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普通にエンカウント

 草原に立ち、健やかな風に包まれる幸福感たるや。うだつのあがらぬ日々を送っていた私にとってこの心地よさは随分と感じていないものだった。なるほど、これほど心に安寧をもたらせるというのなら死んでみるというのも悪くない。


 ふと私は自分の体を確認する。何故なら私の種族はメガトリプルヘッドメカトルネードゴーストオクトパスロボデビルカミシャークなのだ。どれほど恐ろしい異形であってもおかしくはない。

 私は恐る恐る前の世界では腕だった場所を見る。なんてことはない人間の腕だった。それも死ぬ前とあまり変わっていないようだ。そして腹回りや太もも、足の先を視界で確認し、顔などは触って違いを探すが特に異常は見当たらない。背中にヒレも無ければ頭が三つあるということもなさそうだ。

 別に期待していたというわけではないが、少し拍子抜けだ。いやマジで期待してない。


 さて、とりあえずここで何時間も手をこまねくわけにはいかない。私は涼やかな風に頬を撫でられながら遠くへと見える街に行くことにした。遠目から見てもそこそこ立派な城が街の中に見える。きっとメガトリプルヘッドメカトルネードゴーストオクトパスロボデビルカミシャークでも働ける場所があるだろう。

 

 草原を少しあること数分、城壁の輪郭がようやくはっきりとしてくるころだった。草原がある程度掻き分けられ人間が歩けるよう舗装された砂利道をあるいていると、なにやら目の前で揉め事が起こっていた。


「おい! サンディー! テメェもうMPが尽きてんのかよ!」

「いや、だって……」

「チッ! もういい! 失せろ!」


 剣を持った金髪男は杖を持ったローブの人をどつくと、ローブの人は強く尻餅をついていた。


「見てろ役立たず! これが俺の剣技だ!」


 そう言って男は、今の会話に一切茶々を入れず待っていてくれた2匹のスライムに切りかかった。これをみるにあの人たちは戦闘中のようだ。人の会話を黙って聞いていたスライム君たち優しい。

 そんな優しいスライム君たちに金髪男は、


「セイッ! はッ! オラァ!」


 と勢いよく何回か斬撃を入れ、スライムたちを討伐。バカ臭え啖呵を切った割には一撃で倒していないようだった。


「ふぅ、……オメェがもうちょい使えりゃ俺も楽なんだがな」

「うん……」

「チッ」


 おぉ、居心地の悪い雰囲気だ。他人事であってもあの空気は中々に受け入れられたものではない。

 すると突然、私の体に違和感を感じる。何か、こう、高揚感に似た何かだ。しかし今までに感じたことのない感覚だったのでうまく形容できない。どちらかというと、筋肉痛から解放された最強感かもしれない。


 [レベルが上がりました。特殊技を覚えました。ステータスを確認ください]


 突然、脳内に語りかけられた。誰だ私に語りかけてくるのは。直接脳内に語りかけられる例なんてファミ◯キ以外に聞いたことない。声を聞くに多分女神の声だ。

 女神が言うにはレベルが上がったらしい。それにしてもそっけないな。特殊なエフェクトもなけりゃあ効果音もなしか。随分手抜きな世界だ。


「おいテメー」


 金髪男は何故か私に詰め寄ってきた。


「はい?」

「なに経験値盗んでんだよ!」

「盗んでないですよ」

「テメーが近くにいるもんだからテメーにも経験値が振られたじゃねえか」


 あぁ、なるほど。だからさっきレベルアップしたのか。


「どうしてくれんの? 経験値分金でも払うんか?」

「因みに、俺はどのくらい吸ってしまったんです?」

「スライム1匹倒すともらえる経験値は5だ。2匹倒したから俺とそこの役立たずはそれぞれ5もらう予定だったんだよ」

「はぇー」

「はぇー、じゃないが。どうしてくれるって聞いてんだよ!」


 男は剣を地面に勢いよく突き立てた。表情を見るに彼の怒りは本物のようだ。

 あぁ揉め事は嫌いだ。目覚めてから30分も経っていないと言うのにこの有様ではこれから相当辛い目に合いそうだ。


「勘弁してください。悪気はないんです」


 私は深々と一礼。これがアルバイトを半年で6回やめた男の一礼だ。相手もただでは済まないだろう。

 結果からいうと、金髪男は地面に突き刺さった剣を引っこ抜くと私に切りつけた。

 容赦のない、対象の絶命を目的とした斬撃。本物の刃による本物の攻撃、必ず受けてはならないものだった。しかし戦闘経験がない私は当然、その衝撃により私はどうすることもできず、ただ無様に倒れる。


 しかしノーダメだった。


「……は?」

 

 金髪男は開いた口が塞がらないようだった。

 痛みを全く感じなかった。今思うと私がビビって倒れただけで、衝撃もクソほどしかなかった。

 何故だ? レベルアップはしたが一度しか上がってない。たとえ防御力が上がったって、刃が通らないほど上がるはずがない。

 

 いや俺がロボットだからや。なんか斬られた時カキンって音なってたし。そりゃくらわんわ。


「お前、どうなって……」


 不味い。ものすごく調子に乗ってしまいそうだ。先ほどまで意気がっていた男がオタオタしくさっているのを見るのはなんとも滑稽。なんとも心地よい。先ほどの草原で感じた健やかな風とはまた違った良さがある。

 さぁ上下関係がはっきりしたところで、もうこれ以上争う必要はない。彼には街までの案内役になってもらおう。


「俺、強い。お前、弱い。ワカル?」


 この世界では初めて言葉を発したものだから。緊張してロボットのような口調になってしまった。いやロボットなんだけども。


「う、……はい。」

「街まで案内してくれます?」

「あ、わかりました。……おい、サンディー! 早く来い!」

「あっはい」


 先ほどまで蚊帳の外だったローブの人は杖を拾い、とてとてと小走りでついてきた。

 そして金髪とローブさんと街へ無言で歩くこと数分。街に到着。


「ここ何て街なんです?」

 

 金髪男は一瞬肩をびくっとさせ、


「あっはい。モラウルっている街です」

「へぇ、大きいねぇ」

「俺、この街の騎士団に所属するのが夢なんですよね」


 いやなんか目をきらつかせて語ってるけど聞いてねぇし。今の会話で自分語りを入れる隙があったか? 自己顕示欲の強い奴だ。


「そうなんだ。どっか仕事探せる場所ってある?」

「それなら、近くの酒場で求人掲示板見るといいですよ!」

「へぇ。連れてってよ」

「いや、それはちょっと、……」

「何かあるの」


 すると金髪はなにやら口をモゴモゴし始めて、言葉を詰まらせていた。


「あのっ。よろしければ私が酒場まで案内しましょうか?」


 後ろで黙っていたローブさんが、おずおずとしながら言った。


「そ、そうだな! こっからはサンディー頼むわ! それでは!」


 金髪はそう口早に言うとドヒュン! という擬音が実際に聞こえてきそうな勢いで彼は颯爽と何処かへと消えていった。


「じゃあ、……サンディーさんでしたっけ? よろしくお願いします」

「はい」


 そう言うとサンディーはおもむろに頭の部分のローブを脱いだ。

 そして、なんと。なんと。神が与えし賜物。世界遺産に登録するほどの産物が私の視界に飛び込んできた。


 ネコミミだった。


「えっ! ネコミミ!? うわっヤバ!」

「えっ。あっ、……ごめんなさい」


 サンディーはまたローブをさっと被ってしまった。


「えっ、なんでなんで」

「いえ、そのお見苦しいものを見せてしまって」

「確かに呼吸は乱れそう。見せて見せて」

「見せて、ですか? それは、……はい」


 サンディーはまたローブを外す。ぴょこんとネコミミが立つ。しかもサンディー超マブい。

 金髪はこんなマブい子をどついとったんか。次会ったら死ぞ。


「ヒェーッ。カワE」

「えっ、あの。ありがとう、……ございます」

「えっちょっと待って、スマホ出す。あっねえわ。えっこれ本物?」

「えと、はい。猫亜人と人のハーフなので」

「へぇ、一杯いるものなの?」

「そうですね、このモウラルではよく見かけますよ」

「俺も多分獣人なんだけど、仲間いるかな」

「そうなんですね。因みにどんな種族なんですか?」

「メガトリプルヘッドメカトルネードゴーストオクトパスロボデビルカミシャーク」

「え?」

「メガトリプルヘッドメカトルネードゴーストオクトパスロボデビルカミシャーク」


 サンディーはものすごく困っていた。笑えばいいのか本気で言っていて軽々には触れてはいけないのかわからず混乱しているようだった。ウケると思ったのに。


「えと、あっ。あー、ちょっと聞いたことないです。勉強不足ですいません」

「気にしないで」

「えっと、じゃあ酒場に案内しますね」


 鬱陶しいおっさんに絡まれた居酒屋の姉ちゃんみたいなスルーの仕方をされた。ホントだのに。


「ここから遠いの?」

「すぐですよ、大きくて人気の酒場ですから街の入り口の近くにあるんです」


 少し歩くと、確かに酒場にしては大きい物件が道沿いに鎮座していた。

 酒場の木製看板にはでかでかと『HELLO WORK』と掘られていた。全く笑えなかった。

 

 私はハローワークに足を踏み入れた。前世も含めると13回目の訪問だった。

 

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