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第一話

初連載です!よろしくお願いします

「すまん、イザベル。お前は何ひとつ悪くないんだが、辞めて欲しい」

「店長、どうしたんですか?もしかしてさっきの曲駄目でしたかぁ?」


「違うんだ。お前は何にも悪くない。ただ俺が不甲斐ないだけなんだ。本当にすまん」

「うーん、困りました。とりあえず今日は帰りますねぇ」


 イザベルは少しキツめだが巻毛のブロンドに濃いアメジストの瞳を持つ美人だった。喋るとぽやんとしていて残念と同僚の誰かに言われたことがあるけど歌手には別に喋りは要らないと彼女は気にしていなかった。


 歌う事が好きでギターやピアノで弾き語りをして14歳の頃からずっとこれでご飯を食べてきた。ある理由によりお店で1番人気なので無くてはならない人間だと自負していたが最近はちょっと自信がなくなってきた。


 転機は3ヶ月前、イザベルは道に干からびたトカゲが落ちてるのを見つけたのでひょいと摘んで水の中に放り込んだ。その日の晩、イザベルは夢の中でとても美しい女神様に助けてくれてありがとネン♪とお礼を言われた。昼間助けたトカゲが女神様自身かその遣いかはわからないけど助かったなら良かったなあと思ってまた眠った。


 次の日いつも通りステージに立って歌い始めるとイザベルの周りに金粉のようなものがキラキラと光り出し、まるで妖精がダンスをしているかのようだった。それを見た観客たちは見惚れて、帰ろうと思った時に身体が楽になっている事に気が付いた。彼らは眼精疲労や肩こり、胃痛腰痛がすっかり無くなっている事とさっきの金粉キラキラショーをすぐに結びつけた。


 つまり、イザベルはトカゲを助けたお礼に女神の奇跡を少しだけ使えるようになったのだ。美味い料理と素晴らしいショー、さらには身体も健康になるなんてこんなに良い店はないと評判になった。店長も最初のうち客が増えて売り上げも増えて大喜びだった。


 お店の名前が売れてくるにつれてイザベルの引き抜きやオーナーになりたいと言う声が増えてきてそれを断る事に店長は疲れてきた。自分よりも身分が上のお金持ちや貴族の誘いをかわすのは結構しんどい仕事だった。イザベルのことは昔から面倒を見ているし大事な従業員だし家族のように思っているので頑張っていたがやはり限界が来てしまった。毎晩その歌を聴いている筈なのに疲労の色を濃くする店長を見てイザベルはお店の迷惑になっているのかと落ち込んだ。


 それでもイザベルに出来るのはステージで歌う事だけだった。他の生き方を知らないから店長の事を助けたくても何も出来なかった。今日も金粉を撒き散らして歌う。お店に入りきれない人たちが外に椅子を置いてその歌を聴く、外聴き席という事で安い値段でイザベルの歌を聴けるのだ。彼女の歌はある程度近くにいれば身体が楽になるらしい。彼女には良くわからなかったがとても珍しい治癒能力というものらしい。

 

 足を引きずっていた男の人が歩けるようになったと涙ながらにお礼を言いながら彼女の手を握り、高そうな金色のネックレスを無理やり押し付けて来た。プレゼントの類は受け取らないようにしているのに困ったなあと考えていると最近よく来るローブのフードを目深に被った男の人が返してきてくれると言うのでありがたくお願いした。


 その人は黒いローブのフードを目深に被ってその下の顔は包帯でぐるぐる巻きにされていてきっと皮膚病か火傷とかそういう怪我してるのかなとイザベルは思っていた。背は高く、声は低い。顔は全く分からないけどリズムに合わせてゆらゆら揺れながら聴いてるので多分治癒だけが目当てではないはずだ。彼とはなんだかどこかで会ったような不思議な感じがした。しつこくしてこないけどいつもポジティブな感想を言ってくれるので大切なファンだった。


 イザベルの美貌目当てのすけべ野郎は昔からわりといたけど最近は治癒能力目当てもプラスされていて結構うんざりだった。でも歌うと金粉がキラキラしだすし自分の意思で止めたり出来ないので不便だなと思った。


「はぁ、最初は良かったけどこの金粉ちょっと嫌になってきたな。店にも迷惑かかってるし…」


 イザベルがそう考えてから今日も歌い終わると冒頭の会話になった。あの優しい店長が辞めて欲しいと言うなんてきっとすごく悩んだんだろうなとか色んな人から守ってくれてたんだろうなって悲しくなった。ここを辞めても歌うと金粉出ちゃうしもう評判だから他の仕事もつけなさそうというかそもそも歌う仕事しかした事無かったから選択肢として無かったしどうしたもんかなとイザベルはため息をついた。


とりあえず今日は帰ると言ったので明日からどうしようか考えても答えは出なかった。イザベルは気分転換にギターの弦を交換してからボディとネックにオレンジオイルを塗ってピカピカに磨いた。オレンジオイルの匂いと没頭できる作業のおかげでちょっと気分が落ち着いた。相棒のアコースティックギターは母の形見だった。

 

 父は世界中を巡業している売れっ子歌手でこの街に来て母と恋に落ちてわたしが生まれたと母は言っていたけれど多分向こうは本気じゃなかったんだろうなと思う。本気ならお腹の大きい母を置いて次の街になんて行かないしわたしにも会いに来てくれる筈だ。

 

 気まぐれに部屋の隅で埃を被っていたギターを拭いてポロポロと弾くと母がとても喜んだので弦を張り替えて一生懸命練習した。ギターを弾いて歌うと母はどんな時でもこっちをじっと見つめて演奏に聴き入り、終わるといつも拍手してくれた。


「ああ、やっぱりあなたはお父さんの血を引いているのね」と喜ぶ母はきっとわたしを通して父を見ていたんだと思う。それでも女手ひとつでわたしを育ててくれた母が喜んでくれると嬉しくて毎日毎日指にマメが出来て潰れても練習した。初めてステージに立ったのは14歳の時、広場でギターを弾き語りしているイザベルを見た店長がうちで歌わないかと誘ってくれたからだ。店長曰くピンと来たらしい。店には他にも楽器があると聞いてそれを好きに弾いて良いと言われて一も二もなく飛びついた。きっと、ピアノがある。父はピアノも得意だったと聞いていたのでピアノで弾き語りをしたらきっと母が喜ぶ。母子ふたりで生きてきたイザベルにとって母が喜んでくれる事が自分にとっての1番の喜びだった。


 イザベルが歌でお金を稼ぐようになって1年経った頃、母が季節外れの風邪をこじらせて亡くなった。あっという間だったのですぐに受け入れる事は出来なかった。イザベルを育てる為に一生懸命働いていた母。歌で稼いだお金を家に入れると泣きながらありがとうと言ってくれた母。イザベルの唯一の家族。あまりに早い死だった。イザベルは1週間何も食べずに泣き続けて次の日からまたステージに立った。15歳の少女にはあまりにつらい出来事だった。店長もそんなイザベルの為に食事や衣服などの配慮をした。天涯孤独の健気な少女に同情して他の歌手よりも贔屓した部分もある。それでもイザベルが18歳の今も歌で食べて来られたのは店長のおかげだった。


 イザベルは恋で人生を変えてしまった母の事をばかだと思っていた。けれど、やっぱり身近で支えてくれた店長の事を慕うようになっていった。家族を失った少女に対して優しく時に厳しく導いてくれる人を好きにならないはずがなかった。だから、店長を困らせてしまう事も辞めて欲しいと言われた事もとてもショックだった。


 辞めるにしても挨拶はしなきゃいけないしもしかしたら最後に演奏できるかもしれないと思って一応きちんとお化粧をしてギターを持ってお店に向かうと前にネックレスを押し付けてきた男の人が近づいてきた。

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