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それら全てを統べるもの  作者: 小川桂興
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第8話 ティルリンティ

 いや、まったくシケた街だ。俺から見たティルリンティは一言で言って、そんな街だ。

 周囲を寒々とした大地に囲まれて、灰色のどでかい壁に囲まれて、ふてぶてしい兵隊と、小さくなっている者、何にも興味なさそうな者、豊かそうな町民なんか少数派に思える。大体、飯がクソ不味いぞ、この街!

 酢をぶっかけた固いパンを齧りながら、俺はそんな事を考えていたが、他の2人も同じ様な事を考えているのだろう。とても口数が少ない。

「ドクターの班が降下した地域の言語は、かなり英語に似た言語らしいな。アクセントも普通に通じるらしい。ここらはケルト語と似ているが、かなり違うと言えば違う。」バホラ隊長はいつもの疑問を反芻している模様だ。降下する前からわかっていた事だが、この惑星の言語は地球の幾つかの方言と非常に近いらしい。

「鬼族同様に、ここの人類も他から移り住んで来たのかも知れません。しかも、外ならぬ地球から移り住んだ者が多いのかも。」ロッドマンもそう言う。しかし、クロスタンと言う帝国の名前は聞きなれない。フランス語にも聞こえるが?ニューヨークの少し北にそんな名前の街がなかったか?

 定食屋の親父が、パンの後に持ってきたのはビーツの漬物と煮込んだ豚のシチューだった。やたらと脂っこいが、パンをぶち込んで柔らかくしたら、両方とも結構食べられた。

「なんとなく、この地方の男が太ってる上に、体格がでかい理由がわかった気がします。」ロッドマンはが笑いながら言うが、彼の瞳を見て、未だに違和感を覚えてしまう自分がいて、言葉が素通りして行く。

 彼の本来の虹彩は、瞳孔と同じ真っ黒な色素なのだが、彼は敢えて医務部でブラウンの虹彩に変えてしまった。同じ種族のイーデンは、黒い瞳と漆黒の虹彩のままで、遠くから見ると、凄く大きな瞳に見えて怖い位に思えたのだけど、近くで見るとまるで黒いオニキスみたいな美しさで・・・。うぉー、マイルズ羨ましいぜ!その癖、イーデンに対してその気もないなんて・・・・。岩石野郎!お前にあんな美人勿体ないわぁ!!!


「どうしたんだ?ジョーン、何か心配事でもあるのか?」バホラ隊長がこっちを見ている。いかん、完全に心がどこか旅をしてたみたいだ。

「なんでも・・・ないです。マイルズたち、大丈夫かなとか考えてました。」

「そうか、私もそれは心配している。けど、その前に我々自身の処遇だな。まさかなぁ・・・。」

 そう、まさかだった。鬼族25体を簡単に片づけた我々に対して、ティルリンティの守備隊は何の興味も抱かなかったのだ。

 詰所にいた下品な男(後で、それがこの駐屯所における兵站関係の中間管理職である事がわかった)に近くの休憩所で起きた事件を報告すると、その男は”それが本当かどうかわからない”、”名前を売るためにやった茶番”、”目の前でやって貰わないと”等と、散々な評価であった。いい歳をしたビヤ樽みたいな嫌味な中年が、口を歪めて、ゲラゲラ笑いながら・・・しかも、こちらの目の前で物を食べながら聴聞するとか、いろいろとありえなかった。


「予定のとおり、リュームフラントに行こうか?こんなケチな街より、次に行った方が良いと思うけど?」俺はそう言ったが、皆も同じ気持だったみたいだ。特に隊長は表面に出さないだけで、カンカンに怒っていた。

 言うなり、俺たちはザックを担いで、旅用の保存食(カチカチに固い血と脂のソーセージと、黄な粉を麦芽糖で固めた大きな板)を買い込んで、レイモンドは調理具を一式背負った。

 ところが、我々が昼飯を食べながらテラスでくっ喋っている間にも、哨戒していた傭兵団の騎馬が、休憩所と道端で大量に斬り殺されている鬼族を見つけたらしい。

 それが詰所に駆け込んで来て慌てて報告、例の下品な男が報告を聞いて驚いて、男の他の職員が我々の訪問を上司にチンコロしたものだから大騒ぎになっていたそうだ。

 しかも、あの男は、我々の報告について調書も巻いていなかったらしく、詰所のエライさんからの直接指示で壁の近くに立っていた歩哨に「三人組の男が来たら、傭兵団詰所に来て貰うように」と伝言が伝わっていたそうだ。我々に来て貰わないと、詳しい事情がわからないままになるのだろう。仕方なく、俺たちは詰所に戻った。

 そこにいたのは、見るからに厳つい、気合の入った男で、近くの椅子には先程の下品な男が震えながら座っていた。開口一番、その男は「ようこそ、お三方。この街のすぐ近くに現れた鬼どもを始末してくれたと聞いたが?」と切り出した。凄い大声で・・・・。

「通りかかった休憩所で休んでいると、突然鬼どもが斜面から降りて来て襲って来た。俺たちは力を合わせて鬼どもを殺した。」とバホラ隊長が説明した。

「時間は?」、「朝方のおそらく6時頃。」。

「その後は?」、「街に帰って、街の近くに鬼族がうろついているのを詰所に報告した」。

「この男は?その報告に何と言っていた?」多分、小さな動物なら睨み殺しそうな眼光が、太った男から脂汗を滝のように絞り出した。

「彼は我々の報告をせせら笑いながら聞いていました。相手にされていない事がわかりましたから、我々は詰所を辞去して、これからリュームフラントに向かおうとしていたところです。」バホラ隊長は、男を庇うつもりなんかサラサラないと表明してみせた。


 いきなり、厳つい男は拳を握ったかと思うと、椅子に座った男を横殴りに叩きのめした。目の下あたりから鼻の根本を強打されて、男は血を吹きながら転がり、壁にぶつかって止まった後は小さく痙攣するばかりだ。

 厳つい男は、素早くこちらに向き直って”気を付け”の姿勢を取った。拳からは血が滴っていたが、全く気にしていない。そのまま頭を深く下げてお辞儀をした。「真に申し訳ありませんでした!」と彼は部屋に轟く声を発し、我々に陳謝した。その後ろでは、何人かの職員が担架に太った男を乗せるべく、音もなく動き始めている。

「いや、そこまで気になさらなくとも・・・。」とバホラ隊長がとりなしたが、「いえ、街に迫る危機を排除し、報告に向かってくれた方に対して、我らの仲間が非礼を行ったならば、百人長の一人として、その非礼に詫びない訳には参りません。どうかお許し下さい。」と言って、彼は更に謝辞を述べ立てた。

「お気持ちはそれで十分です。我らは旅の者ですが、この街の方々のお役に立てたなら、それは幸甚とも言えます。そこらはお互いさまではありませんか?」と隊長は言葉を返した。と・・・その次の瞬間。


「えらい!えらぁぁい!」とその男は雷槌の様な雄叫びを挙げる。見ると、男の目には滂沱の涙があふれている。隣でロッドマンがストンと腰を落とした。なにやら、頭がクラクラしている様だ。額に手を当てている。

「その強さ、その腕前、その謙虚さ、お見事です!感服いたしましたぁぁぁぁ!」彼がバホラ隊長の両肩をどやしつけると、重金属の装甲板が一斉にガシャリと逆巻き、元に戻って下地の鎖とぶつかり合った。

 唖然とするバホラ隊長を後目に、彼は大騒ぎしながら我々を褒め称え始めた。厳つい顔に、子供の様な笑みを浮かべて、その男はひたすら上機嫌になり、奥の部屋に我々を案内して行った。

 彼とのその後の会話は楽しかった。怖い顔をしているし、現にとても怖い(目の前で一人ほど瞬時に半殺し)が、陽気で、しかも信用できるとわかったのだ。まず、彼は昼飯を共に食おうと言い出したが、我々は既に昼食を食べた後だと言うと、いきなり戸棚から酒を取り出して来て勧めた。

 とにかく、この男は引きが強い強いwww 俺なんかはかなり呑む方だったので、ありがたく頂く事にしたが。

 バホラ隊長は、横目で凄く睨んで来たが、ここは彼の親切に乗るのが正しいと俺は思っていた。ロッドマンはこの寒い部屋の中で何かのぼせた様な感じでいる。大丈夫なのだろうか?

「まずは自己紹介から。本職は、ティルリンティ公設自警団で百人長を拝命しております、ランツ・ロンバルディアと申します。」公設自警団と言うのは、街で正式に認可された自警団、つまりは官製の傭兵ギルドみたいなものだそうだ。「では、乾杯いたしましょう!」と小さなグラスに注がれた透明な蒸留酒らしきものを勧めた。それらに柑橘を絞って小さなマドラーで攪拌する。


 それが非常に強い酒なのに、すんなり呑めた。「あまり調子に乗ると、突然足腰が立たなくなるので、気を付けて呑んで下さい。」とだけは注意を受けた。そう言いながら、彼はグイっとその酒を呑み、また一杯、また一杯と・・・・どんな肝臓をしているのか?どれだけ酒に強い体質なのか。

 バホラ隊長も流石に心配して「そんなお昼から呑み過ぎではありませんか?」と忠告したが、「いえいえ、バホラ殿。人が正直になるには、酔っ払うのが手っ取り早いのですよ!」と更に杯を干して行く。


「ともかくも、私としては、お三方に当自警団に加入していただきたいのですよ!」


 と言う、ランツ百人長の大声で、遂にロッドマンは後ろに倒れ、バホラ隊長も俺も、意識の半分を遠くに持って行かれてしまった。

 その後、ランツを呼びに来た職員が彼をどこかに連れて行った。中座の失礼を彼は丁寧に詫びていたが、挨拶もそこそこに彼は走り去って行った。

 虚脱した様な我々3人がそこに残された・・・・。いや、凄い疲れた。マジで疲れた。

 けど、何にせよ、ランツ百人長の誠意は理解できたし、自警団に迎えて貰えるなら、それはこちらとしても願ったりだった。しかし、しかし疲れた。あの迫力と活力は何を食ったら、何を呑んだら身に着くのだろうか?あれは文明化された惑星の住民では備える事のできない特質なのか?

「おい、ロッドマン。どうしたんだよ?一言も喋らなかったな。」

「ああ、あの人の精神力が強過ぎて、酔っ払ったみたいになってた。凄い、凄過ぎる。」まだ、ぼーっとしてるっぽいね。「けど、あの人は絶対に嘘を吐かない。それは保証できる。」ま、好意的な意見って事かな?

「あの人には何かある。ついて行って損はないと思うな。」俺の素直な感想だ。

「さあ、そうと決まったら・・・なんだった?”善は急げ”か?それで行こう。まずは詰所の受付で自警団登録手続きだな。」隊長はもうノリノリだ。

 これって、もしかすると、今さっき呑んだ酒のせいかな?とは思ったのだけど、勢いには乗らないといけない。これが俺の信条だし。

「じゃあ、行こうか?」とロッドマンに声を掛けたが、彼は立ち上がらない。怪訝に思っていたが、ようやく理解できる。「腰が抜けたか?一杯だけで?」

「いえ、一口で抜けました。」

 どうにかロッドマンを立たせた頃、バホラ隊長が大声で俺たちに早く書類を書けと怒鳴ってるのが聞こえた。

「もしかして、隊長は酔っ払ってるのかね?」と聞いた俺に対するロッドマンの返事は「さあ?」と言う何とも言えない一言だけだった。

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