第零章 〜元の世界〜 第二話
〜桜歴2704年〜 某山岳地帯
「ハァッ…、ハァッ…、まったくきついぜっ。…あとどれぐらいで終わるんだよっ…」
俺は今、重さが五十キログラムにもなる背嚢を背負い、さらに野戦装備を身につけ、七十キログラム近い装備で荒れた山中を歩いていた。
軍が保有する某訓練場の山奥で二十週間に及んだ特殊作戦部隊入隊への最終適正試験を受けている最中だ。
そう……。今の俺は皇国軍に所属している身分だった。軍に所属してほぼ二年が経つ。
乱れる呼吸と痛みすら伴う全身の疲労に苛まされながら、俺は今に至るまでのこと思い返すことで、飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めた。
――
結果から言えば、三年経た現在でも直接的な武力衝突は起きず、お互いが睨み合っている状態が続いていた。
正直奇跡と言っていいかもしれない。
ただし、膨れ上がった風船のように何かの拍子で破裂するか、と言うくらいには緊迫した状況が続いている。
俺はあの日から直ぐに戦争が起きるものだと考えていたがとりあえず何事もなく高校を卒業することが出来た。
強いて言えば、(俺達にとっては最大の惨事だが)徴兵制度が制定されたことだろう。
お国が言うには、現状の戦力では心許なく近い将来を見据えて戦力を増強したいとのことらしい。
当初その法案が出た時、皆まったく現実味がなかった。
クラスでその話題が上った時も軍事オタクの奴が声高に語っていた。
『今の軍隊は極めて高度な知識と技術が必要だから徴兵をして素人を集めるのはナンセンスだ』と言っていたことを憶えている。
しかし、現実は小説より奇なり。超法規的な形でその法案は通ってしまった。
全世界大戦当時にも徴兵制度はあったが、最後に徴兵していた時代から考えると実に百年ぶりになる。
まさか現代先進国であるこの国で再び徴兵される若者が出てくるとはふざけた話だ。
とは言いつつ、流石に時間を要したようで、制定される頃には俺は高校の最終学年となっていた。
徴兵年齢は原則十八歳(高卒)〜二十八歳までの健康な男子。
不運にも高卒世代では俺達が最初の対象となったわけだ。
一応、健康な男子でも免除項目はあったが、頭脳明晰で研究畑で活躍できるような奴でもなければ対象となる。俺は勿論後者だった…。
しかし、かなり急な制定だったことあり、対象となる男子をいきなり全て軍に入隊させるわけにもいかなかったようだ。
初回徴兵はかなり厳しい適正審査と試験を実施して五万人まで絞りこまれた。
そういう意味では、第一世代の俺達はエリートと言って良いもしれない。
そう自分を慰めつつも虚しさが込み上あがってくるだけだが……。
どうしてあの時試験を適当に受けなかったのか悔やまれた。
兵役中の給料と退役後の待遇や福利厚生に釣られたとは言え、生来の負けず嫌いがこんな所で仇となったのだ。
とは言え、適当に受けると内容によっては厳しい罰則を受けることもあるため、審査が通った奴らは基本真面目に試験を受けねばならなかったが……。
ただ実際俺の高校の奴らの中には、要領良く立ち回り、結果無事試験に落ちた奴もいた。
当たりどころの無い怒りは、軍隊生活のキツい生活の中で心を奮い立たせるのに役立った訳で……。何とも皮肉な事であった。
――
現在受けているこの試験も同じ部隊にいた同期の奴らに焚きつけられ、これまた生来の負けず嫌いが仇となり受ける羽目になったのだった。
ふらつく意識の中、暫く歩いていると、いよいよ到着地点らしき旗が見えてきた。軍仕様の多機能腕時計を確認する。
出発点からここまで約62km。データでは最大で標高2200m越え、標高差1000mの山を三度登り下りし、荒れた山道を歩き続けていたようだ。
既に二十時間以上が経過していた。
俺は、旗の脇に試験官らしき人物を認識しつつ、既に底を突いてる体力を道場で散々修練した呼吸法と身体操作で限界以上に力を振り絞り進み続けた。
(あのクソ面白くもない道場での鍛錬が役に立つ日が来るとはな…)
意識が飛びそうになる中、進むこと旗の前に到着した。
疲労から腕はまるで鉄の如き重さとなり、必死にぶるぶると震える腕を持ち上げ、旗の棒掴んだ。
「受験番号013番、到着しましたぁっ!!ゴフッ、ゴホっ…」
俺は喉の渇きから咳込みながらも、掠れた声で可能な限り張り上げ自分の受験番号を試験官に伝えた。
「確認、受験番号013番!到着時間、――ほぉ、20時間33分!」
俺はボロボロになった体を気合で維持しつつ、我らが教官であり最終試験の試験官の一人でもある酒井軍曹に向かい敬礼をした。
教官は俺を見ると珍しく感心したような目を向けてきた。
そして何か面白がる目をして視線を俺の後ろに向ける。
少々困惑しつつ待つこと数瞬、突然後ろから声を掛けられ、ふらふらな体を振り返えさせた。
俺はその人物を見て訝しんだ。野戦服に階級章がないのだ。軍では通常任務中は原則階級章を付ける規則があるのだ。
その男は年齢は判別しづらいが、三十代半ばの酒井軍曹より年上に見えた。
「……ふむ。貴様、名は?」
「ハッ、受験番号013番!楠木仁であります!!」
(本当は、俺の階級は一等級兵なのだが試験期間中は階級を返上しているためそう答えなくてはならい)
その佇まいは師匠である祖父さんを彷彿させる程只者ではない気配を感じた。
「やはり貴様が楠木先生の内孫か……。暫く先生にはお会いしてないがご謙遜でお有りか?」
「はっ?あっ、失礼いたしました!?……、最後に連絡を取ったのは試験開始前でありますがその時は憎たらしいほど元気でした!」
俺は全く想定されていなかった内容に上官らしき男の前で間抜けな返答をしてしまい、不味いとは思ったがそれでも祖父を知っている事に興味があり恐る恐る質問を続けた。
「祖父をご存知なのですか?」
「少なくとも武を志す者であれば、あの方を知らぬ者はまずいないだろうな」
「えっ、そんなに有名なんですかっ!?只の戦闘狂の爺さんにしか見えませんが……」
「くくっ……、先生をそんな風に言えるとは俺からしたら正気を疑うが楠木流始まって以来の麒麟児と言うべきか……。流石は齢十七にして大術許しを得た者は言うことは違うな」
俺はなんとなく皮肉を言われていることを自覚した。しかも俺の事をある程度知っているようだ。
「上官殿(で良いんだよな?)は楠木流の道場で祖父から師事されていたのですか?」
「もう二十年ほど前になるがな……。在籍していたのは十年ほどだ」
(通りで記憶に無いわけだ。その時まだ道場に上がることを許されてなかった歳だしな。他に結構な数の門下生が出入りしていたし……。あの頃の事は良く覚えてない)
「――ふむ……その面構え、気配……悪くない……」
男は俺の目を見て、何やら思案していたかと思うと、酒井軍曹に声を掛けた。
「酒井軍曹!こいつは俺の部隊がもらう!」
「ハッ!?しかし、自分に決定権はありませんがどうなされるのですか?」
「ふんっ、俺が上に上申しておく。上には俺の同期もいるからな。嫌とは言わせんよ」
「左様で…」
何やら俺の預かり知らぬところで、話が進んでいるようだった。
俺は一瞬でも気を抜くと今にも意識を手放しそうな状態で、真面に話を聞いてられない状態なのだ。
とにかく眠い。既に最終試験が始まる前から三十六時間以上起きていたこともある。
数巡で会話が終わったようで、軍曹がその男に敬礼を行なっていた。
「では俺は部隊に戻る。楠木仁、楽しみにしているぞ!」
そう言い残して、男は踵を返して行ってしまった。そこに酒井軍曹が俺に声をかけてきた。
「貴様も災難だな。あの方に目をつけらるとは……。いや素直に褒めてやってるのだぞ」
と褒められ、珍しく相好を崩していた。俺は云い知れぬ戦慄が走る。
「良しっ、体を休めて良し!本時刻を以って貴様の入隊試験完了とする。結果は追って報告する!」
「ハッ、ありがとうございます!」
そうして、俺は震える手で水筒持ち残った最後の水を飲み干し、その場に突っ伏すように倒れ込んだ。
とにかく二十週間に及ぶ長くも短い試練が終わったのだ。
俺は安堵と解放感から緊張の糸が切れ、猛烈な睡魔と共に意識を手放した…。
「産みの苦しみ」という言葉を初めて実感しました。
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