57:思わぬ再会
――翌日。
早速私たち四人は噂のご老人の家を訪ねた。
扉を叩き、出てきた人の好さそうなおばあさんに「トビアさんという方を探している」と告げれば、部屋の奥から声があがる。
「私がトビア・フレーリヒだ!」
ふんぞり返って豪快に笑ったのは、想像よりもずっと元気なおじいちゃんだった。よく日に焼けた肌に、白髪ながらもボリューミーな髪型がその印象をより強くしているように思える。
「エミリアーナさんから、あなたが昔、患っていた難病を湧き水によって治したとお聞きしたのですが……」
「おお、エミリアーナ嬢からの紹介か! その通り、俺は湧き水によって難病を治し、今もこうして健康そのものだ!」
そう笑って力こぶを作ってみせるトビアさん。あまりの元気の良さに気圧されてしまうが、その元気さが「精霊の飲み水」の存在を証明してくれているようにも思えて。
僅かに期待に胸が膨らむのを感じつつ、私は再び口を開いた。
「その湧き水について詳しく教えていただけませんか?」
「あぁ、もちろん! あれは俺が医者に余命を告げられてから、数ヶ月経った頃のことだ。一頻り絶望した俺は、残りの人生をせめて有意義に使おうと思ったのだ。そして残りの人生でやりたいことを書き出したんだが――」
思いのほか深刻な切り出しから始まったトビアさんの話は、まるで一本の大作小説のようだった。――早い話が、とてもボリューミーで長かった。昼前に家を訪ねたのに、話を全て聞き終えた頃には窓の向こうに見える空が暗くなっていたぐらいだ。
エミリアーナさん宅に戻ってきた頃には私たちは全員げっそりとしていて、それでもなんとかトビア少年の大冒険を必要部分だけ掻い摘んで要約し、情報を明確化しようと試みた。彼曰く――
将来冒険者になりたかったトビア少年は、余命を宣告されてから、せめてもの気分を味わいたいとフラリアの北にある森を捜索することにした。そう奥まで進まなければ強い魔物が出てくることはないと聞いていた彼だったが、運悪く入り口付近で外見から凶悪そうな魔物と遭遇してしまう。
どうにかこうにか魔物は撒けたが、その結果森の奥へと迷い込んだトビア少年。彷徨っても彷徨っても出口は見つからず、腹が減れば喉も乾く。余命よりも早く命尽きるのかと諦めかけた彼の鼓膜を揺らしたのは水音だった。
水音に導かれるまま歩みを進めれば、湧き水を見つけた。湧き水にありつけば途端に体に力が湧いてきた。それだけでなく、輝く糸のようなものが突然視界に現れたらしい。それはまるでトビア少年を導くかのように地面の上を続いていて、辿っていったところ無事森を抜けることができた――
「なんとも不思議というか……はっきり言えば、信じ難い話だったわね」
「夢を見てたって言われた方が納得しちゃいますね」
一通り情報を整理し終えたところで、リナ先輩が呟く。それにチェルシーも頷いて同意を示した。二人とも難しい顔をしている。
続けて口を開いたのはルカーシュだ。
「精霊の飲み水の場所も、彷徨ってたらたどり着いた、だから見当もつかないね……」
その言葉に誰もが口を噤んだ。重い沈黙が私たちの間に流れる。
正直、精霊の飲み水について得られた新たな情報は皆無だった。トビアさんのお話は興味深かったが、噂や都市伝説といった域を出ないものだ。彼が過去、余命を宣告された身でありながら現在も生きているのだから多少は信ぴょう性が増しているが、それでも全ての情報がふわふわしている。
湧き水の場所の特定とまではいかずとも、多少なりとも具体的な情報を期待していたのだが――
早速暗雲が立ち込めた遠征研修だが、不安を振り払うように私は努めて明るい声で提案した。
「明日、とりあえず森の様子を見てみようか。でもその前に、護衛を頼めないかシュヴァリア騎士団の方に声をかけよう」
私の提案に頷く三人。正直現段階では、実際に森に行って確かめることぐらいしかできそうにない。
明日の予定を決めて解散した。といってもリナ先輩とチェルシーが隣の部屋に戻るだけだ。同室のルカーシュはどこか難しい顔をしつつも、寝支度を整えている。
トビアさんの話を信じるならば、精霊の飲み水は存在するがそれと同時に凶悪な魔物も森に巣くっていることになる。だとすると、ルカーシュ一人に私たち三人の護衛を頼むのは危険すぎるだろう。
森の様子を見てみよう、と提案したが、とりあえずは入口近くの様子を窺うだけにして森の内部には足を踏み入れないつもりだ。本格的に探索するのならば、毒薬等の準備もきちんと整えてからにしたい。
そして何より、明日はフラリアに駐在中のシュヴァリア騎士団の力を借りられるよう頼み込まなければ。
フラリア支部長の冷たい視線を思い出す。いくら騎士団長のヴェイクが口添えをしてくれているとはいえ、忙しい時期に、と門前払いを食らう可能性もゼロではない。
「――ラウラ、顔強張ってるけど、どうかした?」
不意にルカーシュに顔を覗き込まれた。彼は心配そうに眉根を寄せて、じっとこちらを見つめてきている。
この優しい幼馴染が背負ってくれる負担を、少しでも減らせるように。
そう決意を固め、私は「なんでもないよ」と笑った。するとルカーシュは何か言いたげに下唇を噛んだが、長年の付き合い故か、これ以上踏み込んでも答えてくれそうにないと判断したらしい。「溜め込む前に言ってよ」とどこか呆れたように笑った。
***
シュヴァリア騎士団・フラリア駐屯地。そう書かれた看板を横目に扉の横のベルを鳴らした。するとすぐさま扉は開かれる。そうして中から現れたのは、小柄な男の子だった。
短く切りそろえられた紫の髪に、強い光をたたえた金の瞳。背丈からしても、そして幼い顔立ちからしても、私と同い年、もしくは年下だろう。まさかそんな子供が出てくるとは思ってもおらず、私は驚きに固まってしまう。すると、
「その服は王属調合師の……ややっ、もしかして、ラウラ・アンペール殿でありますか!?」
特徴的な口調で問いかけられた。
幼い顔に似合わない言葉遣いに再び面食らってしまうが、なんとか頷いて反応する。
「は、はい。そうです。遠征研修でこちらに来ていて……ヴェイク騎士団長から、お話が行っていると思うんですが……」
絞り出すようにそういえば、少年はニッと白い歯を見せて笑った。おまけにふふん、と胸を張っている。
「聞いているであります! 隊長を呼んできますね!」
ピシッと私たちに一度敬礼してから、彼は建物の中へと引っ込んだ。それにしても彼はシュヴァリア騎士団の一員なのだろうか。
すっかり外に放置された私たちが顔を見合わせていること十数秒。扉の向こうで何やら物音がしたかと思うと、再び扉が開かれた。そして顔をのぞかせたのは紫髪の少年――ではなく、予想もしていなかった人物だった。
「お待ちしていました、ラウラちゃん。それに、皆さん」
淡い緑の髪に、細められた赤の瞳。そして尖った耳。柔らかな口調でそう言ったのは間違えようもない、シュヴァリア騎士団副団長のオリヴェル・ブルームその人だった。
思わぬ人物の登場に私の思考は一度完全に停止する。ぼうっとしたまま目の前の男性の姿を下から上までゆっくりと眺めて、彼は間違いなくオリヴェル・ブルームだと再認識したところでようやく声が出た。
「オ、オリヴェルさん……!?」
どうしてここに。
そう小さく問いかけた私にオリヴェルさんは答えることなくにっこりと微笑んで、「さぁ、どうぞ」と扉を大きく開けて私たちを招き入れた。
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