇から入れる。その後下に降りてターゲットの相手をしてあげなさい』
コンコンと合図を送りタイミングを待つ。
『監視カメラの映像をジャックするまで残り5秒4・3・2・1・煙幕投下』
タイミングに合わせて煙を上げる。
「なんだ?どこからだ!」
「どうなっている!早くなんとかしろ!」
煙幕が一気に部屋を包み込むと部屋の中が慌ただしくなる。その声のおかげで君たちがどこにいるかも丸わかりなんだけどね。
ダクトから下に降り声のする方へ駆けていく。
「な、なんだおま…」
パシュ!パシュパシュパシュ!とサイレンサーのおかげで最低限の音しか出ない拳銃で一人一人丁寧に相手をしてあげる。声を上げる間もなく。静かに。
「ターゲットの殲滅を確認した。別件のターゲットもいるのだが、どうする」
『別件のターゲット?そんな予定は無いんだけど、誰?』
「白髪の少女だ」
『わかった。そこに置いていくのもなんだから連れていきなさい』
まじかよ…。
「お嬢さんお迎えに参りました」
「…誰?」
そう言った少女を抱きかかえ部屋から離脱する。
エレベーターからそのまま降りて少女と一緒に外に出る。
「ほんとにこれでいいんだろうな?」
『ええ、問題ないはずよ。今あなたの顔はターゲットだった人間の側近の顔になっているのだから』
ショッピングモールの近くに停めてあった車に戻り移動を開始する。
「こいつ連れてきちゃったけどいいのかよ」
『ええ、問題ないわ。向かい先はここよ』
スマートウォッチに次の目的地が表示されたので改めて目的地を入力し直す。
『あんたはその子とお話でもしてなさい」
女の子ってどんな話にくいつくか知らないんだけど。
「えっと、驚かせちまってすまねえ。名前はなんていうんだ?」
少女は静かにそして少し右上を見ながら考えるような素振りを見せ静かに口を開いた。
「ホワイト37564ってみんな呼んでた」
「そうか、じゃあ今から白な。長いから」
コクンとうなずくと少女はまた静かになったのだった。
長い沈黙に耐えられず、男はまた口を開く。
「お前はなんて言われてあそこに居たんだ?」
少女はまた考え、少しの沈黙の後に口を開く。
「今日は大事な日だから静かにしているんだぞって言われた。いつもお出かけするときはそう言われてた」
お出かけ…ねぇ。
「そっか、でもあんな高級なビルの一室に連れて行かれたらびっくりするだろ?」
「ううん。いつもあんな感じの場所だったから。大丈夫」
「そうか。大人なんだな」
「私が…大人?」
少女は静かに首を傾けまた思考を始める。どうやら男の言っていた大人という意味がよくわからなかったらしい。
「そうだぞ?あんなところに行ってもビビらないのは大人なんだよ」
「そうなんだ。知らなかった」
まぁ、知らないのも当然だろうがな。
資料によればこの白、ホワイト37564はこれまで施設の中で育ったと書いてあった。おそらく橋本に「おでかけだ」と言われたときのみ外に出ていたのだろう。
幼少期からそんな生活をしていたらこんな会話のペースにもなるだろう。なんせ会話をした経験が圧倒的に無いのだから。
「で、白は好きなものとかあるのか?」
「好きなもの?何それ?」
「好きな食べ物とか動物とかなんでもいいんだよ」
少女は今度は目線を落とし考え込む。
「わから…ない。好きなものってわからない」
「そうか…。じゃあ、しかたない。おいカレン目的地付近でちょっと寄り道しても大丈夫か?」
『何よ急に!えっと、その子を車から出さないで5分以内ならいいわよ』
「OKわかった」
その会話を聞いて少女はまた首をかしげる。
「どこか…行くの?」
「ああ、きっと気にいるはずだぜ」
車を目的地の手前の繁華街に停車させ男だけ車から出る。
数分後に戻ってきた男の手にはクレープがあった。
「何?それ?」
「クレープってやつだ。女の子はだいたいが甘い物が好きだろ?ほら、この後行く場所までそれでも食べて待ってろ」
手渡されたクレープをまじまじと見ながら少女は匂いを嗅いでいる。
「それは食べるものだ。匂いなんて嗅いでないでさっさと食っちまえ」
そう言われた少女は恐る恐るクレープを口に入れる。
何度か咀嚼をしているうちに目を輝かせるように見開き次々に頬張っていく。
「そんなに焦らなくてもクレープは逃げないぞ。そら急いで食うからこぼれちゃってんじゃねーか」
少女がこぼしたいちごジャムが白い服に赤いシミを作ったが、少女はそのことに気がついていないかのようにクレープを食べ進めていったのだった。
目的地についた頃にはクレープをすべて食べ終え満足げな顔をしている少女が後部座席に座っていた。
「どうだ美味かったか?」
「うま…かった」
うまいという表現を聞いたことがなかったようで、少女はまた静かに首をかしげた。
「じゃあ、今度はお出かけしような。この先で海が見えるところがあるんだ。行くぞ」
少女の手を引き、車から降りて堤防のところまで行く。
ちょうど夕日が沈む時間帯に間に合ったようだ。
「どうだ綺麗だろ?太陽ってのはすげーよな遠いところから俺らを照らしてくれるんだから」
少女はまた首をかしげていた。そしてじっとこちらを見ていた。ふと目線を落として自分がさっき汚してしまったシャツに気がつく。
「私…赤色…嫌い。いつも私が行くところ…赤色」
「そうか。俺は赤色好きだけどな。いつも見ている赤色だけじゃない。俺らの住んでいる国にはいろんな赤があるんだ。それだけいろんな赤があったらお前も好きになる赤もあるんじゃないか?」
やはりまた首を傾げる少女。
『寄り道はそろそろおしまいよ』
男はコンコンとイヤフォンを叩きYESの合図を送る。
ライターを取り出しタバコに火を付ける。
「眩しいだろうがよーく太陽の方をよーく見ておくんだ。きっと忘れられない景色になるはずだからな」
「…わかった」
少女はコクリとうなずくと言われたとおりに夕日の方を見た。赤々と燃えるような夕日が段々と海に沈んでいくのが見える。ゆっくりと沈んでいく太陽はもう少しで全部沈んでしまいそうなところまできた。
男が一番望んでいたものは平和。自分が仕事をすることできっと世界の人間が幸せになるのだろうと思いこの仕事を続けている。さぁ…仕事の時間だ。
パーン!という銃声が鳴り響いた。
それに続いてボチャンとなにかが海に落ちる音がしたのだった。
太陽は沈みあたりは闇に包まれ始める。明るいのは男の口元にあるタバコと灯台の明かりだけだった。
男はタバコを足で踏み消しその場から去ったのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
設定としては見たことあるような感じのものだったかなと思います。
どうしてもタバコを吸うキャラクターを書いてみたかったのとタバコを描写の中に入れてみたかったんです。
今の所読み切りの予定ではあります。
どうなってしまったかあやふやなままで終わらせてしまうのも何か違うのかなとも思いましたが、読み切りだからいろんな受け取り方をしてもらってもいいのかなとも思っています。