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55:遠征研修




 ヴェイクとフロルに挨拶してから数日。

 「ラストブレイブ」で魔王に体を乗っ取られてしまったNPCと思わぬ対面を迎えてしまったが、正直ここ数日は調合に追われ、エメの村にヴェイクたちの紹介の手紙を出すので精一杯だった。個人用の調合室を与えられているばかりに、集中し過ぎて定刻の鐘の音を聞き逃し、気が付けばあたりはすっかり真っ暗――ということの繰り返しで。

 気づけば、ヴェイクたちが王都を発つ当日を迎えてしまっていた。




(……何か対策を練るっていっても、何もできないし……)




 胸のうちに巣食う不安は考えれば考えるほど大きくなる。しかしその一方で、今回の件について私に何もできることなどないだろう、という諦めにも似た感情が湧いてきていた。

 出来ることと言えば、ルカーシュにそれとなく警戒を促すことか。けれど「ラストブレイブ」通りの展開を望む私からすれば、何もせずに静観する、というのが最善の道と言えるかもしれない。

 思い出す。「ラストブレイブ」のフロル・ヴィルノルフはどういった展開で魔王に体を乗っ取られてしまったのか。

 魔王復活を阻止できず絶望に暮れていた勇者一行は、それでも出来る限りのことをしようと街を渡り歩いては魔物の襲撃から人々を守っていた。その最中、ある町で出会った魔術師の青年。それがフロルだ。彼も勇者一行と似たような理由で旅をする優秀な魔術師だったが、出会ったときにはもう、その精神を魔王に乗っ取られていて――

 ああ、と頭を抱えた。その後数度のイベント戦を経てフロルの体から魔王は出ていくが、そもそも彼が魔王にどこでどのように体を乗っ取られたのかは作中で語られていない。フロルの無事を確かめた後、時間が惜しいと彼が目を覚ます前に勇者たちは町を後にしてしまうのだ。その後話を聞こうにも、フロルは「覚えていません……」と答えるのだが。




(――……って、考え事してたらもうこんな時間。見送りにいかないと)




 私は素早く朝支度を終え、ヴェイクに託す予定の手紙を忘れずに手に取った。既にエメの村に向けてヴェイクたちに関する手紙を出してはいるが、念のための紹介文のようなものだ。

 ふと隣を見やれば、チェルシーが同じく支度を終えていた。どうやら彼女もヴェイクたちの見送りに向かうらしい。というのも、




「ヴェイクさんたち、リッチェルの村にも行ってくれるんだよね?」


「そうなの!」




 頷いたチェルシーの表情は明るい。どうやら話を聞くに、ヴェイクとフロルはチェルシーの故郷であるリッチェルの村にも寄り、結界魔法の強化を行ってくれるらしかった。

 リッチェルの村は未だ魔物からの襲撃はないという。しかし明日もそうであるという確証はない。安心したように微笑むチェルシーに、私もまた安堵の笑みをこぼした。

 二人で城門へと向かう。着けば、既にヴェイクとフロルは用意された馬車に乗り込もうとしているところだった。私は慌てて二人に近づき、手に持っていた手紙を手渡す。




「おお、嬢ちゃん」


「ヴェイクさん、フロルさん、これ。もうエメの村にお二人のことについて手紙は出したんですが、如何せん片田舎なので……。念のためのお二人を紹介する手紙です、持って行ってください」




 そう言えばヴェイクは優しく微笑んだ。同じく彼の斜め後ろ、フロルもゆるく微笑んでいる。

 淡い紫の瞳と目線が絡んだ。するとフロルは既に細められた目を更に細めて、




「行ってきます。オレたちに任せておいてください」




 なんとも頼りがいのある言葉を残して馬車に乗り込んでいった。

 行ってらっしゃい、お願いします、どうかご無事で。そう願いを込めて遠ざかっていく馬車に頭を下げる。すっかり馬車の姿が見えなくなった後も、私とチェルシーはしばらくその場に立って馬車が消えていった道の先を見つめていた。




 ***




 ルカーシュからの手紙が届いたのは、ヴェイクたちを見送ってから10日程経った頃だろうか。手元に届いたそれを、おそらくは無事に結界魔法の強化が終了されたことの報告だろう、と軽い気持ちで開封した。

 開けた手紙には想像通り、無事結界魔法の強化が終わったこと、だから安心してほしいとの旨が書かれていた。どうやらヴェイクに剣の稽古もつけてもらったらしく、手ごたえを感じているようだ。文字から伝わる幼馴染の興奮に、私はこっそりと口元を緩めた。

 ――しかし最後に綴られた数行に目が留まる。




 ヴェイクさんが一度王都に寄ると言っているんだ。彼らは王都に寄って食料等の支度を整えなおしたらまたすぐに旅立つようだけど、王都まで一緒に行かないかと誘ってくれた。

 その言葉に甘えて、僕は明日エメの村を発つよ。前に相談してくれたフラリアという街への同行の約束、果たせそうだ。




 ――まさか結界魔法が強化されるなりこうも早く行動を起こしてくれるとは、正直言って予想外だった。

 おそらく、結界魔法の方はきちんと作用しているのだろう。ヴェイクとフロルがついてくれているのだ、そこに不安はない。ともなればルカーシュの勇者の力に頼る必要はなくなり、彼も多少は自由になる。だから少しでも早く私の願いをかなえようと、ヴェイクについて王都へ来てくれようとしているのだと想像できるが――正直に言って、少しばかり早すぎる。

 私は足元の木箱を見やった。そこには先ほどから繰り返し調合している回復薬が詰め込まれている。

 二つの街の襲撃に対する回復薬の調合は、ようやく終わりが見えてきたところだ。それに仮にこの案件が一段落したからといって、フラリアに行ける訳でもない。フラリアに行き、精霊の飲み水について調べるにはそれなりの日数が必要となるだろう。即ちそれなりの日数の休暇を頂かなくてはいけない。けれどつい最近10日の突発的な休暇をもらった身としては、なかなか言い出せるような話でもなく――




(すぐに予定は空けられないからなぁ……)



 しかしうかうかしている暇もない。ここは思い切ってアルノルトに相談するべきか。もしくはカスペルさんに直談判するか。

 精霊の飲み水がもし本当に存在しているならば、の話だが、その存在は調合師界隈にも大きな衝撃を与えることだろう。調合の幅だってぐんと広がるはずだ。実際に飲んで難病が治ったと証言する老人がいるのだから、街に伝わる真偽不明の伝承にしてはいくらか信ぴょう性がある。

 どうにかこうにか丸め込めないかと私は数度深呼吸をして、善は急げとばかりにカスペルさんの調合室へと足を運んだ。一瞬扉の前で躊躇ったが、ここで怖気づいては情けないと勢いつけて目の前の扉をノックする。




「どなたっすかー?」


「急にすみません、ラウラです」


「……ラウラちゃん? 鍵は開いてるから入ってもらって構わないっすよ」




 訝しげな響きを声音に含みつつも、カスペルさんは突然の訪問にも関わらず部屋に招き入れてくれる。ぐっと顎を引いて背筋を伸ばし、私は扉を開けた。

 突然の訪問にわずかに目を丸くしつつも、「どうしたんすか?」と優しく微笑むカスペルさん。その目元に隈は見当たらなかった。最近ではすっかり隈を付けているカスペルさんに見慣れていたが、ここ数日は比較的ゆっくり休めているのだろうか。そうだったらいいのだが。

 私は「実はご相談がありまして」と前置きをおいてから口を開いた。




「……誠に勝手ながら、遠征研修の許可を頂きたくて。あの、今すぐじゃなくていいんです。きちんと然るべき手順は踏みますし、無理だったら諦めます。フラリアへ研修に行きたいんです。目的は精霊の飲み水という、新しい調合素材の発見です」




 駄目だと切り捨てられるのが怖くて、早口で捲し立てる。体の横にぴったりと揃えてくっつけた手で、いつの間にか制服の裾を握りしめていた。

 カスペルさんが不意に「ああ」と声をあげた。その声は思ったよりずっと明るく、私は少しだけ強張っていた体から力を抜いて、ゆっくりと視線を上げる。すると、




「アルノルトから話は聞いてるっす。遠征研修ってことですぐにでも行ってもらって構わないっすよ。あ、ただ一応この書類に最低限の必要事項は記入してください」




 ――拍子抜けするほどあっさりと許可がおりた。

 どうやらアルノルトに先手を打たれていたらしい。いや、打ってくれていた、と表現するべきか。私の思考や行動は全てアルノルトに筒抜けになっているようだ。

 カスペルさんが差し出してきた紙を受け取る。見れば、そこには「遠征届」と書かれていた。行先、目的、引率者、同行者の欄がある、とてもシンプルなものだ。




「あ、ただ一つ条件として。リナさんとチェルシーちゃんも同行させて欲しいっす。あくまでも研修っすから」




 カスペルさんの言葉に私は一瞬目を丸くしたが、すぐに大きく頷いた。

 リナ先輩とチェルシー、二人と一緒に研修という名目でフラリアに行けるなんて願ってもない話だ。彼女たちの知識も技術も信頼しているから心強いことこの上ないし、不真面目ながらも観光も楽しめそうだ。ただこうなるとエミリアーナさんが来られないことが悔やまれる。




「ちなみに分かってると思うっすけど、引率はラウラちゃんっすよ」




 話も通ったことだし、と上機嫌のままカスペルさんの部屋から退室しようとしていた私を引き留めたのは、いつも通りの上司の声。しかし私は彼の言っている意味が分からず、振り返り首を傾げた。するとカスペルさんは「だって、そうでしょう」と苦笑を滲ませる。そして、




「王属調合師見習い二名と、王属調合師助手一名での研修っすから。ラウラちゃんが一番立場上っすよ。お二人の指導、よろしくお願いします」




 そう続けられたカスペルさんの言葉に、私はすっかり固まってしまった。




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