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第零章 〜元の世界〜 第六話

 






 〜五年後〜





 α 計画 被験体113号 最終評価報告書  統合歴334年×月×日

 個体名:ジン・クスキ(楠木仁)


 60日間の習熟訓練後、117回に及ぶ作戦実施における最終機能評価は以下の通り。


 身長:178cm

 体重:最大185kg(マテリアル換装時)

 身体機能:軍指標の一般歩兵平均身体値に於ける13.65倍相当の筋力を保持。

 骨格強度は人類平均値に於いて18.23倍相当を保持。

 反射速度:同基準より11.05倍

 動体視力:同基準より12.33倍

 知覚機能:最大視力値7.0。聴力及び嗅覚に於いてイヌ科哺乳類と同等に値する。



 特別事項

 《イマジノスシステム》の影響により宿主(マスター)の特質的機能の発現を確認。以下分類。



 《増殖(ハイパー・ライズ)

 本来対外的に摂取し続ける必要があるナノマシンを別の素材から精製しナノマシンを構成する物質に変換、増殖させる。

 通常経口摂取による有機物で素材を精製、他一部鉱物類の無機物を皮膚接触で分解吸収し精製することも可能。



 《感知(アブソリュートソナー)

 宿主から球形状に半径50.67mの領域に受動型探査(パッシブソナー)を展開可能。

 ナノマシンが物質を貫通する特定の粒子を検知し、物質透過した際の粒子量を解析、領域内のあらゆる対象物を認識する。

 領域内ではあらゆる遮蔽物を透過し感知する。対象物に於いてシステムが独自に危険指定度(リスク)を判断、宿主の意識領域下に必要な情報を即時伝達する事が可能。



 《加速(ウルトラ・タイム)

 ナノマシンが空間演算装置として機能し、認識領域を加速、基底現実時間の体感時間を拡張する。体感時間加速度は最大通常時の100倍。

 ナノマシンの演算排出熱の影響により持続可能時間は基底現実時間に於いて最大出力で18秒。

 制限解除により最大30秒まで持続可能だが熱暴走による影響でナノマシンの不活性状態により肉体崩壊及び脳機能崩壊の危険性あり。



 《復元(リジェネーション)

 システム内のナノマシンによる肉体修復、復元及び宿主が認識する対象物に対し一定の復元力を発現させる。


 対象物は主に宿主が意識的または無意識下で詳細に認知している物に限定される。


 対象物にはナノマシン自体が素材(マテリアル)となり、対象物の物質に変換。対外に排出し精製する。



 《補助人格端末(サブ・ブレイン)

 宿主の能力を効果的に処理するため発現したと思われる補助端末。

 独自に情報を分析する。主に対象物の分析、予測を行う。外部記憶端末としての機能も持つ。

 主な情報伝達方法は脳内に直接情報を転写。最大100倍まで情報を圧縮し伝達する事が可能。

 システムが生み出した第二の脳。




 主な機能は以上となる。続いては――




 ――




 辺り一面には黒煙と、鼻をつく焦げた臭いが漂い周囲を満たしている。


 吹き荒ぶ破片混じりの風は、遮断眼鏡(ゴーグル)を着けていないと目が開けられないほどだ。


 かつてはネオンの明かりや街灯が煌びやかであったろう……。荒れ果て破壊されつくした異国の街を俺は半壊した高層ビルの屋上から無感情に眺めていた。


 強化人間用に調整された漆黒の装甲服と直前の戦闘で所々破損した追加装甲(プロテクター)が未だ戦闘に耐えられることを確認しつつ、脳内では補助人格端末が提示した報告書を読み終えていた。


 あれから五年……。俺はありとあらゆる戦場で戦い続けた。


 常人であれば確実に死んでいた状況に無数に晒されながらも、無駄に頑丈なこの肉体に命を繋ぎ止められ生き延びさせられていた。


 修羅の如き復讐心は、戦いの中で遠の昔に擦り切れてしまっていた……。


 俺の心はこの戦争で擦り切れ沙汰襤褸(ずたぼろ)になっていた……。


 結局のところ例の安全装置(フィルター)も取れてない。いや、取れなかった。もし無かったら今頃狂人になっていただろう……。


 脳内にシステム(補助人格)呼び鈴(コール)を鳴らす。


 装甲服に装着した新型の最新型暗号通信装置が起動したのだ。通信元は教授だ(プロフェッサー)った。



Hello(ごきげんよう)調子はどうだい?ジン』


「最悪だ……あんたからの通信が来たからな」


『相変わらず無愛想だねえ。まあいいや、報告書は読んだかい?とりあえずそれが君の最終評価報告だよ』


「どうとも……。今さら俺にとっては無用の物だ。意味もない」


『そうかい?こちらとしては最後に生き残った強化人間(ブーストマン)の資料として貴重なものなんだけどなあ』


「……用件はそれだけか?」


『いいや、今日はとても重要なお知らせだよ』



 教授が敢えて苛つかせる話し方をする時に持ってくる内容は、大概悪いかとても悪いかのどちらかだ。


 俺が今さら何を言っても本人は嗤うだけなので、諦めて大人しく聞く事にした。



「……で?」


『この戦争、私達の負けのようだ……。つい先ほど米帝政府から正式に降伏宣言が出された』


「……そうか……」



 内心動揺するかと思ったが無感動だった。


 俺自身この戦争の行方がどうなろうがどうでも良くなっていたのだ。


 復讐心さえ失った俺にはもう戦争の勝敗など無意味だった。


 ただそこにあるのは空虚だけだった。



『あまり悔しがらないんだね?そうか、もう君にとっては無意味なことなんだね……。

 まあ、そういう訳なんだ。私としてはこの戦争で得た研究に満足してるし、君にも素敵なプレゼントを上げられたからね』



 そう言われ手許の太刀を見た。強化人間になってから教授から受け取った物だった。


 俺は納刀された鞘を握り手許に寄せ、自身の半身とも言える愛刀を睨み付けるように見つめた。



 正式名称「試作白兵携行武器零式」と呼ばれ、俺が「無名(むめい)」名付けた刀だった。


 一見するとただの太刀なのだが実は本当になんの特別な機能もない(多少語弊はあるが)太刀だった。


 ただし、人類最新の科学と今は亡き母国が古来から面々と受け継いで来た技術を併せた物、ということを除けばだが。


 太刀の刃渡りは二尺八寸(約84cm)の業物。


 素材は太陽鋼(ソルダイト)と呼ばれる軍用に研究開発された特殊合金で構成されている。


 その強度は超強化タングステン鋼の約二十倍。鋼鉄の三百倍以上の強度を持つ。


 融点温度は実に一万二千度という超プラズマ高炉でもなければ融解点に到達させる事すら難しい超金属だ。


 太陽鋼はさらに一部の金属と合成することで、素性を自在に変えることが出来た。


 しかし重大な欠点があった。金属の比重がとても重い上、一グラム当たりの純金と同じ価値に相当するコストが枷となった。


 そのため、これらの金属が使われた兵器、或いは武器が殆ど存在しなかった。その希少な一例がこの太刀なのだ。


 重さは四貫(約十五キログラム)。同じ大きさの太刀の実に十倍の重量を誇る。


 そう……、まさに硬く。折れず。曲がらずの究極を体現した刀。


 生身の人類では決して作り出すことの出来ない領域を最先端科学と古の技術(わざ)で造られた武器。


 人類の結晶……。そして無用の長物でもあった。


 俺と言う存在があって、初めて世界に存在できる武器……。


 それは、この戦争に於いて歪に存在している己自身と重ねてしまう。だからこそこの刀は自らの半身と想うのだ。



『――それでだ。まあ、お分かりの通り残念なことに私の研究は世間一般では禁忌とされていてね。私と私の研究成果に国際戦争犯罪法が適用されてしまったんだよ』



 彼らは私の崇高な研究にケチをつけたんだ!けしからん。と教授が嘆いていた。



(実際そうだろうよ……)



 俺自身もこの体になってから一体どれほどの人間を殺したのか……。


 補助人格にはこれまでの戦闘に関する全ての記録が記憶されているため、殺傷数を知る事もできた。


 しかし無意味だと思考の隅に追いやった。



『ーー甚だ(はなはだ)不本意だが、私は暫くの間世俗から隠れるつもりだ。勿論研究はやめないよ。――でだ。君はこれからどうするんだい?』



 その問いに俺は何も答えられなかった。全てを戦争に捧げたのだ。今さら還る場所もない。



「さあな……。此のまま朽ち果てるか、何処か人気のいない場所にでも隠遁するか。新しい働き口でも見つけるか……。いきなりの事だからな……。何も決めていない」



『……じゃあ、どうかね。今度は私の下で個人的に働かないか?最近新しい(・・・)研究を始めてね。もちろん契約内容ははずむよ。

 私自身が今ままでのように動けないからね。是非君の協力がほしいと思ってたんだよ!』



「本気で言っているのか?」



 冗談じゃないと思った。


 だが考えてみれば俺の存在を認知する者は今となっては実質教授しかいない。


 何処かに伝手があるわけでもなし。目的があるわけでもない。なら惰性で生きるのも死ぬのも同じだと思った。



「――良いだろう。今さら罪を重ねたところで同じ事だ。話に乗ってやる」


『そう来なくちゃね!じゃあ詳しい話については――』




 話の続きを聞こうとした瞬間。突如イマジノスシステムが起動した。




 [警告、《加速》緊急励起。加速強度を100倍に設定。0.03秒後対象物が右側頭部に接触。予測値誤差±0.003]



 俺は目の前の視界が灰色に変わり、空間の動きが急速に停滞していくのを感じた。


 視界の色が失っていくのは《加速》によって起こる現象だ。


 演算処理の妨げになる余分な情報を取捨する上で、色彩などの余分な情報を遮断するのだ。


 対象物の速度は秒速1356m。音速にして実に四倍。対物狙撃銃(アンチマテリアル)の弾丸が迫ってきている。



 このまま首を傾ければ、避けられるがそうすると弾丸から発生する衝撃波(ソニックブーム)によって顔面がズタズタに引き裂かれる。


 俺は装甲服の後頭部に格納された全天型防護兜(フルフェイス)を起動し瞬着する。


 流体状になっているナノマテリアルが命令(コマンド)に従い形成。僅か千分ノ一秒で頭部全体を覆い隠す優れものだ。


 装着を確認すると同時に俺目掛けて飛んできた弾丸を最小限の体捌きで躱す。


 顔の数センチ脇を弾丸が通り抜けていくのを目視で確認し、続いて防護兜越し衝撃波が襲いくるの感じる。


 だが強化された俺の肉体は微動だにしなかった。


 間も無く、別の方向から弾丸と砲弾の嵐が吹き荒れた。一旦遮蔽物に隠れ俺は《加速》を解いた。



「どうやら奴らまだ戦争をやめないようだ……。ならそれに答えてやるまでだ」


『まあ、ほどほどにね。私らはお尋ね者なんだから。じゃあ、詳細は後で連絡するよ。ではまた会おう……』



 無責任な挨拶を最後に教授からの通信が切れた。図々しい奴だ。暴力の嵐が吹き荒れる中でありながら、何故か嗤いが込み上げそうになる。



 ふと足元にあった砕けた反鏡窓(ミラーガラス)を視界に入る。


 そこには禍禍しい漆黒の髑髏が写っていた。まるでそれは冥府の使者のようだった。



「……度し難いな……」



 今は余計なことを感がる時間ではない。


 俺は戦闘行為に意識(コンバットモード)を傾けた。



 破壊の嵐の中。俺は疾駆し高層ビルからビルへと飛翔した。





 ――その姿はまさに死神のようだった。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇







 大戦が終結し二年の歳月が経った。俺はあの後しばらくして約束通り教授に雇われることとなった。


 やっている仕事とといえば無茶なお使いか。盗賊紛いのような仕事ばかりだった。



(……いや、その通りか)



 我ながら救えないと自分を皮肉った。実際行っている内容は盗賊行為と言っていい代物だったからだ。



 依頼された内容は主に希少物質の調達だった。


 偶に施設に忍び込み、機密情報や謎の物質を掠め取るといった依頼もあった。


 ここ最近はあるモノ(物質)を探しているようだった。


 どうやらそれは何処かの研究所に保有している可能性が高いらしい。


 自力では手に入れられないとのことで、立て続けにその類の仕事をこなしていた。


 都合十軒目になるとある研究施設に侵入していた。


 これまでで最も警備が厳重であり、研究している内容の重要性が伺い知れた。



(やっと当たりが出るか……)



 良い加減この仕事に飽きて来たのもあるが本来であれば俺は戦闘用に調整された強化人間だ。


 こんな仕事よりも荒事の方がよっぽど向いている。


 楠木流の身体操作《天進》により、極限まで音を殺す歩法で影の如く走り抜ける。


 システムが妨害装置を通してこの施設の警備装置を騙しながら(ハッキング)、目的の扉の前まで辿り着いた。


 扉は非常に分厚く、厳重に見えた。


 俺は扉のタッチパネルに手をかざすと、補助人格が厳重に守られた量子暗号錠を僅か数秒で解析し、解錠してしまった。



(全く、最初はあれだけ苦戦したものが今ではこれか……。今でも《イマジノスシステム(こいつ)》には脅かされる)



 そう思うのも束の間、扉が開いた音がした。既に《感知》によって中に人がいないことは確認できていたので、そのまま室内に侵入した。



「さて、こいつをどうするか。だな……」



 感知した際わかっていた事だが目的のモノはさらにもう一つ厄介な箱に守られていたのだ。


 教授から教えらていたが実物を目にするのは初めてだった。


 その箱は通称モノリスボックス(黒い箱)と呼ばれていた。


 見た目一切の接合部が無く、開けるには特別なナノマシンを経由することで扉が精製されると言う代物だ。


 大きさは大型の冷蔵庫ほどの大きさだった。


 補助人格に開けられるか確認した。



 [対象のサンプル不足による解析不能。情報を提示せよ]



 と返ってきたので、仕方なくもっと簡単(・・)な方法に切り替えることにした。


 システムからセキュリティの妨害効果時間が差し迫っている事もわかっていたので、俺の流儀(荒事)で片付けることに決めた。



「シィッッ!!」



 構えを取り、一瞬呼氣(こき)を行うと鞘から超速の一刀を放つ。


 末端速度は音速近くまで到達し、刀身が箱目掛けて切り上げた。


 例え堅個に守られた超合金製の箱であろうとも、()()()()に於いて全てを兼ね備えた俺の一刀は容易く黒い箱を寒天の如く切断した。



 ビーーッ、ビーーッ、ビーーッ、!!――



 間も無く警報が施設中に鳴り響いた。俺は急いで箱の中身を確認しようと近づく。


 途端にシステムが警告を発した。



 [警告、緊急警戒レベルC認定、直ちに接触を回避せよ、マテリアル解析不能、イマジノスシステムに軽微のエラー発生、警告、直ちに接触を回避せよ――]



 俺がそれを確認した瞬間、体に妙な違和感を覚えた。


 確かに体内のナノマシンが変調を来しているのを感じる。


 しかし、仕事を途中で放り出すわけにもいかない。骨折り損は御免だ。


 システムの警告を半ば無視し、慣性制御(フロート)で空中に浮遊している透明な筒状のケースを確認した。


 ケースは今まで見たことがないような不思議な光を放っていた。俺は非常事態にも関わらず、一瞬見惚れてしまっていた。


 俺は近づくほどナノマシンが不活性化していくのを感じた。



(とにかく、こいつを手に入れてここを脱出しなければ……)



 俺はケースを掴んだ瞬間、システムが悲鳴を上げた。



 [警告、イマジノスシステムに深刻なエラー発生、緊急警戒レベルS。

 ナノマシン不活性化による機能中枢に重大なエラー、演算制御リミッター強制解除、修復開始……エラー。

 再起動不可、対象に未知の力場検出、予測不可、警告、直ちに接触を回避せよ、警告、直ちに接触を回避せよ、警告、直ちに接触を回避せよ――]



 その瞬間、ケースから網膜が焼けるほどの閃光が炸裂する。


 俺は前後不覚状態に陥った。


 体内のナノマシンは暴走し続け、全ての機能が制御不能状態となっていた。


 俺はその場で茫然と立ち尽くしてしまっていた。




 閃光はさらに大きく膨れ上がり、その光が視界に映る全てを包み込む。


 体内の何か(・・)がごっそりと抜けていく……。




 そして、俺の意識は消失した。















導入篇がやっと終わりました。長らくお待たせして申し訳ありません。次回から異世界篇となります。


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