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土下座をする天女を見下ろしながら、俺は言う。
「一つ提案がある」
「何かしら!?」
土下座の姿勢のまま、俺の声に反応する天女。
「依頼を断り、そのお得意の土下座を西に披露すれば良い。そうすれば、わざわざ苦手なテニスをする必要もないだろう?」
「あたしは真剣なのよ!? ふざけないで!」
俺の言葉に即座にキレつつ、
「第一、あたしにだってプライドがあるの!」
と、天女は言い切る。もちろん、土下座の姿勢のまま。
「プライドとは、一体……?」
俺の疑問には答えないまま、彼女は続けて言う。
「よく考えなさい、司!」
俺は天女のつむじを見下ろしつつ、「なんだ」と相槌を打つ。
「完璧美少女『女神様』とまで呼ばれるこのあたしが! なんであんな庶民に土下座をしないといけないの!? ありえないって、考えればわかるでしょ!!?」
その完璧美少女『女神様』の仮面を剥がしてみれば、数年前と同じ(かそれ以上の)性格の悪さが露呈するのだ。
確かに、ありえないことだ。
「俺のような庶民にも、土下座をするのはやめていただきたいんだが」
俺がそう言うと、土下座をした姿勢のまま、もじもじした様子で彼女は言う。
「私がこんな姿を見せるのは……キミの前だけ、なんだからね?」
いつもの完璧美少女然とした天女であれば、多少はときめくかも知れないが。
土下座姿の駄目人間なこいつに言われても、ただただ滑稽でしかない。
「マジ笑えるわー」
と、俺が鼻で笑うと、
「さっきから何ヘラヘラ笑ってんのよ!? こっちは真剣なの!」
これまで以上の高圧的な態度で、彼女は続けて言う。
「今まで苦労して積み上げた、あたしの完璧美少女なイメージがこんなことで崩れるわけにはいかないの! それは、あんただって同じでしょ?」
実際のところ、天女の言うことは図星だった。
こいつを人気者にプロデュースしている俺としても、誰彼構わず土下座をするのは遠慮してほしいところだし、苦労して作り上げた彼女のイメージが壊れるのも困る。
また一からアホを探して人気者へとプロデュースするのは、無理ではないにしろ、労力がかかりすぎる。
「あんたは、完璧な生徒会長の陰に隠れる目立たない幼馴染。このポジションを得るために、今まで私を助け続けてきたでしょ? これからもそれに変わりはないはず。つまりは……へへ、あんたはあたしの言うことを聞くほかないのよ!」
その高圧的な態度にイラっとした俺は、少し意地悪をすることにした。
「確かにそうだな。だが、それ相応の誠意は見せてもらいたいな」
「土下座以上に何を求めるっていうの!?」
「右でも左でも、どっちでも好きな方で良いぞ」
「靴を舐めろとおっしゃるか!!?」
皆まで言わずとも俺の意を汲んでくれた天女は愉快なツッコミをしてから、
「うええぇぇぇー、あんまり意地悪しないでよぉー! あたしが頼れるのはあんただけなんだから……。助けてくださいよ、司様ーーーーー!!!!!」
とうとう俺の足に縋りつきながら、天女は叫ぶ。
……揶揄いすぎてしまったか。
彼女の言う通り、イメージが崩れるのは俺にとっても避けたいことだ。
こいつは俺の理想的な傀儡。
俺が居心地の良いポジションを得るために役に立つ間は、取引には応じないといけない。
「分かった、俺に任せろ。一から鍛えてやる」
俺の言葉を聞いた天女は、ガバっと顔を上げてから、瞳を輝かせつつ俺に向かって「本当に!?」と言ってから。
「1週間と少しの期間で、グランドスラムを制覇できるくらい鍛えてくれるのね! ふふ、流石は司!」
「そこまでは言ってねぇ……」
俺が答えると、彼女はいつの間にやら立ち上がり、姿勢を正し。
そして、いつもの完璧美少女の仮面を被ってから、言う。
「頼りにしていますよ、司?」
普通の男子高校生なら、この微笑みを向けられたら間違いなく恋に落ちるのだろうが。
彼女の本質が駄目人間だと知り、先ほどの醜態を見た後の俺としては、この変わり身の早さに頼もしさすら覚えるのだった。