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79:新人たち




「あ……っ」




 カシャン、と手元の容器が嫌な音をたてた。手が滑って容器同士をぶつけてしまったのだ。

 その音を聞いて、アイリスとバジリオさんがすかさず駆け寄ってくる。




「ラウラさん、大丈夫ですか?」


「すみません、大丈夫です」


「全然だいじょぶって顔じゃないよー。ねぇ、バジリオもそう思うよね?」




 アイリスがバジリオさんを振り仰げば、彼は深く頷いた。

 心配そうに顔を覗き込んでくる後輩二人を見て、自分自身を情けなく思う。本来であれば私が気遣う立場であるのに、後輩に心配をかけてしまうなんて先輩失格だ。




「昨日からずっと心ここにあらずと言った様子で……。負担をかけている僕たちが言えた台詞ではないかもしれませんが」




 昨日から。その鋭い指摘にドキっとしつつも、苦しそうに眉根を寄せたバジリオさんに私は慌てて首を振る。




「い、いえ! お二人のせいじゃなくて……個人的な心配事が、ちょっと。すみません」




 そう微笑んでみせたものの、後輩二人の表情から心配の色は消えなかった。

 一昨日の夜遅く、アルノルトが王都を発った。エルフの村で大規模な火事が起きたから、という理由で。それ以上の情報は何も得られていないが、だからこそあれこれと考えを巡らせてしまう。

 エルヴィーラの自壊病によるものか、魔物襲撃によるものか、それともまた別の原因か。

 アルノルトが王都を発ったのを知らされたのが昨日の朝。それからずっとそのことに思考を奪われている。――だが、考えたところで分かるはずもない。それなのに延々と悩んで後輩たちに心配をかけるなんて。

 空気を変えようと意識していつもより高いトーンで二人に呼びかけた。




「そうだ、今日は王都に出てみませんか? 実際に回復薬が市場に並んでいる様子を見るんです。案外、自分たちが作っている回復薬がどういった人たちに必要とされているのか、改めて見ることってなかったりしますから」




 私の言葉にアイリスとバジリオさんは顔を見合わせる。一瞬戸惑いの表情を見せた二人だったが、すぐに大きく頷いた。




 ***





 王都は相変わらずの賑わいを見せていた。

 露店が立ち並ぶ大通りに後輩二人を案内する。そうすればアイリスは目を輝かせ、楽しくて仕方がないといったように声をあげて笑った。




「あははっ! すっごい人!」




 小さな体で人混みの合間を縫うように移動するアイリス。そんな彼女を見失わないよう、バジリオさんと二人で彼女の小さな背中を追う。

 ふと、アイリスはある露店の前で足を止めた。そこは店頭に溢れんばかりの回復薬を置いている店だった。店主は顔に大きな傷を持っている、強面の男性だ。その容姿故に旅人からは怖がられているのか、客足は少なかった。

 アイリスは躊躇うことなくその店先に立つと、興味深げに店に並んでいる回復薬を手に取る。そしてその回復薬と店主の顔を何度か見比べた。




「ねぇ! この回復薬っておじさんが作ったの?」


「……ああ? そんなわけねぇだろ。お嬢ちゃん、俺に調合なんて繊細な作業が出来るように見えるか?」


「あはは、見えなーい」




 じろりと睨みつけられても全く怖がる様子を見せないアイリス。物怖じしない性格というか、人懐っこい性格というか。実際まだ出会って数か月の私やバジリオさんにもすっかり懐いている。

 それに、失礼ながら彼女の師匠だというリーンハルトさんも鋭い目つきをしていたから、強面の男性には慣れているのだろう。アイリスは楽し気に強面の店主と会話を続けている。

 その様子をバジリオさんと二人、少し離れた場所から見守っていた。




「アイリスさんは天性のものを持っていますよね。調合においても、人との接し方においても」


「無邪気な子ですからねぇ」




 あはは、と笑い声をあげるとバジリオさんも目元を緩めた。アイリスを見つめる瞳はとても優しい。

 バジリオさんはふぅ、と小さく息をつくと、声を潜めて話を切り出した。




「実を言うと、研修が始まってすぐはアイリスさんとうまくやっていけるか不安だったんです。でも今は妹みたいに思えてきちゃって。放っておけないというか、なんというか」




 ――妹みたいに思えてきた。

 二人の姿を傍から見ていて感じていたことではあるが、本人の口からそうきけてなんだかほっとする。年齢は離れているが、せっかくの同期なのだ。支え合えるような、もしくは切磋琢磨するような関係になってほしいと願っていた。




「分かるような気がします。アイリスって妹気質ですよね」




 実際かわいがられてきたのだろう。リーンハルトさんと一緒にいるところを見たのも僅かな時間だが、まるで家族のように気安い仲のように見えた。

 ふと隣のバジリオさんを見やる。二人が兄妹のように見えるのはアイリスが妹気質なのもあるが、バジリオさんの板についた“お兄さんっぷり”も要因の一つにように私には思えた。

 もしかしたら彼は、下のきょうだいがいるのではないだろうか。




「そういうバジリオさんは下のごきょうだいがいたりしますか? お兄さんらしさが板についているような気がして……」


「はい。実は弟と妹が一人ずつ」




 バジリオさんは苦笑しながら答えた。

 へぇ、と目を丸くすると、バジリオさんは更に苦笑を深めて言葉を続ける。




「二人とも僕と違ってとてもしっかりしていて、兄貴は頼りないっていつも言われるんです。僕が試験に受かったときは、僕より泣いてましたけど」




 試験合格日、「王属調合師は母の夢だった」と語ったバジリオさんを思い出す。影の差すその横顔からして家族との関係をこっそりと心配していたのだが、きょうだい同士は仲が良さそうで安心した。

 それにしても、穏やかな兄・バジリオさんとしっかりものの妹と弟という図は想像に容易い。




「仲がいいんですね」


「そうですね。大切なきょうだいたちのためにも、僕が頑張らないと」




 ぎゅ、とバジリオさんの眉間に皺が寄った。初めて見る彼の険しい表情に心臓がヒヤッとする。

 頑張らないと。バジリオさんが口にした言葉は己を鼓舞するものというより、己を追い詰めるような響きが含まれているように思えた。

 フラリアで精霊の飲み水を探し空回っていた日々を思い出す。あのときの私を優しくたしなめてくれたルイーザさんの笑みが脳裏に浮かんだ。

 バジリオさんが頑張りすぎる前に、肩の力を抜いてあげるのも先輩としての務めだろう。




「バジリオさんはもう、十分すぎるぐらい頑張ってると思います。だから、頑張りすぎちゃだめですよ」




 思わず数歩、バジリオさんに歩み寄る。彼の眉間から皺はすっかり消えて、丸くなった目で私を見つめていた。




「頑張りすぎて周りが見えなくなって、私、いろんな人に心配をかけてしまったことがあるんです。せっかくこうして出会えたのも何かの縁です、私のこともアイリスのことも、忘れないでくださいね。いざとなったら頼ってください」


「そうだよー!」




 アイリスが背中に突撃してきた。「アイリス!」と咄嗟に名前を呼べば、彼女は歯を見せて笑う。その際、無造作に結ばれたポニーテールが揺れた。

 そういえば、と思い出す。試験当日や合格発表の日は随分と凝った髪型をしていたが、ここ最近のアイリスは軽く結っただけだったり、何もアレンジせずにおろしていることが多い。もしかすると別の誰かにやってもらっていたのだろうか。

 ――などとぼうっと考えていた私の目の前に、かわいらしいピンクの花が差し出された。




「はいラウラ、プレゼント! あそこのお店のお姉さんにもらっちゃった!」


「あ、ありがとう」




 アイリスが指さした先には、小さな花屋があった。店先に立つ可愛らしい女性がこちらに向かって手を振っていたので、感謝の気持ちも込めて軽く会釈をする。

 アイリスは随分とかわいがられ上手だ。差し出された花を受け取りつつ、密かに感心した。




「リーンハルトも言ってた。周りに相談せずに一人で抱え込もうとするやつが一番馬鹿だーって!」


「リーンハルト?」


「あたしのししょー!」




 バジリオさんが首を傾げると、ふふん、と誇らしげに胸を張ってアイリスは答えた。彼女がいるだけで、その場がぱっと明るい雰囲気になる。

 アイリスも落ち着いたようだし、改めて露店を見て回ろうかと歩き出したその瞬間。




「あれ、ラウラ?」




 ――不意に背後から名前を呼ばれた。

 聞きなれた声音に振り返る。するとそこに立っていたのは予想通り、リナ先輩だった。




「リナ先輩、こんにちは」




 挨拶をすれば、先輩もまた笑顔で応えてくれる。思わず駆け寄ると、彼女の背後から見慣れない少女と青年が顔をのぞかせた。

 カラフルなメッシュが目立つ少女と、ツンツン頭の青年。その並びに既視感を覚え――ああ、と思い出す。彼らは間違いなく、今年の見習い試験の合格者、つまりはアイリスとバジリオさんの同期だ。リナ先輩が受け持っている二人ということもあり、合格発表時に顔を合わせて以来、私との接点は全くない。




「センパイ、その子ダレ?」




 派手な装いの少女が興味津々と言った様子で声をかけてきた。ベースの髪色は黒だが、そこに赤、青、緑、黄色――といった複数の色と長さのメッシュをつけている。

 こちらを見下ろしてくる金の瞳に、少女はすらっと身長が高いことに気がついた。




「フランカ、あなたの先輩よ」


「エェッ、ウッソー! カワイー!」




 大きく声をあげるなり、なんとその少女――フランカさんは私に抱き着いてきた。突然の過剰なボディタッチに私はすっかり固まってしまう。




「あっは! 固まっちゃってるし! ますますカワイー!」


「おい、フランカくん! 先輩が困ってるぞ! 離れたまえ!」




 やけに通る青年の大きな声が鼓膜を揺らしたかと思うと、フランカさんの体が私から離れた。どうやらリナ先輩の後ろに立っていたもう一人、ツンツン頭の青年が私からフランカさんを引きはがしたらしい。

 騒がしい二人にリナ先輩は深いため息をつくと、二人と私の間に割って入る。そして、




「ラウラ、こっちがフランカであっちがツィリル。今年の新人で……あなたたちの同期よ」




 リナ先輩は私の背後に立っているアイリスとバジリオさんに目配せしながら言った。

 紹介された少女・フランカさんと青年・ツィリルさんは私たちに向かって笑いかけてくる。二人揃って声が大きいせいで先ほどから街ゆく人々の視線を集めてしまっているが、人好きのする笑顔だった。

 挨拶されたアイリスとバジリオさんが私の前に出たのを見計らって、リナ先輩は二人に手を差し出した。後輩二人とリナ先輩もこうして会話するのは初めてだろう。




「私はリナ・ベーヴェルシュタム。よろしくね」


「アイリス! それでこっちがバジリオ!」




 弾ける笑顔のアイリスと、控えめに微笑むバジリオさん。二人はそのまま、リナ先輩の背後に立つ同期にも挨拶していた。

 ――後輩四人が輪になってなにやら交流をはじめたところで、リナ先輩がぐっと肩を寄せてきた。突然の行動に首を傾げたところ、腕を掴まれて四人から離れた道端へと連れていかれる。

 立ち止まったリナ先輩は、眉間に皺を寄せて問いかけてきた。




「ラウラ、アルノルトの話、聞いた? 一昨日の晩、慌てて飛び出していったって……」




 リナ先輩の口から飛び出た話題にドキリとした。

 ぎこちない動きでどうにか頷く。




「はい。エルフの村が火事にあったとか……。アルノルトさんの故郷ということなんでしょうか」


「私も詳しい話はまだ聞いていなくて……。でもきっと、近いうちにラウラ宛に連絡が来ると思うわよ」




 リナ先輩の言葉に「え?」と首を傾げる。王都宛ではなく、私宛に連絡が来るとはどういう意味だろう。やはりエルヴィーラ絡みなのだろうか。

 リナ先輩にこちらから問いかけようと口を開いた瞬間、



「――エッ、マジで!? ラウラちゃんチョー天才じゃん!」




 フランカさんの甲高い声が鼓膜を揺らした。反射的にそちらへ目線をやると、アイリスとフランカさんが何やら向かい合って話しているようだった。あの二人は気が合うかもしれない。




「フランカくん! 声が大きいぞ!」




 大きな声をあげたフランカさんをたしなめる優等生・ツィリルさん。




「そういうツィリルの方が声おっきいよー!」




 あはは、と無邪気に笑うアイリス。




「ちょっと、皆さん、周りに注目されてますから……!」




 結局は一番苦労する常識人・バジリオさん。

 随分とバラエティ豊かな新人が集まったものだ、とバジリオさんに同情しつつも感心してしまう。




「……本当に今年の新人は元気な子が多いわね」




 苦笑交じりにリナ先輩は呟いた。フランカさんの声をきっかけに、アルノルトの話題がすっかり流れてしまったことに内心ため息をつく。

 しかし、本人がいないところであることないこと憶測で話を膨らませるのもよくないだろう。いずれは連絡が来るに違いない、と結論付けて、リナ先輩の言葉に「そうですね」と頷いた。




「チェルシーが担当してるキーアさんは物静かな子みたいだけど」




 耳慣れない名前に、私は今年の新人の最後の一人を思い出そうと記憶を辿る。確か、眼鏡をかけた大人しそうな女の子がもう一人いたはずだ。

 チェルシーとは今年も同室で度々後輩たちの話をするが、未だ同期が担当する後輩には会えていない。




「そうですね。私たちも後輩たちに後れをとらないよう、しっかり勉強しないと」




 すっかり仲良くなったらしい後輩四人の姿を見つめる。せっかくの同期なのだから、いつか合同で研修の場を設けるのもいいかもしれないな、なんてことをぼんやりと思った。




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