第2話 上陸前夜
軍籍をはく奪され、連邦憲章からも枠外とされて、今から降下する惑星は、人間よりも大きな生物がありふれた中世?並みの文明世界。
「我々全員は連邦憲章から外れると言う事ですよね、中佐?」
保安部の長である中佐は、無言で頷いた。鍛えぬいた精神力で抑制しているものの、彼もこの任務について複雑な気持ちを抱いている。
前からその件について考えていた結果、並大抵の努力では、この世界で生存する事は不可能と思われたのだ。
「私は遺伝子改造を受けたいと思います。医務部にその旨の希望を伝えていただきたいのです。」
尖った耳を持つ、意志強固にして平静な種族である彼は、片眉を吊り上げた。通常の人間ならば、愕然として取り乱した光景なのだろう。
「よろしい、医務部に君の希望は伝えておこう。しかし、医務部の者たちは未だに連邦憲章の規定に従う者たちだ。改造手術を執り行う事に賛成はしないだろう。」ローブを着た中年の男性がそう告げる。
「その件については、私の方で何とかできると思います。人類と他の種族の遺伝子差異との比較で、保安主任の種族の筋力と瞬発力をもたらすゲノム配列を既に解析している。後は、それらのゲノムを操作するためのウィルスを注入するだけだが・・・。」
「そうすると、君はもう元には戻れないぞ。良いのか、中尉?」
「ドクター。それは、遺伝子操作を許容しない連邦に帰れないと言う事ですか?それとも元の肉体には戻れないと言う事ですか?」
「両方だ、中尉。おまけに、ウィルスで変容するのは体内だけとは限らない。君は今の容貌を全て失うかも知れない。」
「覚悟の上です。私はもう、今の時点で地球人である事をやめようと思っているのですから。」
「違法なデータベースには、写真記憶力や特別な空間把握能力、そんな特質を強化付与する方法も揃っている。君は古い時代に超人類と呼ばれた者たちよりも、更に強靭で俊敏で、正確な動作の戦士になれるかも知れない。しかし、賢明になれるかどうかは、私は保証できない。」
「賢明さは、今後の探索で身に付けるしかないでしょう。あの未知と非常識のるつぼの様な世界で。」
二人は、そのまましばし見つめ合うと、苦笑交じりの笑顔を作った。
「私は君のグループに入ろう。君の予後を見守る必要もあるだろうし。そもそも、斬り合いでのし上がる人生を選ぶのだから、治療術に達者な者が傍にいるのが正しいだろうさ。」
「ありがとうございます。」そう言って中尉は微笑した。
他の組も、随分前から話し合っていたのだろう。数名のグループを組んで上陸するようだ。
「はっ!俺はこれから”蛮族”と呼ばれるのだな。気に入らんが、お前の親類どもに言わせれば”獣”だそうだから、幾分はマシな呼ばれ方と言う訳か?」筋骨隆々の戦士が大きな声を張り上げる。
「私の方は、喜怒哀楽を表現しないと怪しまれる。口数も多くしないといけない。」そう答えるのは、耳の尖った軽装備の女狩人だ。緑色の布の服の上に、軽い革鎧をまとっている。
この二人が、地球歴で60歳以上だとは誰も信じないだろう。長寿の種族なのだ。
「いずれにせよ、面倒な事だ。それにしても、俺とお前は同じ組で良いのか?他の組でもお前は引く手あまただったろう?」
クスっと微笑しながら狩人が「今の言葉、本当に笑えたわ。銀河一の戦士種族の方が引く手あまたでしょうに。」と答える。
「私たちは似ている。他人の名誉を回復するために、このミッションに志願した。」
蛮族の戦士は、その言葉に頷く。「そのとおりだ。そして、俺はこの地で死ぬ。その巻き添えにお前を加えるのは本意ではない。」
「なら、精々長生きして、使命を果たしてから後に、名誉の世界の門に向かいなさい。」
「ところで私、キチンと笑えてる?」微笑しながら女狩人は問いかける。
「ああ、俺にはお前が笑っている様に見える。」
「なら良いわ。」狩人が蛮族戦士の手を取ってしがみつく。「こういうのも慣れないとね。」
「何故そんな事に慣れないといけない?」顔をしかめながら蛮族戦士が言う。
「明日降りる世界では、幸せは早く掴まないと、何時死んでしまうかわからないのよ?」
「お前は何を言っている?」蛮族戦士は困り果てて女狩人を振りほどこうとするが・・・。
「私は妖精族だから、こんな事は平気でやらないといけないのよ。」すました顔で狩人はうそぶく。ただし、手は離さない。
「ううむ・・・。」
「”恋する心は、全ての知性の始まりである。”」女狩人が警句らしき言葉を口にする。
「誰の言葉だ?」
「地球人の碩学の言葉よ。彼は、産業革命の前に生を受けて、産業革命で変わって行く地球人の姿を見たの。これから降下する惑星も似たような状況だと思う。印刷は既に普及し始めているし、製紙技術も相当のものだけど、火薬は魔法で簡単に爆発するから使い物にならないみたい。」
「ふん、それで未だに斬り合いや弓矢が盛んなのだな。俺の望むところだが。」
「”魂は空っぽ、胃袋は満腹”、同じ人が地球の産業革命をそう喩えたらしいわね。」
「それは地球人の有名な艦長の言葉だろう?拷問を受けている最中に連中の有様をそう皮肉って、更に酷く痛めつけられたと聞いているが。」
「なら、彼には歴史家や言論人になって貰いましょう。それが銀河のためになりそうね。」
「酒場のつまらん喧嘩で心臓に剣を突き刺される様な男だが、奴には本当の勇気がある。それ以外の知性や決断力もな。だが、俺の見るところでは、一番の奴の才能は天性のものだ。」
「それは何?」
「大事な時に大事なところに間違いなく居る事だ。そして、奴はその能力と決断力で問題を解決してしまう。全くもって驚くべき才能だ。」
「なるほど・・・。」そう呟いて、女狩人はニヤリと笑った。
蛮族戦士が片方の眉を吊り上げてその様子を見ると・・・。「こんな時はこう笑うんでしょう?」と女狩人が答える。
「まあ、そうだが、お前たちの種族が笑っていると言うのは、本当に奇妙だ。」ふんと鼻を鳴らす。
その横では、自分達も遺伝子改造を受けるべきだと決意した地球人たちがドクターを探して部屋を出ようとしているところだった。
ふん、遺伝子改造など受けてなるものか!蛮族戦士はそう決意している。
そんな事をすれば、故郷に帰っても、絶対に受け入れて貰えない。
様々な事を、12人のチームが考えている内にも、時間は経って行き、降下の時は迫りつつある。