第1話 周回軌道から
第一話 周回軌道から
この日の為に、我々がどれほどの準備をしてきたのか。
そもそも、惑星上陸のために、専門のコマンドチームを派遣するためだけに、1年にも渡り、各種族から選りすぐったメンバーを募り、極秘裏に訓練した事など、宇宙艦隊で行われた事があったのか。
少なくとも、そんな事は記録上は確認されなかった。
「艦長・・・・・」保安部のチェレス中佐が注意を促す。コマンドチームが艦橋に入室して来るのだ。
コマンドチェアから立ち上がり、その下のホールに降りて行く。
艦橋正面のメインスクリーンには、眼下の美しい惑星が、誇るが如く青く輝く様が大写しにされている。
そして、待っていた一団が、ゾロゾロと異様ないでたちで現れる。
逞しく浅黒い肌の目を見張る様な体格の偉丈夫、小柄で耳の尖った金髪の少女、筋肉質だが俊敏そうな青年、その他諸々のメンバーに、特に目を引くのが巨大な二本足で立つ大蜥蜴の二人。
全員が鋼と鉄と革の鎧や布の服を着ている。そして、金属や木製の鋭利な刃物や鈍器を手にしている。
その異様な姿を敢えて無視した上で私は口を開く。
「君たちに対して、今から通知する事がある。事前に知らせていたとおり、君たちは今から連邦憲章から切り離された存在となる。」私はそう彼らに告げたが、その言葉は酷く虚ろで、現実感のない言葉として響いた。
こんな事をクルーに告げる宇宙艦の艦長など聞いた事もない。どんな極秘任務であろうと、こんな事を告知する事はないだろう。
「君たちは今から、あの惑星の住民だ。呼称のために”トラディオン”と名付けたが、それは単なる記号だ。彼らにその名前は何の意味もない。アメリカ大陸の原住民たちが、自分たちの住む大地をアメリカ大陸とは思ってなかったように・・・。」
そう、そして、アメリカ原住民は外来者たちに征服され、その故郷を失ったのだ。
この探査任務の終点は何なのだろうか?全く異質な惑星の住民を、自分たちの属する陣営に引き入れる事か?そもそも、その前提である統一政府など何処にも存在しないのに。
「君たちの任務は、あの惑星の探査である。しかしながら、その方法については敢えて問わない。何の掣肘も行わない。ただただ、我々エクスカリバー号のクルーは君たちを支援するのみであるが、それはこの周回軌道からだ。そして、連邦憲章に君たちが従おうとすれば、その時点で君たちはこの惑星の危険に後れを取るだろう。12名のコマンドチームは数週間の内に全滅してしまうかも知れない。」
「そして、君たちの何人かは、多分自発的に連邦憲章の下に戻ろうとしないだろうとも考えている。つまり、あの惑星の住民になる事を希望するだろうと思っている。」
その言葉に数名の者たちが黙って瞳をギラつかせた。
そして、惑星上で死ぬかも知れないと言う事だ。それを言葉にしないとわからない者はこの中には一人もいない。
「報告を絶やすな。それが君たちのミッションのほぼ全てであり、危険に陥った際の命綱になる事だろう。では、健闘を祈る。」それ以上を口にはできなかった。
「解散。この後、訓練区画でブリーフィングを行った後、明日の任務開始までは自由時間とする。集合時間は1920とする。」チェレス中佐が告げて、各員はターボエレベーターに向かった。
チェレス中佐は物言いたげにこちらを見ている。今からでも中止を進言しようと言うのか?
いや、違うのだろう。彼も疑問に思っているのだ。このミッションがどれ程の時間を掛けて行われるのか。それを疑問に思っているのだ。
伝説となった艦長の航海が5年間。この艦が周回軌道をめぐり続けるのは一体何年になるのだろう?