84:銀髪の青年と金髪の青年
研修終了後、私はシュヴァリア騎士団の訓練場を訪れていた。明日向かう予定の王都近くの森について尋ねるためだ。
現状を一番知っているのは騎士団のはず――と勇み足で来たのはいいが、よくよく考えると騎士団に顔見知りは二人しかいない。一人は現在フラリア駐屯地にいるであろう、副団長オリヴェルさん。そしてもう一人は、各地を回っているであろう、団長のヴェイク。――つまり、今この中に知り合いは一人もいない。
初対面の相手に、それも訓練中であろう人に声をかけるのは躊躇われた、仕方なしに休憩をとっている様子の団員にそっと近づき声をかけた。
「あの、すみません。ちょっと王都近くの森についてお聞きしたくて……」
「ラウラさん?」
名前を呼ばれてぱっと顔をあげる。偶然にも私が声をかけたのは――現在ヴェイクと一緒に各地を回っているはずの新人魔術師・フロルだったようだ。
思わぬ顔見知りとの再会に、ほっと肩の力が抜ける。
「あ! こんばんは、フロルさん。帰られていたんですね」
「はい。まだ各地全て回りきれたわけではありませんので、一休みといったところですけど」
そう言って笑ったフロルの表情は、“私”の記憶の中の彼よりもずっと穏やかだ。しかしそれは当然だろう。“私”が知るフロルは、魔王にその体を乗っ取られている彼なのだから。
それにしても、てっきり王都にはいないと思っていたフロルがいるということは、もしかして――
「おお、嬢ちゃんじゃねぇか!」
期待していた声が鼓膜を揺らし、私は勢いよく振り返る。そこには屈強な男性――シュヴァリア騎士団長であるヴェイクが立っていた。
「ヴェイクさん! ご無沙汰してます」
「オリヴェルから話は聞いた。元気そうでなによりだ」
フラリアの件を含め、ヴェイクにもオリヴェルさんにも随分と世話になった。しかしながらお互い忙しくしていて顔を合わせる機会がなければ当然お礼を言う機会もなかったので、私は慌てて頭を下げる。
「本当にたくさん、お世話になりました」
ヴェイクは黙って笑顔で頷くだけで何も言わなかった。つくづく包容力の溢れる、大人の男性だと思う。
「それで、こんなむさくるしいところになんの用だ?」
投げかけられた問いに反射的に口を開いたが、はたと思いなおす。
私がこれから状況を尋ねようとしている森は、魔物の王都襲撃事件と強く結びついている場所であり、その事件によってヴェイクは右目を喪ったのだ。彼に森について尋ねるのは些か躊躇われた。
「あー……」
「どうした?」
心配に思ったのか、こちらを覗き込んでくるヴェイクの右目には眼帯が巻かれている。
騎士団長であるヴェイクにこのようなことを思ってしまうこと自体、彼に対する侮辱だろうか。「ラストブレイブ」で彼自身、傷のことを名誉の負傷のように語っていた。
小さく深呼吸をする。そして私は意を決し、出来るだけ自然な口調になるよう――そう思ってしまっている以上、決して自然ではないのだが――問いかけた。
「実は、明日王都近くの森の中に住んでいる方を訪ねる予定で、森で暮らしている方が案内してくださるそうなんですが、今の状況を把握しておきたいと思って。最近、森の魔物たちはどんな様子かご存知ですか?」
私の問いかけにヴェイクは特にこれといった反応を見せず、しかしすらすらと滑らかに答えてくれた。
「襲撃以来見回りを強化してるが、今は姿を見せる魔物は滅多にいねぇよ。一応入口に見張りの兵士はつけてるが、武装している冒険者は特に止めちゃいねぇ。……だったよな?」
確認するようにヴェイクはフロルを見やった。すると彼は笑顔で頷く。
やはり長い間行動を共にしていれば信頼関係が芽生えるのだろう、一瞬のやり取りだったが、ヴェイクとフロルの間に流れる心地よい空気を感じた。
「流石に嬢ちゃん一人じゃ止めるだろうが、男手が一緒にいるなら止められねぇと思うぞ。元々王都が近いこともあって魔物はそんな近寄らねぇ森だし、あのときが異様だっただけだ」
「そうですか……ありがとうございます」
アイリスが言うには兄弟子二人――師匠であるリーンハルトさんと会ったとき、左右に立っていた銀髪の青年と金髪の青年のことだろう――が迎えに来てくれるそうだ。森でずっと暮らしていたと言っていたし、護身用の毒薬は当然作るとして、そこまで警戒せずともよいのだろうか。
「うちから護衛寄こすか?」
「いえ! そこまでお世話になるわけには!」
突然の提案に慌てて首を振れば、ヴェイクは不服そうに眉根に皺を寄せた。ずいぶんと心配してくれているようだ。そのこと自体はとてもありがたいし嬉しいが、これ以上心配をかける前にとっとと退散することにしよう。
「ありがとうございました」と大きく頭を下げて、数歩ヴェイクたちから離れる。
「お忙しいでしょうから、ゆっくり休まれてください。……フロルさんも、お気をつけて」
ヴェイクはどこか不満げに、フロルは優しい笑顔で頷いた。――その優しい笑顔は、数年後魔王の手に落ちてしまうのだろうか。
魔王復活後、どこで、またどのような手で魔王がフロルの体を乗っ取ったかは分からない。分からないだけに、何も対策を立てられないのだ。
帰り際、ちらりと背後を振り返る。そこにはもう、彼ら二人の姿はなかった。
***
――翌日、アイリスに先導されて私たちは王都の城門前で迎えを待っていた。
もしものときのための回復薬と毒薬はもちろん、突然の訪問になってしまったことに対する謝罪とお礼の気持ちを込めた菓子折りも持った。アイリスはそんなものいらないよー、とケラケラ笑っていたが、後輩の父兄――正確には違うかもしれないが、家族のようなものだろう――に会うというのはなかなか緊張する。
「あ、きたきたー! レオン! ジーク!」
アイリスの声に誘われるように目線をあげると、昨晩の想像通り、銀髪の青年と金髪の青年が並び立ってこちらに歩み寄ってくるところだった。背格好もよく似ている彼らは、改めてみるとカラーリングから顔立ちまで、対照的になるように意識して作られたような外見をしていた。
いくらかたれ目な銀髪の青年と、釣り目な金髪の青年。穏やかな笑みを浮かべている銀髪の青年と、眉間に皺をよせ険しい表情の金髪の青年。白を基調とした服を着ている銀髪の青年と、黒を基調とした服を着ている金髪の青年。正反対とまではいかないが、要素が被らないようにデザインされている印象を受けた。
金髪の青年は、アイリスの許に歩みよるなりその頭を乱暴に撫でた。ぐわんぐわんと頭を揺さぶられたアイリスは、「なになにー!?」と声をあげてその手を振り払う。
「ったく、話が急すぎんだよ、テメェは」
「ええー! ラウラたちを呼べっていったのはししょーじゃん!」
「それにしたって昨日の今日はねぇだろ!」
金髪の青年――確か、レオンだったか――とアイリスがぎゃいぎゃいと言い合う姿は本物の兄妹のようだ。いまいちアイリスたちの関係が分からないが、仲がいいのは確かだろう。
しかし突然目の前で繰り広げられたやり取りに、私とバジリオさんが何も反応を示せずにいると、銀髪の青年――確か、ジークだったか――が僅かに眉間に皺を寄せて二人を注意した。
「おい、ラウラさんたちが驚いているだろう。……すみません、騒がしくて」
「い、いえ、わざわざ迎えに来てくださってありがとうございます」
「こちらが無理を言ってきていただくのですから、これぐらい当然のことです」
そう言ってジークさんは口元を緩めた。それから琥珀色の瞳をきゅっと三日月の形に細める。そして、
「師匠は一度、あなたとゆっくり話したがっていましたから、今頃そわそわしていますよ」
歌うように軽やかな口調で言った。
脳裏に浮かんだ赤髪の男性――リーンハルトさん。天才少女アイリスの師匠である彼に、正直言って興味がある。恐らくは優秀な調合師だろう。
そして何より、アイリスたちが共通して持っている“琥珀色”の瞳。「ラストブレイブ」のヒロインと同じ色の瞳。
ただの偶然の一致で、何も関係はないかもしれない。しかしもしかすると、彼らからヒロインへと辿り着けてしまうかもしれない。
調合師としても、ラウラ・アンペールという一人の人間としても、今日という日に何かつかめるのではないか――落ち着かないそわそわとした気持ちで一歩を踏み出した。




