第14話 ミスラルの工房
最近、コーディの目が怖い・・・・。(前かも怖いけど、最近はもうね・・。)
市役所に行きながら、婚姻届けを出しそびれた事が一つ。(事実として、俺たち結婚してるんだけど。)
その後に俺が市役所に足を向けようとしない事が一つ。(ほんと、忙しいじゃん。)
家に居ついている管理人に対する不満があるもその一つ。(あれは予想外だった。)
最後の一つが、今まさに目の前で起きているこれ・・・。
「頼む、見逃してくれ。お願いだ。」と先日来5人目の挑戦者が縛り上げられている。そして、挑戦者の全員が漏れなく短剣で武装していた訳で。
お前ら、どんだけ執拗で懲りないんだよ・・・。そもそも、最初から盗みじゃなくて、俺たちを完全に殺す気だろう?
「マーカス、番所に行ってくれ。お客さんを引き渡さないといけない。」俺は管理人にそう命じる。
「はい!」彼はまだ12歳。背が低く、ヒョロヒョロしていて頼りないが、家事や掃除はキッチリやる子だ。ただし、元気に欠けるし、度胸もない。あれで一人きりでこの家を半年守り続けたとか、ありえない感じがする。
マーカスは灯りを持って、サンダルを鳴らしながら疾駆して行った。走るのは流石に早いもんだ。まあ、夜道でも”センチネル”がしっかり護衛してるんだから大丈夫だろうが。
「さてと、お前は5人目だ。毎回、毎回、俺の家に入り込んでは、いろいろと探っている。しかも夜中に、毎度短剣持参でやって来るんだから、お前ら俺たちを殺そうとしてるんだよな?そうだろう?」
「ん、6人目が居たか。やれ・・・。」マーカスを尾行していた盗賊の一人が行動不能となり、その後に捕らえられた。
5人目の猿轡を外してやる、特に凶暴そうな奴だから、面白い事を口走るかも知れない。
「て、手前。俺たちを捕まえてただで済むと思うのか?一生付きまとわれて復讐されるぞ!もうお前らは助からねえ!」
「やれ・・・。」腰椎と頸椎に恐ろしい神経パルスへの干渉が行われ、盗賊の肉体には、自分自身の急激な骨と筋の動きで”この上ない重症のむち打ち症”と”骨盤周りの筋と肉の断裂を含む、永続的な歪み”が生じた。盗賊どころか、今後しばらくは寝たきりで暮らす事になるだろう。
悲鳴も上がらない。ただ、ピクピクと痙攣するばかりだ。小便の匂いが立ち込める。
「さて、次の人、3人目だな。お前は?」猿轡を外してやる・・ふりをする。こいつが口の中に含み針を忍ばせているのはわかっている。首の後ろのここか?彼の舌根が、俺の指先の刺激で急激に巻き込まれて沈下する。口に含んだ小さな針、ただし毒針ではない。それらが舌にめり込む。顎の筋肉が痙攣してそれらを吐き出す事もできない。手当をするつもりもないから、後はしばらく苦しんでいれば良い。
「ああ、こいつもダメか。じゃあお前だ。4人目の君。」髪の毛を掴んで引き抜く。「どうする?お前は素直になるか?あいつらみたいになるか?」
ふるふると、涙を流しながら盗賊は首を振る。猿轡の下で絶叫しているだろう口が無様に動く。涎の匂いが臭い。興味が失せた。
「呼んで来ました!」何人かの布と革の鎧を着た兵隊と共に、マーカスが門から駆けて来る。
昨日の夜に続いて、今日の夜も俺たちは家で寝ていたら盗賊の襲撃を受けた。自動警戒装置センチネルは効果抜群。家の中で襲われた俺たちは正当防衛でお咎めなし。盗賊の死者はなし。ただし、5人中4人が生涯現役の盗賊に戻る事はできないだろう。最後の一人は、あれは完全に勇気をへし折られているし、何でも喋るんじゃないか?あの有様なら。
そして、何処の国でも、犯罪行為を働いた負傷者は、刑期中の治療魔法による施療を断られてしまう。刑期が終わるまでは、ずっと不自由な身体のままになる。ある種の身体刑とも言える。法律がまともに守られない国もあるのだろうけど。
「それにしても、後何度同じ事があるのかね?」俺の悩みはそんなに長くは続かなかった。
昼間の事、クヌギの樹を五角形に庭に埋め込んで、根を執拗に固めていたコーデリアと俺は、小奇麗な格好の若い男を見かけた。見事に怖がって門をくぐろうとしないあたり、正体は知れたようなものだ。
「用向きを伺おうか。」俺が声を掛けると、地面に封筒と、封筒を立てる簡素だが美しいスタンドを置いて、美しく一礼しただけで男は無言のままに走り去った。
「身のこなしが美しい。あれはどんな者だったにせよ、一流の男だね。」コーデリアがそう言うが、彼女自身の身のこなしの美しさと比べればどうなんだろう?
「拝啓、貴殿らの邸宅に侵入した者たちについての話し合いを持ちたいもの。場所方法については、貴殿らの思うままに。この文立てに返事を入れて門の前に置いていただければ幸いなり。早々。」
「だとさ・・・・。」
「とにかく、面倒だから早く片付けないとね。けど、相手の本拠地に乗り込むとかは無しよ。無駄にたくさん人を殺したら寝ざめが悪いもの。」(本当にお前変わったよな、この数年で・・・。)
「ここに呼ぶか?」
「本当に話し合いで決着付けるつもり?相手は悪党じゃないの?」(そう言うお前はどうなんだ?)
「しかしなぁ、こう言う展開は現地の慣習ではどうなんだ?そもそも、俺たちの世界では犯罪組織がお話ししましょうってのは無かっただろう?」
「脅迫の前に、言い訳程度に穏やかに話しましょうって事じゃないの?」(お前、その言葉をトリタニウムのナイフを持った姿で言うか?)
「知恵を誰かから借りよう・・・。具体的には番所の連中に。その前にマーカスかな。」
「了解よ。」
「そう言う事なら、番所ではなくて、魔法使いの方々の方が頼りになります。彼らに逆らったら、どんな人でも国内で暮らせなくなりますから。」マーカスの答えはなるほどと言うものだった。
「近所のミスラルと言う人、彼は大魔法使いだそうだね。」
「あ・・・ミスラル様ですか。あの方は何と言うか変わり者らしいのですが、温厚だそうですし、何しろマスターウイザードですから凄い実力者です。」
「マスターウイザードって?どんな人たちなのかしら?」
「既存の魔法を極めた後、自分たちの専門分野を追及している人たちです。この世界で12人しかいない凄腕の人達です。」
「そんな人が俺たちのご近所様ってか?城や宮殿にでも住んでる感じがするが。」
「魔法使いの方々は、王宮に仕えるのは大体が嫌いみたいですね。好き勝手に暮らしてるし、自営で仕事してる人も多いです。王宮魔術師とかは、中堅クラスの人達がほとんどみたいです。けれど、マスターには遠い人達揃いですね。」
「君は魔法使いに詳しいが?」
「母は魔法使いでしたから・・・・。3年前に亡くなりましたが。」
「それは・・・。」
「母は王宮魔法使いだったんです。だから、国家連合に反対する反乱軍との戦いの最中に命を失いました。魔法使い同士の戦いだと、腕前が上の相手には滅多に勝てないんだそうです。」
何とも気まずい話になってしまった。その上にこの子には父親もいない。これ以上聞くのは別の機会にした方が良さそうだ。
「そのミスラルさんに連絡を取るのはどうしたら良いのかな?」
「うーん、あの人に相談と言う事なら、結構なお金が掛かると思います。何しろ、儲かっただけ研究に注ぎ込む人みたいですから。何度か外で見た事がありますが、あまり裕福な感じには見えませんでしたし。」
「ああ・・・それなら大丈夫さ。」コーデリアも黙って俺にウインクしていた。
「当方了解。魔法使いミスラル氏に仲裁を頼む予定であり、彼の指定する場所にて会合を持つものとする。」返信の文面をスタンドに立てたが、気が付くとそれらは無くなっていた。
「じゃあ、ミスラル氏の工房にお邪魔するとしよう。」善は急げだ・・・。
しかし、人生には山も谷もある。潤いを求める必要も。美味しい食事大好きなコーデリアは、連れて来たマーカスと俺をレストランに引っ張り込んだ。そして、豚を煮込んだブラウンシチューと、たっぷりバターの効いた大きなパン、骨髄の入った牛のすね肉の焼き物をみるみる内に優雅な作法で器用に切り分け、良く噛んで・・・ほぼ一人で平らげて行く。俺たちはコーデリアのおこぼれを頂いている様な感じで。
冷えたワインの入っていた空のデキャンタは既に3本目で、大いに英気を養った彼女はまさに意気軒高たる有様となっている。(桑原桑原・・・。)
「奥様凄いですね。今晩の夕食から、量と品数をもっと増やさないと。」マーカスも目を真ん丸にしている。いや、こいつは普段はこんなに食べないから。時々凄く食べるだけ。精神が充実して、気力が満タンになる様に食べる。言ってみればセレモニーだ。だから怖い・・・・。
「さあ、行きましょうか!」コーデリアが席を立った。俺に嫌やは無い・・・。マーカスも満腹の模様で席を立った。
なんか、レストランの中に、こっちを見向かない様に頭下げてる奴がいたけど、やっぱり尾行とか監視とかついてるのかね。けど、かなりびくついてる感じだったが・・・・。やっぱ、本当に怖い奴ってのは、その筋の者にはわかるのかな。
ミスラルの工房は以前に通った道だったので場所はわかる。重いザックを背負って行くのは辛かったが、コーデリアに半分背負えとかは言えない。後の事を考えると絶対にできない。
例の三角形を組み合わせた図形の看板。間違いない、ここがミスラルの工房だ。「ここだな。」俺が言うと、コーデリアは頷いた。扉を開いて、彼女は「ごめん下さい。」と中に呼び掛けた。
「いらっしゃい、ご用向きは何でしょうか?」そんな声がする。工房の中には、40そこそこかな?と言う風情の色黒の男がいた。虹彩の光が異様で、金属的な光を発している。立ち上がった男の背丈はそれほど高くない。男はマーカスの方をしばらく見ていた。
「その子を私に弟子入りさせるおつもりですか?」彼は幾分抑えた雰囲気でそう尋ねて来た。
「いえ、今回はその用件ではありませんが、この子は魔法使いに向いているのですか?才能があると?」俺はそう聞いた。
「私は検者ではありませんので、どこまでの才能とはわかりません。けれど、確かな才能をこの子には感じます。奥様にも・・・彼女には噴き出る様な魔力を感じます。」俺は内心で愕然とした。コーデリア、お前はどこまで行ってしまうんだ・・・。
「ところで、そうではないとすれば、どんなご用件なのでしょう?背嚢の中の凄い量の金貨と純金のワイヤーは何のためにご用意なさったのでしょう?」
「ほう・・・。貴方には背嚢の中が見えると?」
「はい、これでも私は錬金術師なので。」
「錬金術師と言うと、やはり鉛を金に変えるとか、そう言う研究をなさっておられるので?」俺の知識の中の錬金術師とは、それ以外でももっと血腥い、子供には到底学ばせる事が不可能な危険な魔法あるいは疑似科学であるとの偏見があった。
「そんな都合の良いものではなくて、もっと一般的かつ科学的な研究をしております。」この男、世間の偏見を受け馴れているな・・・。
「最近では、自動的に動く機械や、人型のゴーレム、その他にもいろいろと研究しています。」「正直に申し上げると、私はこの世界の中でも、最も弟子を必要としている魔法使いの一人です。先頃の統一戦争で、私の弟子たちの多くは命を失い。」マーカスが身体をビクッと動かした。
「また他の者たちは多くが欠員の出た王宮魔術師団に編入されて行きました。」
「どうかなさいましたか?」ミスラルは自分がヤバい話題を踏んだ事を理解していない。が、マーカスの雰囲気から何かを感じたのだろう。そこは大魔法使いと言えども人間でしかないと言う事だろう。
「僕の母は統一戦争で、王宮魔術師として参戦し、戦死しました。ラエスカリールが雇った魔導士に。魔導士が蔓延させていた疫病で父も亡くなりました。」マーカスがそう言う。
「それはすまなんだ事を。私は、この方々が君のご両親かと思っていた。奥様はお若いが、魔法使いならば何歳でも若い姿のままなんもでな。彼女も魔法使いかと思っておったのじゃ。」その言葉にコーデリアが反応した・・・・。運命の瞬間だった。
「詳しく・・・・その件についてもっと詳しく・・・。」その時のコーデリアの目の光、雰囲気。流石の大魔術師も、コーデリアの迫力に負けて圧倒されていた。
「いや、その・・・・。」口ごもるミスラルに。
「だから詳しく!一から詳しく!」マーカスが俺の腕にしがみついてきた、ほとんど半泣きで。俺も泣きそうだった。そもそも、話の方向性が全く違う。
腰に手を当てて、大魔術師の金属的な瞳を顔を接近させて深く覗き込むコーデリア、小さくなって椅子に座る大魔術師。その後は詰問に近いお話の内容となった。
「つまり、魔法をマスタークラスまで会得すれば、魔力の循環で人はその時から不老になると言う事ね。そして、その後に寿命まで老化しない。寿命は短くて300年、長い人だと500年以上生存している人がいると・・・・。間違いないのよね?」ミスラルは黙って頷くだけだ。
「あんた、今すぐミスラルさんに金貨を全て渡すのよ、ワイアーもよ!」俺は背嚢ごと全てをミスラルに渡した。
「さあ、弟子入りの金額はこれで良いのよね?」ミスラルはコクコクと頷くばかりだ。「貴方も弟子入りするのよ、マーカス。」コーデリアが打って変わった優しい口調でマーカスの方を向く。
「ところで、マーカス君。君の母親は美しい人ではなかったかな?」
「はい、美しい人でした。とっても綺麗でした。」マーカスはポロポロと涙を流しながら返事をする。
「魔法使いの才能は、女性の外見だけでも随分わかるんだ。どう言う訳か、美しい女性は強い魔力を有する傾向がある。」その言葉にコーデリアは喜んだ様だ。けど、俺に対しては照れかくしのかなり強めの殴打と言う形を取った。
「だから、君もきっとお母さんの様に美しくなる。お母さんの記憶を大事にしたまえ。」ミスラルはそうマーカスに言った。マーカスはその言葉を聞いて頬を赤らめた。
「美しいと言っても、マーカスは男の子ですよ?」と俺が口にした瞬間・・・。
ミスラルは呆れた様に口を開け、マーカスはシュンとした様に下を向き、コーデリアは撃ち抜いたストレートで黙って俺の鳩尾を強打した。
「呆れた!ホント、あんた馬鹿じゃない?」床に倒れながら、俺の頭には疑問符が連打で??????????と並ぶだけだった。
呼吸が何とかできるようになった時、マーカスは言った。「僕の名はセレスト・マーカスと申します。あの、僕は女の子なんです。気が付いてませんでした?」
俺がうん・・・と言いながら頷いた時、コーデリアが追い打ちでストレートの強打を頬桁に叩き込んで来た。
そんな俺たちはまだ本題をミスラルに伝えてはいない・・・・。




