第9話 西の港町
さて、後少しで目的地だ。ここから少し離れた場所に降下し、長い丘陵地帯を貨物馬車に乗り合わせて、ようやくと辿り着いた目的地。
「ほら、アーサー。あの街でしょう?」コーデリアが大喜びする。
「あれは街とは言わないだろう。都だよ、都。」まさにその表現が正しい規模の都市だ。この世界では指折りの大都市。人口150万人に及ぶ、真っ白な石造りの都だ。まあ、我々にしてみれば小さい街だが。
「ここなら、北からは羊毛、南からは綿花。紡績やるのなら、ここ以上の立地はないだろうさ。」
「それにしても、明るい港町よね。東西に長い立地だから、あんなに明かるいんでしょうね。住むならここよね、ここ。」大喜びしてる。こいつがこんなにはしゃぐのは珍しいかな?
「まあ、ここで定住するのは悪くないよな。こんだけの規模の都市なら、機械類の需要もたくさんあるだろうし。まずは簡単な旋盤、次は紡績機、ネジの規格もキッチリ決めて・・・そう言う職人の集まりをまず探さないとな。」
「アーサー、あんた、さっきから産業や機械の話ばかりよね?ちょっとはロマンチックな事言ってみたらどうなの?」お前が言うな、お前も普段は工学の話しかしないだろうに。
「ロマンティックだろ?お前の発音は何世代か古いぞ。」そう言った途端に、コーデリアが噛みついて来た。
「うるさいわね!そんな事よりさ、こんな綺麗な街に住むんだから、一番大事な事を最初に済ませておきましょうよ。」
「なんだよ、一番大事な事って?」
「あのさ、私もう26になったのよ?そろそろ、あんたも覚悟決めてよ。」
「覚悟って何だよ?」我知らず、額に汗が伝うのを感じる・・・・・。
「シラを切るつもり?結婚よ、結婚。今までの8年間のつけが利子を産んで、もうあんたの売値をとうに上回ってるのよ?どうしてくれんの?」
「8年間って、お前それはアカデミーの士官過程の前から計算してるのか?」2年分冤罪がある!
「手取り足取りいろいろ教えて貰って、卒業の後に一緒にお祝いしたわよね?」
「そんな昔の事は・・・・・。」コーデリアが顔を近づけて来た。そうだ、出会った時はこんなに迫力のある子じゃなかったのに。
「昔の事は忘れたって?」「いえ、そんな事はありません。覚えてます。」「よろしい!」
前の方で馭者が笑ってるのが聞こえる。
「わかった、わかったって。もう、覚悟は降下前から決めてるさ。けど、もうちょっと時間が欲しかったような。」
「何の時間よ?早く子供作って、この世界で定住しないといけないでしょ?あんた、もう42じゃない?すぐ作っても、子供が成人したら還暦超えてるのよ?自覚あるの?」あー、うるさい。こいつは間違いなく俺の最高の教え子で、最高の仕事のパートナーで、それが認められて一緒にキャリア積んで来たけど、最高の恋人だったのは何か月くらいだったんだ?それこそ、最初からこんな感じだった様な気さえする。
まあ、今でも十分以上に綺麗な女だが、こんな女になったのは、言ってみれば俺と息が合い過ぎてたからなんだろうなとは自覚してる。
「お前、最初は保安部要員だったよな?」
「そうよ。」こいつ、無茶苦茶射撃上手いし、敏捷性抜群。体操も凄く上手で、頭も良かった。
馴れ初めはこいつが最初に搭乗したベレロフォンで起きた事故の時だ。機関部で起きた事故の時に、最初にすっ飛んできた保安部要員がこいつだった。細い身体の癖に、倒れた機関部員を担ぎ上げて、汚染区域から運び出し、また戻って来たっけ。
邪魔だから機関部から出てろと怒鳴ったら、「大尉が倒れたら、私が運び出します。」とか怒鳴り返して来たし、今も昔も中身は変わってないのかもね。インパルスエンジンのプラズマが何時噴き出して来るかわからない状態で、よくまあ18歳のガキが居残ってたもんだ。通信機に向かって喚いてたから、そこから退去しろと上から説得されてたんだろうが。
まあ、そんな事を思い出したが、あれから8年か。あのベレロフォンも、先日の銀河の問題児種族との戦いでハリソン提督の旗艦と共に吹き飛ばされたって話だが。
「何考えてんの?」コーデリアが顔を覗き込んで来る。
「ベレロフォンの事だよ。俺たちのエクスカリバー程は運が良くなかった。」
「あんたがブリッジにいたら、何とかしてくれたでしょうね。あの時みたいに。」
「あんな馬鹿みたいな相手とまともに噛みあうつもりは俺にはなかった。それが地球に一直線に向かって来られたら、俺だって似たような結果しか出せなかったさ。ハリソン提督でもダメだったんだ。それと、近くにシシリウムの星雲が無かったら、連中のセンサーも攪乱できなかった。だから、運が良かったんだ。」
「それも含めて、あんたの功績だったろうにね。それがあの評価。くたばった艦長の名誉とかを守るために、あんたは感謝状さえ貰えず仕舞い。ベレロフォンの時だってそうだった。」
「お前怒ってるの?」なんか、どんどん顔が近付いて来るんですけど・・・。
「怒ってたわよ。毎回毎回、あんたが消した不祥事が全部あんたの責任みたいにされてたからね。インパルスエンジンを投棄する予定だったのに、あんたが残ってたから無理だったとかね。核融合炉が止まらないに、インパルスエンジンだけ投棄してどうなるのさ?あんたは、それを何とかしてみせた。エクスカリバーの時も、マイルズが求める火薬式拳銃をレプリケーターで複製した。そりゃあ、通常のレプリケーターの使用方法とは違うわよ。作った拳銃も、装薬量が馬鹿デカい、弾丸もタングステンの特製の代物をライブラリーのデータを加工してからレプリケーターに流して、艦長権限で複製させた。その結果マイルズが負傷したから、艦長のやらかしとプラマイゼロとか?」血管がこめかみに浮いてるんですけど?俺、こいつに殴られるの?なんで?
「もう、この世界であんたは石にかじりついてでも成功するのよ?私も精一杯サポートするからさ。わかった?」
「はい、わかりました。」迂闊な事を言うのは危ない。それだけはわかった。
「よろしい、アーサー・クレイン。」それだけ言うと、コーデリアは俺の肩に頭を置いた。細身だが、しっかりと筋肉の付いた両腕が俺の脇に滑り込む。こうしていると、本当に可愛いんだが。
「リムルデイルって言ったよね、この街。」
「ああ、そうだったよな。」
「綺麗な名前じゃない。何年か後に、私の両親に、この街で私たちが結婚したって連絡が行くのかな?」
「俺たち、どこぞで死んだって連絡が行きそうだけどね。」
「何であんたはそうなのよ?いつもいつも?」また怒り始めた!
「ともかく、まずあの街に着いたら私たち何をするの?」
「まずは旋盤を作って・・・・。」
「ちがーう!結婚するの!役所に届け出すの!神父様に祝福して貰うの!」
「うあああ!」
実際には、道中で騒ぎ過ぎて、俺たちが最初にした事は、飯店を探す事だった。そして、ドクターの一行の消息を確認できる様になったのは、俺たちが食事を終えた直後だった。