7
腕を大きく振りかぶった三年。
俺は一歩前に踏み出して、迎え撃つ。
一人が大きく拳を振りかぶる。
簡単に躱せるだろうが、俺はそれをあえて食らう……振りをする。
ボディ狙いの拳に合わせて、俺は大げさに仰け反る。
「うぅ、ってー!!」
と声を上げ、俺は腹を押さえて頭突きを繰り出す。
誰の目から見ても、痛みに呻いているようにしか見えないだろう。
俺の頭突きは、相手の顎先を掠めた。
「ぅあ……!?」
俺の頭突きを食らった相手は、小さく呻き、それから尻餅をついた。
脳震盪により、立てなくなったのだろう。
「や、やった! 倒した!」
それを見て俺は、更に大げさに喜んで見せる。
「何やってんだよお前は」
そう言ってから、今度はもう一人の男が俺に向かって拳を放つ。
先ほどのような『まぐれ』が起こらないように、顔面を狙っている。
俺は僅かに首を動かし、彼の拳を額で受け止める。
骨の鳴る音が聞こえ、
「「ああ、痛っ!」」
俺と殴り掛かった男子生徒の二人が、同時に呻く。
俺は額を押さえ、相手は拳を押さえている。
ろくに喧嘩をしたことのない、なんちゃってヤンキーには効いたようだ。
チラリとみると、既に二人とも戦意は喪失している。
チョロい相手だった。
俺はそのまま額を押さえつつ、「え? ……え?」と二人を見下ろし、狼狽えて見せる。
『俺なんかやっちゃいました?』感を出していると、
「司、大丈夫ですか?」
と、天女から声が掛けられた。
「え、あ……ああ」
と、間抜けな返事をすると、天女は満足げに頷き、それから蹲る2人の下に歩み寄った。
「お2人とも、大丈夫ですか?」
安心させるような声音で語り掛ける。
「うるせー、ほっとけよ!」
片方の言葉を無視し、天女は膝をついて二人の怪我の具合を確かめた。
「な、なんだよ……!?」
「良かった、大した怪我ではなさそうです」
天女は笑顔を浮かべてそう言った。
その笑顔に、二人は毒気を抜かれたのだろうか。
力なく座り込み、情けなく笑う。
「はー、なんて冴えてないんだ、俺たちは」
「勉強はダメ、運動もダメ。悪ぶってみても喧嘩1つまともにできない」
「おまけに煙草代を稼ぐためにバイトを始めても要領悪くて怒られっぱなし」
「こんな名門にたまたま入れても、一度落ちこぼれちまったらお終いだ」
「表面上怖がられてたとしても、本当は周囲からバカにされてるのも、分かってるんだよ」
はーぁ、ホントに情けねーよな、俺たちって。
二人は互いにそう言い合う。
……ネガティブな二人の言葉に、
「そんなこと、ありませんよ」
天女はそう言った。
その言葉に対し、二人は嘲笑を浮かべてから、答える。
「ふん、分かってんだよ! あんただってな、完璧美少女の仮面を被っちゃいるが、その実俺たちのこと、腹の底では見下してんだろ?」
「俺たち庶民と高貴な自分は別世界の住人とか、そう思ってんだろ、ああ!?」
「お前には、俺たちがさぞ滑稽な生き物に見えているんだろうな!?」
自分たちで言っていて、惨めになったのだろう。彼らは目尻に涙を浮かべていた。
しかし、俺は彼らの言葉を聞き、評価を改めていた。
滅茶苦茶人を見る目あるな、こいつら……。
人の心でも読めるのか?
あまりにも天女の人物像を的確にとらえていて、俺の背筋に冷や汗が伝っていた。
「……そんなことないですよ」
図星を突かれた天女は、変な間が出来つつも、完璧美少女の笑みを浮かべながらそう言った。
「もういいよ! 教師にチクりでも何でもしろよ!俺たちはもう煙草を辞めるし、誰かの邪魔をしようとも思わねえ!」
「てゆーか煙草高いんだわ! 一箱で漫画一冊買えるぞ!?」
それからも二人は情けない愚痴を漏らし続けた。なんてかわいそうな連中なのだろうか。
天女は内心、彼らを見下して高笑いをしているに違いない。
「頑張ったんですね、二人とも」
しかし、内心はどうあれ、外面は完璧美少女『女神』様である。
面白可哀そうな相手にも、救いの手を差し伸べるのは、当たり前だ。
「頑張って、それでも上手く行かないから、他人の足を引っ張ろうと考えたんですね? でも、その努力の方向は、やっぱり良くありません」
ダメな二人組は、無言のまま天女の言葉を聞いていた。
「もう少し、頑張ってみませんか? お二人には、辛い時に励まし合える友がいます。それに……私だって。頼りないかもしれませんが、私はこの学園の生徒会長なんです。お悩みがあれば、いつでも来てください。私は、生徒がより良い学園生活をするために、尽力いたしますので」
天女の言葉を聞き終え、
「な、なんて寛大な心……」
「これが、『女神』様……」
洗脳が完了していた。
……まぁ、無理もない。
傷心中に、駄目な自己を肯定してくれる美少女、という都合の良い存在が、急に現れてしまったのだ。
チョロくもなる。
「女神様は、どうにも照れくさいです。私は天女神奈、天女と呼んでいただければと思います。……お二人のお名前も名前を教えてくださいませんか?」
天女の言葉に、二人は頷く。
「暁騎士だ」
「俺は、漆谷男」
正直俺は、見た目と行動のダサさに反したカッコよすぎる名前に、我慢が出来ず笑ってしまった。
しかし、我らが完璧美少女生徒会長は、カッコよすぎる名前に笑ってしまうという失礼極まりないことを、決してしない。
「暁……先輩に、漆谷先………輩。………………良い…………お名前、ですね。これから、よろしくお願い…………しますね?」
凄い間があった。びっくりするほど間があった。
あいつは、確実に笑いを堪えていたな。
しかし、ちゃんと耐えきり、言葉を言ったのだ。
中々できることじゃないよ、と俺としては珍しく、内心彼女を褒める。
「やっぱ、神奈はすごいよね。あんな人たちも見事改心させるんだからさ」
いつの間にか近づいていた早見が、俺に向かってそう言った。
凄いかもしれないが、そもそも彼らは、救いを求めていた。
だから、こうもあっさりと改心したのだろう。
と、思いつつ。
「そうだな」
と、俺は早見に同意した。
「カゲも凄いと思うけどね。弱いくせに、身を挺して女子を守ろうとしたんだから」
そう言って、俺の額に濡らしたハンカチをあてる早見。
「ま、もう少し強くなってくれると、カッコつくかもね」
悪戯っぽく笑いながら、早見は言う。
「……放っておいてくれ」
「ま、あたしは今のままでも、結構やるじゃんって思ってるけどね」
今度は、どこか嬉しそうに声を弾ませてそう言った。
早見の表情を見ようとしたが、彼女は既に天女の下に歩いているところで、後ろ姿しか見えなかった。
彼女の背中を見て思う。
何あいつ、思っていた以上にめっちゃ良い奴なんですけど。
天女に爪の垢を煎じて飲ませたいんですけど――と。





