第4話 降下
「魔法の世界か・・・。」エルンスト・バホラが呟く。
「ああ、魔法の世界だそうだな。」マイルズ・クリストファーが短くそれに応える。
「つまりなにかな?魔法について我々が知ると言うのは、それを使えるようになる必要もあるのだろうか?」バホラが幾分うんざりした口調でぼやく。
「もしかして、使う以外にも、魔法の被害者になれと言う事も任務の内かも知れませんね。」栗色の髪を揺らしながら眉を顰めるのは、バーバラ・イーデンである。
「私としては、治療に使える魔法があるなら、それを是非学びたいものだがね。」ドクターは真面目にそう応える。
「我々が方法を勉強すれば学べるというものではなく、現地住民の特殊な文化文明の産物、それもこの惑星限定の”モノ”である可能性もありますね。」レイモンド・ロッドマンは魔法の習得には懐疑的だ。単に、自分が魔法を使う光景が想像できないだけかも知れないが。
「一見魔法に見える何等かのテクノロジーがあるのかも知れないですね。」ジョーン・セスターの合いの手に、ベゼーラが”笑い声”を上げた。不愉快そのものの心中を表現する、奇怪な笑い声だった。
「我々の先祖は、憎しみの心を持つ存在を抹殺する装置を開発しました。これも魔法に見えない事はないでしょう。けどまあ、他者の怒れる心の在り方を咎めるべきを、その咎により命を抹殺しようとするのは、方法と論理の両方で問題があります。全く笑えないとはこの事でしょうか。我々の種族が成し遂げた魔法とは、精々がこんなものだったのです。」ベゼーラはそう言う。
「高度な防衛装置。それで良いんじゃないか?結局、反省したからこそ、その装置は封印されたのだろう?」ルゴランは興味薄そうに言う。
「まあそうね。でも、同じく誰かを殺すにしても、貴方の場合はご両親から頂いた、立派な両手で十分でしょうね。」
「ああ、その方が好みだ。後、脚や歯、頭突き。もちろん、武器も使う。それ以上何が要ると思うんだ?」そんなルゴランの返事にベゼーラはお手上げと言う風に肩をすくめた。
「魔法ねぇ・・・。魔法使いと言うのも技能職なのかな、この世界では?」
技術一筋、生涯一学徒と評判のアーサー・クレインが首を捻る。彼にしてみれば、現地の惑星にどんな文明があるのかは、常に最大の興味を持って探求すべき課題なのだ。
もう既に、降下後に民生利用のためのどんな機械を作るか、戦乱の惑星に有用な設置式の大きな武器をどう作るかを彼はいろいろと検討している程で、遠足に行く前の子供の様な状態である。
「研究して、発展して、一般に広まってはいますが、未だに素質や才能に頼っている状態の何かを技能と呼ぶのは適当なのでしょうか?」
そう答えるのは、射撃の名手として有名でありながら、保安部門が決して手を延ばさなかったある意味の逸材、コーデリア・ラインである。
何故保安部門は彼女に手を延ばさなかったのか?その理由は、彼女の並外れた”真面目さ”にあった。
思考に融通が利き、学術にも明るく、様々な視野も広い彼女ではあるが・・・とにかく根が物堅いのだ。そして、やる事なす事徹底的で極端に丁寧。まさに紙一重の存在と言える。
そんな彼女は、クレインとあらゆる意味で名コンビだった。少なくとも、クレインは彼女とコンビを組んでからは、”以前”の様な大事を起こしてはいない。
「つまり、君は素質や才能に関わらず、魔法を使えるようにしたいと思っているのかな?」
「それは、とても困難ではありますが、遣り甲斐はありそうです。問題は、私達が生きている間に、それを実現できるかどうかでしょう。」
二人は顔を見合わせてニヤリと笑う。二人は名コンビだった。今までは・・・・今までは大事を起こさなかったのだから。
<<さあ、いよいよですね、ソード。>>
<<全く、準備に1年とは。悠長な事です。>>
<<あら?お二人さん、仲良く内緒話ですか?w>>
<<いえ、バーバラ。私たちの組が一番の難関ですから。その事を思うとつい・・・。>>
<<まあ、そうね。みんな興奮してるからねぇ。あの雰囲気には水は差せないかな。>>
<<私は双頭です。降下先の方々に受け入れて貰えれば良いのですが。>>
<<どんな事があっても、ゴルグの安全は私が守ります。>>
<<その意気よ。男の子なら、女の子を守らないとね!w>>
<<男の子って。私はもう立派な成人で・・・。>>
ソードは困った様に尻尾を丸めて下を向いた。
<<それにしても、ドクターとクレイン少佐の浮かれ方が凄いわよね。>>
<<逆にルゴランは不安みたいですね。魔法云々が不愉快なのではなく、彼には以前から大きな不安が心に蟠っているようです。>>
<<貴女、カウンセラーになったら良かったのに。>>
<<二つの頭から4つの目で見つめられて、不安にならない人っていますか?>>
<<ふん、貴女の内面がわからない奴等なんて、所詮はただのロクでなしよ。>>
ゴルグはイーデンの善意溢れる思考によろこんで、二つの首をパタパタと振り、尻尾で床を撫でまわした。
蜥蜴族は何と言うか正直な種族であり、口で嘘を吐く事もなく、吐けたとしても、思った事がボディランゲージとなって見えてしまう。
素直なゴルグの喜びを見やって、ソードはご満悦である。ゴルグの事を本当に大切に思っている。彼女の喜びは彼の喜びでもあるのだ。
<<どんな事があっても、ゴルグの安全は私が守ります。>>
その時、呼ぶ声が聞こえて、第一団であるバホラのチームが転送パッドに向けて歩み始めた。
<<私とゴルグならば、どんな時でもどんな距離でもお互いを呼び合える。困った事や相談があったら是非声を掛けてね。>>
<<ありがとう、イーデン。>>
<<感謝します。貴女がたもどうかご無事で。>>
「ソード、ゴルグ、転送パッドに搭乗せよ。」保安部員から呼びかけがあった。
<<では、行って参ります。>>
<<二人とも、健闘を祈るわ。>>
<<はい!親切な貴女に感謝を!天空の神々より我ら等しく幸運を頂けますように。>>
純真そのものの大蜥蜴が、可愛いゼスチュアで親愛と感謝を表現している・・・。と言う、想像し難い光景ではあったが、イーデンには彼女の心の温かさが眩しいまでに感じられた。
「さあ、次は俺たちの番だ。」イーデンは背後から、抑制の効いた、冷え冷えとした声で呼びかけられる。
「ええ、マイルズ。いつでも私は良いのよ。」
袋に入れた当分の生活には困らない重い金貨(レプリケーターで幾らでも作成可能だ)とデータパッド、通信機、医薬品と盗難侵入防止用の保安関係の装置が幾つか。ポケットに入る大きさのサバイバルキットと、背中に背負える大きさの伸縮テント。それらがあれば、どんな事態でも慌てる事はない。
ちらっと、イーデンはマイルズ・クリストファーを見やる。
冷たく輝く瞳故の、酷く冷たい印象の外見とは裏腹に、彼は燃えるような正義感と、情熱的なハートを持った男なのだ。絶対に目に見える表現はしようとしないが。
彼はトリタニウムの薄い板金と鎖帷子を仕込んだコートを着て、腰には同じくトリタニウムの長剣と短剣を佩いている。兜は面頬の部分に金属製のグリッドが入った視界の広いヘルメットだ。そして、どの装備を見ても・・・装飾が全くない。実用一点張りとしか言えない殺風景で武骨な品ばかり。
”キリっとした男前なのに、こういう所がホント勿体ない。”
彼はどんな男か?とにかく、堅物の中の堅物であり、特に自己顕示欲と言うものが完全に欠如している。
あの悲惨な体験も、彼の現在に影響を及ぼしているのだろうか?
数年前に、エクスカリバー号が恐るべきサイバネティクス種族に襲撃を受け、アル・スモコ艦長を含む多数の乗員が失われた事件が・・・。
艦長、副長不在の夜勤シフトの手薄な態勢の中で、二人がブリッジに駆け付ける迄のほんの数分以内にエクスカリバー号は大被害を受けた。通常航行中で出力を上げていなかったシールドは奇襲攻撃の第一射で簡単に貫通され、船体各部が直撃弾に乱打された。
当直長による赤警報が発令され、それを受けて艦橋に急行していた艦長と副長の二人はターボエレベーターの中で船体を貫通した敵弾により戦死、同じエレベーターに搭乗していた数名の士官も運命を共にした。
日勤班のマリーカ・ウィルカーラ等は、シールドの破れ目から侵入した敵を迎撃に向かった後に行方不明となり、今に至るも遂に消息が掴めないままになっている。
マイルズ・クリストファーも侵入者迎撃に向かったが、そこは悲惨そのものの現場だった。彼は位相光線銃で立ち向かったが、そんなものは何の役にも叩かなった。無益な迎撃とそれを無視して次々に乗り込んで来る侵入者たち。
抵抗する同僚が次々と捕らえられ、ゾンビ化され、敵艦の転送装置により、手の届かない場所に拉致されて行く恐怖の戦場で、彼は必死に知恵を絞った。
彼は持ち場の最後の一人となった時、位相光線銃に数秒後に爆発するように細工をして投擲した。
爆発により敵の進撃は食い止められ、現場から一時撤退した後、彼は近くの食堂に入り、食物のレプリケーターを使って火薬式の銃を3丁用意した。
その間にブリッジの当直長が敵艦に反撃の方法を考案し、その反撃は効果を上げた。稼いだ時間でシールドが幾分回復した事により、敵の増援は送られて来なくなった。
母艦と切り離された侵入者たちは、新たな攻撃方法に対処できるだろうか?彼はできない方に賭けた。
彼は危険なまでに侵入者たちに接近し、銃口をほどんど敵に接する距離で発砲した。金属で覆われた身体の継ぎ目を狙い、駆け回って5体のドローンと呼ばれる敵を倒した。
その無謀な接近戦の最中に、彼はドローンの金属の腕で殴打されて顔面を骨折し、3つ目の拳銃を射耗した時には、銃の反動で右手首を骨折していた。
遅ればせながら現場に駆け付けた増援のクルーたちは、顔面どころか全身血まみれで左手一本で銃に弾を装填しようと悪戦苦闘しているマイルズを発見したのだ。クルーたちは彼を医務室に運び込んだ。
そう、彼を医務室に運び込んだクルーの一人が私だった・・・。
最初に彼の有様を見た時、私は彼が既に精神に異常をきたしているのだと思った。彼の佇まいや横顔が余りに平静だったからだ。あんな事があって、この有様で平静でいられるなどありえないのに。
確認の為に、私はテレパシー能力を使った。精神異常の状態の者にテレパシーを使う事はリスクが高い。狂った精神の振るう強烈な衝撃で私が昏倒してしまう場合すらあるからだ。
そして、覗き込んだ彼の心の中にあったモノは・・・。
体内で燃え盛るだけでなく、目や全身から噴き出る炎「恐ろしい程の闘争心」、グシャグシャに割れて胸の内側や手に刺さる黒いガラス「捕らわれた同僚への罪悪感」、手や首に絡まる茨「今動けない焦燥感」、そこには狂気は見えず、狂気に似た生命の奔流が見えたのだ。
<<全く、恐ろしい男だわ・・・。>>
これ程の酷い目に遭いながら、この男には怯みなど欠片も見えない。身体が動くなら、身体が動くようになったら、すぐにでも戦いに戻ろうとするだろう。
その時、赤警報が解除された。それを知った途端、彼は呻き声を上げたかと思うと、気を失った。
<<凄い男だわ。>>
その後、シールドの出力がすぐに上がらなかった原因、赤警報の発令が遅れた原因が判明した。戦死した艦長か副長かのどちらか(多分艦長だろう。)が、すぐに警報を発令しようとする傾向にあるその夜の当直者(クレイン少佐だった)に以前から不満を抱いていた。
そして、敵が潜んでいる事に気が付き、警報を発令しようとした時、コンピューターは艦長か副長の許可を取る必要がある旨を少佐に伝えたのだ。まさに不意打ちだっただろう。
貴重な時間が費やされ、その間にエクスカリバー号は大ピンチとなった。
当直者の権限を制限する等、重巡洋艦の艦長がやって良い事である筈がない。現に非常事態が起きた結果がこうなのだから。
<<まあ、それを知った後でも彼は平然としてたけどね・・・。>>
その後、近隣の第234宇宙基地で修理を終えたエクスカリバー号は、ルゴランの祖国に起きた大規模な内乱未遂事件に駆り出される事となった。艦長と副長不在のままで。
同じく、オーバーホールのために停泊していたサザーランド号も艦長欠の状態で、副長は臨時で個人的に古い馴染みのギブスン少佐が着任していたっけ・・・・。
「イーデン、イーデン!どうしたんだ、君は?」ドクターの呼ぶ声が聞こえる。
「あっ、はい!今すぐに。」随分と黄昏ていた様だ。ドクターとルゴランが怪訝な顔でこちらを見ている。
そして、こちらを静かな痺れる程に強い眼差しで見つめるマイルズ・クリストファー。
「お待たせ。さあ、行きましょう。」
頷くマイルズに小さく手を振って、私はパッドに歩んで行く。
隣のパッドではルゴランとベゼーラが光と高周波音と共に降下して行く。
そして、私達も降下する事となった。
最後の瞬間に感じたのは、無表情な目でこちらを見るチェレス中佐の姿。その視線から感じたのは・・・恐ろしい程の決意。
目の前を光が踊り、いつもの高周波音が響き渡る。
次の瞬間に目に映った光景は、明るい陽射しと滴る緑、濃密な大気と重い風の流れ。まるで薄い水の中を歩いているみたい。
そう、ここはもう任務地、降下目標の惑星。そして、そして、私の第二の故郷となる惑星だったのだ。