第零章 〜元の世界〜 第五話
全てが暗黒に支配されている……。何も見えない……。何もかもがあやふやだ……。
天地も無く重さもない……。
揺蕩っている……。宇宙に放り出されたような……。何も感じない……。思考がまとまらない……。
取り止めない自我……。意識……。わからない、わからない、わからない――
オレはばらばらになったのだ……。意識も体も分子に原子にまで擦り潰され全てが混ざり溶けあって……。
『Hello……』
意識がぐちゃぐちゃで保てない。オレは……。強く……。
オレは……、誰だ?オレは……、何だ?頭の中がバラバラだ……。
『Hello……。Hello……』
何か聞こえる気がする……。聞こえる……。
耳……。オレの目は頭は……。体はどこだ……。
『Hello……。Hello……。Hey!、聴こえているなら君の意思を聞きたい。君は生きたいかい?』
何だ……。生きたい?……オレはまだ生きているのか?お前は誰だ……。オレは何だ?
『――やあ、やっと君の意識と繋がれたね……。そうだ君は生きている。
ただ、良い状態じゃあない。だから君にまたとない機会を与えようと思うんだ。どうだい?君は生きたいかい?ジン・クスキ」
じん……。それがオレのなまえ?じんくすき……。くすき、じん……。そうだ、オレは……。俺は楠木仁だ!!
『そうだ、凄いね。この意識領域でも自己を認識出来るなんて中々の精神の持ち主だ……。じゃあ、もう一度聞くよ。君は生きたいかい?』
俺は……。俺は…、俺はっ、生きたい!!そうだっ、俺は生きて奴らに復讐してやる!
俺の仲間を家族を殺しやがって、アイツら全てを破壊してやる!!
全てだ。全てを破壊するっ!破壊してやるっ破壊――
『おっと、精神が増幅し過ぎて自壊しかけているな……。なに、君の意思はわかったよ。
では君に復讐の術を当てようじゃないか……。ククっ……、次は現実で会おう……。』
俺は自分が何かに包み込まれ揺蕩う感覚を感じながら再び意識が閉ざされていった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ピピッ……ピピ……、ピーーーーッ!!『全ての工程が完了。被験体113号を起動いたします』
けたたましい機械音と共に俺の意識が覚醒していくのがわかる。
医療用カプセルらしき寝台から体を起こし辺りを見回すと、幾つかの医療機器らしき物があるだけで、他は全て白一色の無機質な部屋だった。
(ここは病院か。俺は助かったのか……。どうやって?状況は……。あれからどの程度経ったんだ?)
様々な疑問が頭の中を駆け巡り、ふらつきながらも部屋の周りを歩き意識を落ち着かせた。
少しすると、真白な何もない壁からホログラフィックモニターが出力され、見慣れない紋様が写し出された。
『やあ、お目覚めご苦労様。久しぶりだね。と言っても君にとっては瞬きの間だろうがね』
ホロモニターから出力される声は米帝語だった。
若いとも老いているとも言える不気味な声質だった。
どこか聞き覚えがあるような気がしたが思い出せない。
「あんたは誰だ?ここは病院なのか?」
『君にとっては初対面のようなものか……。あらためて自己紹介といこう。
私はこの研究所の主任を任されている者だ。まあ、他人からは教授と呼ばれている。よろしくジン・クスキ」
「研究所……。ここは病院ではないのか。それと強化人間とはなんだ?」
『そうだよ。ここはとある実験を研究開発している施設なんだ。
名前は機密上、暗号すら付けられないから、ただ《施設》とだけ呼んでいる。
君にはある処置が施されたんだ。それは様々な面で常人を大きくを上回る力を授ける。だから強化人間というわけだよ』
何かの冗談かと思った。しかし、発せられた声からは冗談を言っているように思えなかった。
「俺の質問に答えてくれ。今はどういう状況なんだ?部隊の仲間はどうなった。俺の国は?――」
『おいおい、質問は一つづにしてくれ。一応そう思ってあの時ことを簡単にまとめた報告書を用意したからね。とりあえずそれを読んでくれるかい?」
ホロモニターの映像が切替り、米帝語(米亜共同連合の公用語)で書かれた報告書を読んだ。
楠木仁 年齢22歳 身長178cm 体重85kg 皇国出身 血液判定O型
米亜共同連合傘下皇国統合作戦群特殊作戦第1連隊第303独立作戦中隊所属 最終階級 中尉
秘密作戦第74回「三首龍作戦」において、東西亜欧連合側の勢力と接敵。
作戦遂行不可能と判断し撤退行動に移行。救援要請を受け救援部隊が到着した際には作戦遂行時の部隊員23名戦死を確認。
内、回収遺体二名、檜木吉宗中尉、江田一少尉。生存者一名、楠木仁少尉。楠木少尉医療処置を施すも搬入先にて死亡確認。――
――
この報告書の内容を理解した時、苦楽を共にした仲間の顔が走馬灯のように駆け巡った。
怒りや悲しみが破裂しそうなほどに膨れ上がるが直後感情に麻耶のようなモノが覆ってしまった。
次第に激情が霞んでいき、取り乱していない冷静な自分がいた。
常人であればこんなものを真面に受け止められるわけがない。理解不能な自分の心に混乱した。
さらに不可解な内容もあった。
(どういうことだ?、俺が死んでいる事になっている。じゃあ、今の俺は一体なんだっ!?)
『――ふむ、とりあえず処置は成功したと言うことか……」
教授と呼んだ男は、俺の様子を見て何か気になることを独白していた。
「おい、俺に何かしたのかっ?」
『おっと、独り言が出てしまったか……。私の悪い癖だね……。申し訳ないとは思ったが君の自我は崩壊しかけててね。
そのままでは制御不能な精神状態が人格を破壊しかけなかった。それで仕方なく君の精神。そう……、例えるなら濾過器を施したのさ。
一定以上の感情はその濾過器を通して抑制してくれるんだ。
その影響が今みたいな形になって現れたんだろうね。(まあ、あと少し人格を調整させてもらったけど)」
確かに俺の感情の中には怒りや憎しみ、悲しみ、驚愕といったものがあるのは感じていた。
しかし、それ以上の爆発的感情が沸かないのだ。
教授の言っていることは信じたくはないが確かなようだった。
それと最後に小声で言ったことは聞きづてならないが今更どうしようもないので一旦無視することにした。
『勿論君の人格や精神状態が完全に安定すれば、フィルターは自動的に外される。それは君次第だけどね』
「そうか……。それと俺の質問にまだ答えてない……。この報告書には俺が救出されたとこまでしか書かれたない。しかも何故か死亡したことになっている……。どう言うことだ?」
『そうだね……。君への処置が成功しているか不明だったから他の情報は控えてたんだよ。とりあえず大丈夫そうだからね。少し長くなる話だよ」
教授はそう言って少し沈黙し、事実を俺に話し出した。
『まず、君が救出された時肉体はほぼ死ぬ寸前だった。私が当時開発していた医療用ナノマシンが君を仮死状態にして最低限の生命機能を維持させて生かし続けたんだ。
まあ、勿論これには訳があってね。当時の研究材料にどうしても生きている優秀な人間が必要だったんだ。
だから優良な軍人が瀕死状態になったら使う様にそれとなく指示していたのさ。搬入先で君は死んだことしにしてこちらに納品してもらったわけだ』
つまり、俺は教授の実験体として、ここに来たわけだ……。
怒りが湧き殺意が膨れ上がるがそれ以上の感情は抑えられてしまった。
仕方なく話の続きを聞く事にした。
『因みに私の主な専門分野は先程の通り、微小機械群を研究していてね。
特に軍から頼まれて、【ナノマシンが人体にどのような影響を与えられるか】という依頼を受けてこの《施設》で研究していたんだよ。
まあ、ここの設備は最高でね。予算も使い放題。最高の環境さ!」
俺はふと、この施設はどこにあるのか気になった。皇国内の何処かなのか。しかし教授は米帝公用語で話している。
「話を遮るようだがこの《施設》は何処にあるんだ?」
『ん〜、本当は余り話してはいけないんだけど、特別に少しだけ教えてあげるよ。少なくとも君の母国ではないね。強いて言えば米帝の支配領域内の何処かさ』
やはり内心そうなのではないかと思っていたが嬉しくない事に当たってしまった。
『理解したかい?話を続けるよ。つまり……、君は晴れて私の貴重な被験体として協力してもらったんだよ。それについては、あらためて感謝するよ。
ただ、問題だったのは君に処置を施した後さ。生存状態ではあったんだけど、一向に目を覚さなくてね。覚醒するのに実に二年掛かってしまったよ』
(二年、俺は二年間も眠っていたのか!?……では今戦況はどうなっているんだ……。)
『その様子だと、現在の状況が知りたいって顔してるね』
「状況は悪いのか?」
嫌な予感がしたがどちらにしても聞かなければ判断のしようがない。俺は話を続けるよう促した。
『……じゃあ、教えてあげるよ。残念な事に我々の陣営はこの二年間であまり芳しくない状況に傾いてね。向こうさんの方が一枚上手だったようだ。
現在は米亜共同連合の勢力圏内は半分以下にまで減ってしまった。現状は君の母国も勢力圏外になっているよ』
状況は俺が思っていた以上に悪いようだった。つまり今の俺たちは戦争の枢軸側に傾こうとしている……。
しかも皇国がアメニオンの勢力圏内から外れている事に少なからず衝撃を受けた。
『……これはあまり君に伝えたくは無かったんだけど、いずれ知れることだから言っておくね。君の母国なんだけど……。それはまあ、しぶとく抵抗してね。徹底抗戦を貫いたんだ。
この戦いは米帝も相当な犠牲を払ったよ。結局無駄だったけど……。
業を煮やしたか彼等は、あろうことか国際条約違反の新型重力爆弾を君の母国に落としたんだよ。しかも三発もだ。本当に彼等は節操が無いねえ」
「!?……、俺の……、俺の家族は仲間はどうなったんだ……。教えてくれ……。」
『残念だが君のご家族の消息は不明だ。重力爆弾の所為で国土の24パーセントが消滅したからね。国民の人口も約60パーセントが消失した。
君のご実家がある場所は影響圏内だったからね……。主要な軍施設も殆ど壊滅した。少なくとも君のいた部隊はもう無いよ。
さらには現在君の国は無政府状態で国家の程を為してない状態なんだ。事実上君の国は崩壊したと言っていい。助けてやりたかったが米帝もそれどころでは無くなってね。とても残念だよ。」
俺はその事実にこれ以上ない衝撃を受けた。
破裂しそうな激情が急激に抑えらるのを自覚したがこの時は皮肉な事に助かったと思ってしまった。でなければ狂ってしまう。
俺は浦島太郎の気分だった……。
目覚めた瞬間全てを失った。仲間も、家族も、国も……。全てを……。
「俺は……、これからどうなるんだ……」
『そうだね、よくぞ聞いてくれた。フィルターを掛けているとはいえ、タフな精神だよ素晴らしい!』
教授の皮肉とも取れる賛辞に俺は苛立ったがこの教授がそう言う性格なのは理解し始めていた。
『では現状の君について説明しよう!本来ならここからが本題なんだ。よく聞いていてくれたまえ』
声からは抑えきれない興奮が見て取れた。
『先ほども伝えた通り、今の君は科学の力で特別に強化された人間となった!正式には第六世代型汎用強化型人間だね。君の体には今、特別なナノマシンが全身を駆け巡っている。
それは君の血液や骨、臓器と混ざり合い、君の体を再構築したんだ。
現状君自身のオリジナルとして残っている部分は、脳の記憶野の一部分のみだ……』
予想以上に改造されたらしい自分の肉体に驚いたが俺は続きを黙って聞いた。
『そのナノマシンを私は創造性微小機械群と呼んでいる。
このナノマシンは素晴らしい事に宿主の意思や経験値、知識といったものを読み取り、宿主にとって有益な機能や適応力を独自に創造し成長進化を遂げるんだよ!最高だろうっ?』
《イマジノスシステム》か……。それが俺の体を駆け巡っている言われ、自分の掌を見て数度握り拳を作ったたがあまり実感は湧かなかった。
『悪いがまだ覚醒したばかりなので、君のシステムには制限が掛けられているんだ。これから徐々に慣らしていってリミッターを解除していくつもりだよ』
「つまり……、俺に訓練しろということか?』
『That's right!!ジン・クスキ、これから短期間ではあるけど君に訓練を施す。
新しい肉体習熟と共にIGSの特性について学ぶんだ。君は被験体の中で最も識閾値が高かったからね、期待してるよ!』
何かよくわからない事を言っていたが俺の他にも同じような奴がいるのかが気になった。
「教授、俺の他にも強化人間はいるのか?」
『ああ、いるよ。とはいえ実は被験者数の割に成功例がとても少なくてね……。現状君を含め成功した強化人間は七名しかいない』
「被験者数……。一体何人が受けたんだ。そいつらは今どうしているんだ?」
『被験体は確か……、先月の時点で一万体は超えていたかな?適合しないと残念な事にナノマシンが暴走して宿主諸共崩壊して死んじゃうんだよね。
まあ、ここに納品された時点で生きるか死ぬかの二択だけど……。だから生き残ったのが七名とも言えるね』
想像以上に教授はどうしようも無いゲス野郎だったと思い知らされた。俺はそんな奴の下で生かされている事に先が思いやられた。
『さあ、時間は有限で少ない!君の実力を示してくれ!Let's party!!
(……そうだ……。例え地獄に落ちようとも奴らに必ず復讐してやるっ。俺は復讐者だ!!)
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