88:ヒロイン
「それじゃあ、行ってくるねー!」
「アイリス、バジリオさん、気を付けて」
翌日、アイリスは早朝からバジリオさんを連れて薬草を摘みに出かけた。その隙に、私は昨日と同じようにリーンハルトさんたちと自壊病について語らう。
「とにかく気になるのは一点です。どうやってエルヴィーラの体から魔王を引きはがすか」
私はそう切り出した。
エルヴィーラの体の中の魔王をある程度抑える術は既に見つけているのだ。だとすると、次はエルヴィーラの体からどう魔王を追い出すか、という話になってくる。
「今、精霊の飲み水によって魔王は力を失い、結果的に自壊病の症状は出にくい状況になっているんですよね? しかしこのままではエルヴィーラの体の中にずっと魔王がいることになる」
エルヴィーラに寄生したままの魔王をそのまま、エルヴィーラの体内で退治することは不可能だろう。万が一それが可能だったとしても、エルヴィーラの体に大きな負担がかかるに違いない。
自壊病の症状を抑えつつも、エルヴィーラの体から魔王を追い出す術を見つけなくてはならない。
「弱らせてもエルヴィーラの体の中に閉じこもってしまうんだったら、これ以上の精霊の飲み水の投薬は控えた方がいいんでしょうか?」
「それは俺たちも考えたンですけど……スミマセン、敬語、崩してもいいデスカ」
今までぎこちないながらも敬語を話し続けていたリーンハルトさんがとうとう音を上げた。
私の方が年下なのは間違いない上、口調を気にするような性格でもないので、私は躊躇いなく頷いた。そうすればリーンハルトさんはあからさまにほっとした表情を見せ、改めて口を開く。
「俺たちルストゥの民は、魔王に対抗する光の力を持ってンだ。それはラウラセンセの幼馴染・ルカーシュの勇者の力によく似てる」
リーンハルトさんの言葉に脳裏に浮かんだのは、「ラストブレイブ」のヒロインだ。彼女も似たようなことを作中で言っており、実際魔王に乗っ取られた男性に対し光魔法のような力を使っていた。
その力を使おうとしているのだと感付いた。しかしルストゥの民についてそこまで知識がないはずの私から言い出してはおかしいので、大人しくリーンハルトさんの言葉を待つ。
「その力でエルヴィーラから弱った魔王を引き剥がすことができねェか、試したい」
それは試してみる価値のある方法といえた。今のところ、一番有力そうな方法である。
しかしそれを試すには問題が一つ。それはエルヴィーラの過保護な兄だ。
「アルノルトさんの許可が必要になるかと思います」
「だからラウラセンセに最初に声をかけたンだよ」
「……なるほど」
エルヴィーラ治療の障害の一つとしてアルノルトは認識されているようで、私はどうやら橋渡し的存在としても期待されているらしい。あまりに淀みのないリーンハルトさんの答えにがっくりと項垂れつつも、思わず口元には苦笑が浮かんだ。
しかしあの過保護な兄を説得となると、中々骨が折れる作業になるかもしれない。
「分かりました。だったら一緒に王都まで行っていただけますか? 直接リーンハルトさんたちの口から説明されたほうが、アルノルトさんも分かりやすいと思うので」
「あァ」
頭の中でシミュレーションを開始する。
まず初めに前提として、魔王の復活が近いことを伝えなければならない。次にその魔王がエルヴィーラの体に寄生していること。そして寄生している魔王を引きはがすために、ルストゥの民という古代種の力を借りること。――順序だって説明しようにも、あまりにも現実味がない。不審がられることは間違いないだろう。
しかし最愛の妹のためならなりふり構わないアルノルトのことだ。それに彼は堅実な方法を好むが、決して頭が固いわけではない。きちんと説明すれば、理解しようという姿勢は見せてくれるはず。
そう結論付けて、リーンハルトさんに再び問いかけた。
「それで、その光の力は皆さんが使うんですか?」
「俺たちも使えるには使えるけどよォ、より強い力を持つ奴の方がいいだろ」
そこで一旦言葉を切って、リーンハルトさんは“その名”を口にした。
「――ディオナ!」
ディオナ。
女性の名前だ。
リーンハルトさんの呼びかけに反応するように、柱の影から一人の女性が姿を現す。流れるような美しい銀髪を一つ結びにした彼女は、椅子に座った私を琥珀色の瞳で見下ろした。
彼女が、ディオナ。
その容姿的特徴からして古代種だ。ルストゥの民である彼女は随分と大人びた容姿をしているが、私と同年代だと直感的に分かった。
一見冷たさすら感じる整った顔立ちは、しかしはにかむと幼く解けるのだと知っている。”私“は彼女の笑顔を、知っている。
だって、彼女は――
「初めまして、ディオナと申します。よろしくお願い申し上げます、ラウラ様」
礼儀正しい言葉遣いに、警戒したような固い声音。そのどちらにも”私”は覚えがある。
こちらに向けて差し出された右手。私はそれを取ることも、息をすることも忘れて、目の前の少女の顔を唖然と見つめていた。
『初めまして、ディオナと申します。よろしくお願い申し上げます、”勇者様”』
銀髪の少女・ディオナ。彼女こそ――「ラストブレイブ」のヒロインその人だった。
今年一年大変お世話になりました。
来年もよろしくお願い申し上げます!




