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95:出生




 ――結局思いついた調合法を試すだけ試したが、成果らしい成果は何も得られなかった。一日二日で聖水が作れるとは到底思っていなかったためそこまで落胆することはなかったが、今後のことを考えると中々気が重い。

 とりあえずいつもの終業時間よりはいくらか早く解散して、私は一人で調合器具の片付けをしようと思ったのだが、




「手伝う」


「あ…ありがとうございます」




 すっと横から現れたアルノルトの手が調合台の上に置いてあった毒草を片付け始めた。手伝ってくれるらしい。

 少しの間、私たちの間に会話はなく黙々と片付けを続けていた。アルノルトとの間の沈黙には慣れたものだ。

 ――と、心地よい沈黙を不意に破ったのはアルノルトの遠慮がちな声だった。




「……今日の調合は魔王用か?」


「一応はその想定です。以前お話しした聖水の話をアイリスにも話したら、魔物が苦手なものを全部混ぜちゃおう!って話になって」




 私の言葉にアルノルトは驚いたように数度瞬く。




「それは……随分大胆な発想だな」


「えぇ。私には考えつかなかった発想でした」




 ふふ、と笑って答えれば、アルノルトの表情が僅かに和らいだように見えた。彼の中でアイリスに対する関心が高まったかもしれない。

 まだ成果は見られないが、後々はアイリスの大胆な発想とバジリオさんの確かな知識をお借りして、何かしら突破口を見つけられないかと考えているのだが――




「聖水作りに役立ちそうな材料があったら教えてください」




 少し冗談めかした口調でアルノルトに依頼する。そうすれば彼は小さく頷いた。

 それきり会話が途切れる。黙々と片付けをする中で、私の脳裏にじわじわと浮かんできたのはエルヴィーラの存在だった。最近研修に顔を出さないどころか、王城内でも見かけないように思う。彼女は今どうしているのだろう。




「……あの、エルヴィーラちゃんは今どこに?」


「師匠とベルタさんに頼んで故郷の家に帰らせてもらっている。……今回のことも、説明しないといけなかったからな」




 ベルタさん。アルノルトが口にしたその名前に、私はバッと彼に目線をやった。

 お師匠にはまだ、自壊病の原因を話していない。




「お師匠も付いて行ったんですか?」


「師匠……メルツェーデスがそう望んだ。自壊病について一度落ち着いて話したいそうだ」




 アルノルトの言葉にぎくりとする。口ぶりからして、おそらくメルツェーデスさんは自壊病の真の原因――魔王の存在を知っている。そうでなくては、アルノルトのご家族に説明が出来ないだろう。

 メルツェーデスさんは自壊病で亡くなったお師匠の孫・アネットさんとも親しかったようだし、自壊病の原因を知って思うところがあったのではないだろうか。そんな彼女が、望んでお師匠を連れていった。お師匠に魔王の存在が伝わるのはおそらく時間の問題だ。

 まだ私はお師匠に全てを伝えられていなかった。伝えてしまうということは、お師匠の必死の治療が全て無駄だったと暗に突きつけるようなものだ。その勇気が私にはまだなかったのだ。

 先延ばしにしてしまっている自覚はあった。果たして私の口から告げた方がよかったのか、同じ苦しみを共有したメルツェーデスさんから告げた方が良いのか――




「アンペール?」




 深刻な表情で黙り込んでしまった私を不審に思ったのか、アルノルトに名前を呼ばれる。私は慌てて取り繕おうとにっこり微笑んだ。そして何か話題を変えようと思い、ロコ兄妹の故郷について咄嗟に尋ねてみる。




「あー、えっと、ご出身の村ってどんなところなんですか?」


「森の中にある小さな集落だ」


「へぇ……その説明だけ聞くと、私の故郷のエメの村と似ているかもしれませんね。村の住民みんな知り合い……みたいな」




 脳裏に浮かんだ故郷の景色。悪く言えば閉鎖的、良く言えば住民同士の交流が盛んな小さな村。

 そういえば、と思い出す。「ラストブレイブ」のサブイベントの中にエルヴィーラの両親と会うイベントがあった。本筋には絡んでこなかった彼らだが、もしかすると今世でもお目にかかれる機会があるかもしれない。




「まぁ、エルフの集落から弾かれた訳ありばかりが集まっているからな。団結力は他の集落と比べてあるように思う」




 さらっと淀みのない口調で言ったアルノルトの言葉の中に気になる単語が紛れ込んでおり、私は思わず首を傾げる。そして半ば反射的に、気になったその言葉を口にしてしまっていた。




「訳あり?」


「過去を捨てた者、家から捨てられた者、何かから逃げ出した者、何かを抱えている者、とんでもない変わり者……。そういったどの集落にも受け入れられなかったエルフがたどり着く村だ」




 アルノルトは特に気にしている素振りも答えを躊躇う素振りも見せなかったが、踏み込むべき話題ではなかったと反省する。早々に話題を切り上げようと努めて普段通りの口調で「そうなんですね」と相槌を打つことには成功したのだが、




「俺は人間とエルフの混血だからな。はみ出し者だ」




 ――何でもないような口調で付け加えられた事実に、私は動揺を隠せなかった。

 自分は人間とエルフの混血だと、確かにアルノルトはそう言った。ということは、兄妹のエルヴィーラもそうなのだろうか。いや、「ラストブレイブ」ではそういった設定はなかったはずだ。サブイベントで登場したエルヴィーラの両親は、母親も父親もエルフだった覚えがある。

 もしかすると、エルヴィーラとアルノルトは血が繋がっていないという可能性もある。アルノルトの親のどちらかが人間で、何か訳があってエルヴィーラの両親に引き取られたのかもしれない。しかし家族全員で訳ありのエルフが集まる村にいるのに、アルノルト一人だけ養子というのは些か不自然なような――

 ぐるぐると考えるが当然答えは分かるはずもなく。ただ一つ、脳裏に浮かんだ疑問があった。




「それって、私が聞いてもいいことなんですか?」


「お前はむやみやたらと言いふらさないだろ」




 じっと黒の瞳で見つめられて私は思わず言葉に詰まる。予想外にも真っ直ぐ向けられたアルノルトからの信頼にたじろいでしまったのだ。

 ぐっと顎を引いて、向けられた視線から逃れるように手元に視線を落とす。




「そ、それは、そうありたいと思ってますけど」




 ちらりとアルノルトの様子を窺えば、彼は満足げに小さく頷いた。そして先ほどの私のように視線を手元に落としたかと思うと、小さな声で呟く。




「両親が礼を言いたいと言っている。アンペールとルカーシュ殿に」




 ――あぁ、なるほど。だから今、アルノルトは自分の出生を語ったのかもしれない、と突然知らされた事実を徐々に飲み込み始める。実際に会った際に私やルカーシュがアルノルトの母親もしくは父親の耳が尖っていないのを見て、不自然に思う前に先に言ってしまおう、などと考えたのかもしれない。

 なんとなくアルノルトの思考は理解できたが、それにしたって突然すぎる。思わぬタイミングで思わぬ事実を知ってしまい、ただただ動揺するばかりだ。

 そんな私のことなんて御構い無しに、アルノルトは普段より柔らかな声音で続けた。




「もちろん、俺もそうだ。落ち着いたら招かせてくれ」


「……ええ、ぜひ」




 ――落ち着いたら。それがいつになるかは分からない。そしてその日を、穏やかな気持ちで迎えられるとも限らない。でもだからこそ、アルノルトとの約束は未来の小さな楽しみ――大げさにいえば、希望になった。

 ルカーシュと一緒にロコ家を訪ねる。そこには元気に笑うエルヴィーラがいて、そんな彼女を優しく見つめるアルノルト、そして彼らの両親がいる。もしかするとメルツェーデスさんやお師匠もいるかもしれない。

 そんな日がくればいいと、そんな日を迎えられるようにできる限りの事をしようと、強く心に誓った。




※予約投稿です。コメント返信等は後日改めて行わせていただきます。


いつも拙作を読んでくださりありがとうございます。

本日3月10日(火)に書籍版「勇者様の幼馴染~2巻」が発売となりました!


「勇者様の幼馴染という職業の負けヒロインに転生したので、調合師にジョブチェンジします。 2」

著者:日峰

イラスト:花かんざらし様

出版社:カドカワBOOKS様

発売日:本日2020年03月10日発売!


花かんざらし様に描いて頂いた可愛らしい表紙が目印となっておりますので、お手に取っていただけたら嬉しいです!

先日配信開始となったコミカライズ版、そしてweb版とも合わせて楽しんでいただけるよう、マイペースに頑張りますので今後とも「勇者様の幼馴染~」をよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お師匠が自壊病の原因を知ることにラウラが気を揉んでいるのを、数話にわたって描写されているところ。 ラウラの誠実さがわかって良いです。 お師匠と付き合いが長くて歳上のメルツェーデスさんにお任…
[一言] 好感度上がってるのがありありとわかる
[一言] 過去の感想を見るとアルノルトさんは、もうラウラさんの未来の恋人であると予想している方が多いようですが、私はどうもシスコンのイメージが強いのと、ラウラに対して際立った優しさが無いのでどうもヒー…
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