第二話
「ねぇ、イザベルちゃん、何で俺のプレゼントを知らない男に渡したの?俺に優しくしてくれたよね?ステージにいる君と何度も目があったし俺の勘違いじゃなければ君も俺の事好きって思ってくれてるよね?」
いやそれ勘違いだしと思ったけど今までもこういう事は良くあったのでにっこりと笑ってから人の多い通りに出て目の前の八百屋のおばさんに助けを求めた。
「おばさん、ごめんなさい。この人ストーカーです」
「ああ、またかい。美人も大変だねえ」
おばさんはイザベルの事を自分の後ろに隠して男を睨みつけた。
「アンタね、嫌がってる女の子に迫るなんて最低だよ」
「俺と彼女は想いあっているんだ!」
「想い合ってるなら邪魔しないけどイザベルちゃん自身が助けを求めてきてるんだからそんな一方的な行動はやめときな」
バッサリと切り捨てるおばさんに対して顔を真っ赤にした男が拳を振り上げた瞬間、黒い影がその腕を掴んで男性の急所に蹴りを入れた。男はぐえぇと悲鳴を上げてからその場に蹲った。そして金色のネックレスを投げつけた。
「これは彼女が要らないって言うから返すぞ。次にこの娘に話しかけたら今度はその大事な部分を治らないくらい思いっきり踏んでやるからな」
「うう、覚えてろよッ!」
完全に小悪党な捨て台詞を吐いて男は股を押さえたままよろよろと去っていった。覚えたくないし二度と会いたくないなぁとイザベルは思った。
「大丈夫か?入れ違いになっていたみたいですまなかった」
「いえ、良いんです。結果的には怪我もせず助かりましたし。ありがとうございます」
「あら、知り合い?」
「あ、お客さんなんです。この人は良い人だから大丈夫です。いつもすみません…」
「良いのよ。イザベルちゃんみたいな若い娘が安心して暮らせない街なんて絶対に駄目だからね。困ったらいつでも助けを求めてね。絶対に助けてあげるから。この辺りの人はみんなそう思っているわよ」
「ありがとうございます。いつも助けて貰ってばかりで何も返せなくて…」
「良いのよ、ほら、これ食べて元気出して」
おばさんが持たせてくれたのはツヤツヤと張りのあるオレンジだった。柑橘の良い香りで少しだけ緊張がほぐれた。男に追いかけられてからずっと怖かったのだ。慣れているとは言えやはり怖い。力では絶対勝てない相手に一方的な想いを告げられる事ほど嫌な事はなかった。イザベルは出来れば好きな人に自分を捧げたいのでストーカーやすけべ野郎には絶対屈したくなかった。
「何だかすごい場面に遭遇したな、ああいう事は良くあるのか?」
「ああいうってストーカーに追いかけられるとかですかぁ?それならしょっちゅうあります。大体のお客さんは良い人なんですけどやっぱり一定の確率でいるんですよね、ああいうのが」
「そうか、大変なんだな。失礼だがご家族は何か対策をしてくれたりはしないのか?」
「ああ、わたし天涯孤独なんですよ。家族はこのギターだけです。守ってくれる恋人もいないし、お店には迷惑かけたくないし…あはは、悲しくないのに涙が出てきた。疲れかな…?何かもう疲れちゃったな…、お店もクビになっちゃうし」
「えっ?そうなのか?いきなりどうして」
「何かわたしは悪くないって店長は言ってくれるんですけど、多分金粉のせいですね。変な人がたくさん来て店長も困っちゃったみたいです」
「そうか、それはつらかったな…」
その言葉はイザベルの胸に染み入るようだった。ずっと我慢して頑張ってきて負けちゃいけないって気を張って来たけどやっぱりつらかったのだ。母が死んで、ひとりになって。信頼する人に頭を下げさせて、謝らせて。大好きな歌が少し嫌になって、それがとても悲しくてつらかったのだ。ボロボロと溢れる涙が地面に染みをつくっていった。ひどく心細くなってイザベルは目の前の男の人にぎゅっとしがみついた。
「今だけで良いから胸を貸してください、お願いします」
男は頷いてイザベルの頭をポンポンと撫でた。その手がとても優しくて奥から奥からと涙が出た。まるで今まで我慢していた分が一気に出て来たんじゃないかっていう位の涙だった。その体勢のまま半刻ほど過ぎた頃、イザベルは彼から離れた。
「喉が渇きました」
「まぁ、これだけ泣けばな。俺も服を着替えないと」
男は笑いながら言った。彼のローブはイザベルの涙や鼻水でぐちょぐちょになっていた。それを見て彼女はとても申し訳なく思った。
「あのぉ、わたしの家、ここから近いんで寄っていきませんか?オレンジもありますし。さっきの人がまた来ても嫌ですし、一緒にいて欲しいというか何というか」
「そうだな、今は1人だと不安だろうからお邪魔させて貰おうかな。しばらく予定もないから俺で良ければ用心棒になろう。君には恩があるから」
「ありがとうございます!すごく心強いです」
イザベルの家に辿り着くと彼女は男のローブを手洗いするために脱がせようとした。男は狼狽えたがイザベルがばさりとローブを剥ぐとその下の手や足は暗い緑色で鱗が生えていた。まるで、そう、トカゲのように。
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