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65:挨拶回り




 王都へと帰る前日、私たちはフラリアでお世話になった人たちに挨拶をして回ることにした。まず始めに挨拶に向かったのは、衣食住全て提供してくださったエミリアーナさんのご両親――ルイーザさんとウバルドさんだ。

 初めてお二人にお会いした日当たりのいい部屋で、別れの挨拶をすることになった。




「短い間ですが、本当にお世話になりました」


「こちらこそ。大したおもてなしも出来ずごめんなさい」


「いえ、そんな! 本当にありがとうございました」




 ふふ、と優しく微笑むルイーザさん。彼女は空回りしていた私をそれとなく、優しく諭してくれた人だ。感謝してもしきれない。

 その横でどこか不機嫌そうに腕を組むウバルドさん。彼は仕事が忙しいのか数度食事の場を一緒にしただけで、こうしてしっかり対面するのは初日ぶりだ。そのため彼が身に纏う剣呑な雰囲気にたじろいでしまったのだが、




「ほら、あなたも。この人ったら、仕事が忙しくてラウラちゃんたちと落ち着いてお話できなかったこと、拗ねてるんです」




 そう笑ってルイーザさんはウバルドさんの肩を指でつついた。そのやり取りを見ると先ほどまで怖かったウバルドさんが途端にかわいく見えてくる。一方で拗ねている、と子供の様な表現をされたウバルドさんは気まずそうに視線をいくらか下げて口を開いた。




「またいつでも遊びに来るといい。そのときはぜひ、食事を一緒に。君たちの話を聞かせてくれ」


「はい、ぜひ。そのときはエミリアーナさんも一緒に」




 脳裏に浮かんだ友人の姿。ぜひとも次は彼女も交えてゆっくりと話したい。

 私の口から出てきた娘の名前に、途端に目の前の二人が親の表情になる。優しく、愛に満ちた表情だ。見るだけでエミリアーナさんがどれだけ大切に、愛されて育ったのかが手に取るように分かる。

 母が娘に向ける表情そのまま、ルイーザさんは私に声をかけてきた。




「頑張るのも素敵ですけれど、それ以上に、体を大切にしてくださいね」


「……はい」




 痛いところを突かれたようで、私は一瞬言葉に詰まる。けれど確かに頷けば、ルイーザさんはよろしい、と言わんばかりに深く頷いた。

 彼女の言う通りだ。コンディションが良くなければ能力を発揮しきれないし、ミスも生まれる。頑張りすぎることは良いことではない。

 そう改めて心に刻み付けていると、




「ルカーシュくん、あなたもですよ。二人揃って倒れないように!」




 今回無茶をしたわけでもないルカーシュに同じ言葉が飛んできて、私は思わず幼馴染を見やる。すると彼もまた、驚いたように目を丸くしていた。

 ――似たもの同士だと見抜かれているのかもしれない。

 顔を見合わせて、思わず苦笑する。それから二人で大きく「はい」と返事をした。




 ***




 次に訪れたのはフラリア支部だ。正直気が進まないところはあったが、ここへの挨拶を蔑ろにする訳にはいかないだろう。人手が足りない忙しい時期に、それなりの期間、調合室一室を丸々貸し出してくれたのだ。随分とお世話になった。

 引率者として私一人で支部長室を訪れ、挨拶をする。




「長期に渡るご支援、ありがとうございました」


「いえいえ。大したお構いも出来ず、申し訳ない」




 にこやかな笑顔でひょうひょうと口にする支部長。その笑顔の裏が気になるところだが、踏み込んでいいことは何もないだろう。表面上でも、友好な関係を築ければそれが一番いい。




「今回の研修の報告書は近々提出します。興味深い調合素材を見つけましたので」


「それは何よりでございます。無理を通した甲斐がありましたな、天才殿」




 天才殿。その言葉には間違いなく、ぐつぐつと煮えたぎるような悪意が込められていた。

 今回は私の我儘で沢山の人を振り回してしまった。周りの人々が優しいからそれを咎められなかっただけで、支部長やフラリア支部の調合師たちの反応が普通なのだ。

 ぐっと顎を引いて、それから笑みを浮かべた。

 フラリア支部の支援が欠けていては、精霊の飲み水は手に入らなかったかもしれない。崖から落ちた際、この支部で調合した回復薬のおかげで応急処置が出来たのだ。




「ええ、おかげ様で。皆さんも、お世話になりました」




 振り返って、入口近くに控えていたフラリア支部の調合師たちに頭を下げる。返事はなかった。彼らは皆一様に俯き、こちらを見ようともしなかった。

 もう一度支部長に頭を下げ、退室する。もっと時間があれば街の調合師たちとも交友を深めたかった、と閉じていく扉を見ながらぼんやりと思った。




 ***




 次にルカーシュを連れだって訪れたのは、シュヴァリア騎士団フラリア駐屯地だ。扉を叩けば驚くべきことに、この駐屯地の隊長であるはずのオリヴェルさんが出迎えてくれた。




「オリヴェルさん、こんにちは」


「ああ、ラウラちゃんとルカーシュくん。こんにちは」


「オレもいるであります!」




 ひょこ、とオリヴェルさんの背後から顔をのぞかせるシャルルくん。彼にも随分とお世話になった。軽く膝を曲げて挨拶をすると、シャルルくんはニカッと歯を見せて笑ってくれる。

 時間的にお昼休みか、もしくは訓練中だろう。長居するべきではない、と入口で挨拶すべく口を開いた。




「明日、王都に戻ります。本当にお世話になりました。落ち着いたらまた改めてお礼をさせてください」




 深く頭を下げれば、ふ、とオリヴェルさんが笑った気配がした。私が顔を上げると隣のルカーシュは未だ頭を下げていて、そんな幼馴染をオリヴェルさんが優しく見つめていた。まるで弟を見る兄のような目だ。

 オリヴェルさんがルカーシュの肩を叩く。そうしてようやく顔をあげた幼馴染に、オリヴェルさんは穏やかながらもしっかりとした意思を感じる声音で言った。




「ルカーシュくん。君には力があります。それを支えるのは大切な人を守りたいという、君の無垢な想いだ。いつまでもその心を忘れないでくださいね」


「……はい!」




 幼馴染は大きく、力強く頷いた。その表情はとても嬉しそうで、目の前のオリヴェルさんを心から尊敬している、とその目が語っている。短い間ながら稽古をつけてもらっていたようだが、その間に随分と絆を深めたらしい。

 二人の様子を微笑ましく見守っていたのだが、不意にオリヴェルさんの横顔に陰が落ちた。どうしたのかと様子を窺っていると、私の視線を感じたのか赤の瞳がこちらを向き、視線が絡む。かと思うと落ちていた陰はあっという間に穏やかな笑顔の裏に隠され、オリヴェルさんはその表情のままシャルルくんを振り返った。




「シャルル、ルカーシュくんに用意していたものを……」


「はい! ルカーシュさん、こっちであります! オレたちからの贈り物があるんですよ!」




 シャルルくんはルカーシュくんの手を引き、駐屯地の中へと入っていく。その後に続いていいものかと悩んでいたところに、オリヴェルさんから声がかかった。




「――エルヴィーラちゃんのこと、頼みます」




 エルヴィーラ。その名前に心臓が跳ねる。

 思わずオリヴェルさんを見やれば、彼はかんばせから笑みを消してこちらを見つめていた。その赤に射抜かれて、背筋が思わず伸びる。




「彼女のことは幼い頃から知っています。彼女の苦しみも、兄であるアルノルトの苦しみも。情けないことに、僕では彼らを救うことはできなかった。けれどあなたなら、あるいは……」




 私を見つめているはずなのに、オリヴェルさんの瞳はどこか遠くを見ているようで。初めて見る表情だった。




「僕にできることであなたの助けになるのなら、いつでも声をかけてください。きっとお役に立ちます」


「ありがとうございます。……出来る限りを尽くします」




 辛うじて絞り出せた言葉だった。

 精霊の飲み水が救いとなるのか正直分からない。万が一精霊の飲み水を以てしてでも特効薬の生成が難しいとなれば、再び一から方法を探さなくてはならない――

 どのような結果になるにせよ、私は出来る限りを尽くすだけだ。

 決意を込めてオリヴェルさんを見つめ返し、ぐっと拳を握りしめたその瞬間、駐屯地からルカーシュが出てきた。その手には立派な鞘におさめられた剣が握られている。




「ラウラ、見て! シャルルくんから剣をもらったんだ!」


「正確にはオリヴェル隊長から、であります!」




 そう言ってルカーシュは剣をこちらに示して見せた。その隣で、なぜかシャルルくんが誇らしげに胸を張っている。

 オリヴェルさんは私の傍を離れると、ルカーシュのもとへ近づく。そして幼馴染が手にしている剣の鞘にそっと触れた。




「僕が以前使っていたものです。今のルカーシュくんには少々重いかもしれませんが、きっと君なら使いこなせるはずです」




 その言葉にルカーシュの顔から笑顔が消え、真剣な眼差しになる。そして彼は自分の手の内にある剣をじっと見下ろしつつ口を開いた。




「ありがとうございます、オリヴェルさん」




 静かに燃えるルカーシュの瞳を見て、一人思う。彼の大切な人を守りたいという想いに、オリヴェルさんは誰よりも寄り添ってくれたのかもしれない、と。私はどうしても姉のような目線でルカーシュに接してしまうから、無茶はしないで欲しいと思ってしまうが、オリヴェルさんは幼馴染の「男としての意地」のような感情を理解し、尊重してくれたのではないだろうか。だからルカーシュも短期間でここまで心を開き、尊敬の眼差しを向けていた――

 理由はともかく、ルカーシュとオリヴェルさんの間に他には代えがたい絆が生まれたのは確かだ。我儘で二人を振り回した私が言えたことではないかもしれないが、ルカーシュにとってオリヴェルさんとの出会いは今後大きな財産になるのではないかと思った。




 ***




 その日の夜、王都への帰り支度を整えていたところ、不意にルカーシュが口を開いた。




「沢山の人に支えられてるんだね。ラウラも、僕も」


「……うん、そうだね」




 脳裏に浮かぶ沢山の顔。今回の遠征研修は私一人では絶対に成しえなかった。




「支えてもらった分、頑張らないとね」


「倒れないようにね」




 冗談めかした口調で――決して冗談のつもりで言ったのではないが――言えば、ルカーシュはあはは、と珍しく声を上げて笑った。

 その笑顔を見て改めて思う。ルカーシュがついてきてくれてよかった、と。知らず知らずのうちに、彼に支えられて救われた部分があったはずだ。




「ついてきてくれてありがとう、ルカーシュ」




 体ごと向き合って改めて言う。すると両手を優しく包み込むように握られた。その温もりは慣れ親しんだものだが、なぜだか今夜は触れた手のひらから全身に染み渡っていくように感じた。

 改めてルカーシュを見やる。すると彼はとても嬉しそうに笑っていた。




「僕を頼ってくれてありがとう、ラウラ。正直大変だったけど、沢山のことを知れたよ。世界が広がったみたいだ」




 世界が広がった。その単語に、“ラウラ”の心臓が大きく鼓動を刻んだ。

 その言葉はおそらく、「ラストブレイブ」のラウラ・アンペールが何よりも恐れた言葉だったはずだ。けれど――




「エメの村は小さいね」


「でも大切な故郷でしょう?」


「うん、僕らの帰る場所だ。だから帰ろう、また一緒に」




 脳裏に浮かんだのは、小さな村で一人幼馴染の帰りを待つラウラ・アンペールの姿。彼女が今のルカーシュの言葉を聞いたらどう思うだろう。次第に村に帰ってこなくなった幼馴染を、それでもただ待ち続けた彼女は――

 “私”は「ラストブレイブ」のラウラ・アンペールではないから、その答えは分からない。けれどただただ、今のルカーシュがエメの村を“帰る場所”と表現した事実が嬉しくて。




「……うん、帰ろう。一緒に」




 そう返事をすれば、ルカーシュは笑みを深めた。

 心地よい沈黙が落ちる。ふと彼の背後を見やれば、すっかり帰り支度を終えていることに気が付いた。

 明日も早い。支度が終わったのなら、早めに眠りについた方がいいだろう。そう思い、「もう寝よっか」と声をかければルカーシュは頷いた。

 どちらからともなく手を離し、二人別々にベッドへと潜り込む。そして。




「おやすみ、ラウラ」


「おやすみ、ルカーシュ」




 ――こうして初めての遠征研修は無事終了した。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] オリヴェルはエルヴィーラのことを幼い頃から知ってたのか… そうなると、やはり、初対面時にラウラを『アルノルトの妹』だと思って声を掛けてきたのは解せないな。
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