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25:憐れな“幼馴染”




 ‬その日、王都へと帰る私を見送りに、エメの村の人々が集まってくれた。

 ‬ゆっくり出来たのは1日と少しだけだったが、それでもこうして帰省できてよかった。手紙ではなく、こうして実際に顔を見られて私も安心したし、何より両親を安心させてあげられたはずだ。




「ペトラ、ラドミラ、ユーリア、またね! ‬手紙書くから」




 ‬エメの村3人娘に笑顔で別れの言葉をかける。すると3人を代表するように、ユーリアが一歩前に出て答えた。




「楽しみにしてるわ。頑張ってね、ラウラ」




 ‬笑顔と軽い握手を交わす。

 ‬――と、ペトラが横からこっそり手紙を差し出して来た。なんだろう、としげしげと見つめてしまった私に、ペトラはそれを押しつけるようにして持たせる。




「あの、ラウラ、これ……1人になったら読んで」


「え、あ、うん。ありがとう」




 ‬わざわざ手紙にして、その上1人になったら読んでと念を押して来たということは、他の人には知られたくない“何か”が書かれているのだろう。ペトラの言葉に、手紙を胸の前でぎゅっと握りしめた。

 ‬三人娘に再び笑いかけ、くるりと体の向きを変える。そこにはわざわざ見送りに来てくれていた、お師匠の姿があった。




「お師匠、また帰ってきます。お師匠も遊びに来てくださいね、歓迎します」


「おぉ、まぁ、そのうちなぁ」




 ‬何やら煮え切らない返事だ。

 ‬お師匠も昔は名高い王属調合師だったのだから、王城には馴染みの顔がいるのではないだろうか。それこそ弟子の1人や2人、いてもおかしくない。

 ‬しかしどうも気乗りしないような空気を感じ取り、首を傾げていた私に、お師匠は分厚い一冊の本を差し出した。反射的に受け取ったそれは、とても片手では持てない重さだ。




「これを渡そうと持ってきたんじゃ」


「なんですか、これ?」




 ‬少しばかり薄汚れていた表紙を軽くはたく。

 ‬表紙には世界の伝承・伝説、というタイトルだけが記されていた。




「この本には世界各地に古から伝わる伝承や伝説が記述されておる。暇つぶしに良いと思って持っておったんじゃが……役に立つやもしれん。そのほとんどは実在しておらんじゃろうがな」




 ‬お師匠の言葉に、私は目を丸くして本を開いた。するととても細かい文字が紙面に敷き詰められているのが目に入る。

 ‬読むのに苦労しそうだが、それ以上に大量の情報が記載されていそうだ。

 ‬きっと私が自壊病について尋ねた後、お師匠はこれを探してくれたのだろう。埃を被っていた表紙を見るに、本棚の奥から発掘してくれたものかもしれない。

 ‬私はぎゅっと胸元にその本を抱きしめた。とても良いお師匠を持った幸福者だ、私は。

 ‬お師匠がエメの村の近くに住居を構えていなかったら、突然訪ねてきた小娘を弟子として受け入れてくれなかったら――今の私はいない。

 ‬お師匠にも今度改めてお礼しなければ、と思う。親孝行ならぬお師匠孝行だ。


 ‬ひっそりと感動を噛み締めていた私に、ルカーシュが近寄ってきた。寂しさを隠そうともしない表情だった。




「ラウラ」


「ルカ。またすぐに帰ってくるね」


「楽しみにしてる。……気をつけてね」




 ‬そう言ってルカーシュは私に何かを差し出してきた。その何か、の正体にはすぐに気がついたのだが――あまりに予想外のものを差し出されたものだから、私は固まってしまう。




「これ、武器屋のおじさんがラウラにって。こんな短剣じゃ、気休めにしかならないけど」




 ‬それは短剣だった。村の武器屋で売っている、銅の短剣だ。

 ‬序盤の武器だけあって、「ラストブレイブ」の銅の短剣の攻撃力はかなり低かった覚えがある。護身用として持っていても、使い主が力のない私であるからスライム一匹倒せないかもしれない。

 ‬ルカーシュが言う通り、ただの気休めでしかなかった。けれど――




「……ううん、ありがとう」




 ‬重く手のひらにのしかかるそれは、すぐ近くまで来ている厄災の証のようで。自然と気が引き締まるようだった。

 ‬受け取って、胸元に抱く。

 ‬手紙に、本に、短剣。随分と荷物が増えてしまった。それに手紙以外の2つはそれなりに重い。




「お父さん、お母さん、また」




 ‬最後に両親に向き直る。

 ‬彼らは私を複雑そうな表情で見つめていた。笑えていない。ただただ、娘の身を案じているような表情だ。

 ‬引き止められないだけ、ありがたいと思う。両親は心配に思いながらも、娘である私の意思を尊重してくれている。だからこそ、その想いに報いるべきなのだとは分かっているのだが――私は行かなくてはいけないのだ。

 ‬最後に抱擁を交わして、後ろ髪を引かれるような思いを断ち切るように、馬車に急いで乗り込んだ。これを逃せば、今日一日エメの村から出る馬車はない。

 ‬馬車が動き出してから最後にもう一度、振り返る。




「またすぐ帰ってくるねー!」




 ‬大きく手を振る私に応えてくれるエメの村の人々。その姿が米粒大の小ささになるまで手を振って、別れを惜しんだ。


 ‬すっかりエメの村から遠ざかり、彼らの姿も見えなくなる。これからまた長い馬車旅の始まりだ。そう思うだけで、はぁ、とため息が口から溢れた。

 ‬馬車に揺られながら、そういえば、とペトラからもらった手紙を開く。それはとてもシンプルなものだった。

 ‬――なんと、本文は三行あまり。




『突然こんなことを言い出す私を、どうか許してください』




 ‬一文目は、前置き。

 ‬そして二文目は――




『私はルカーシュが好きです』




 ‬思ってもみなかった、本題だった。

 ‬その文字を目が捉えた瞬間、私の頭は真っ白になる。

 ‬――ペトラが、ルカーシュのことを、好き?

 ‬私は“私”の記憶を必死に思い起こした。

 ‬そんな設定、あっただろうか。ペトラはモブ村人の1人だったが、ルカーシュのことを好いているような描写はなかった――そもそもペトラ自身の描写がほぼなかった――はずだ。それどころか、“勇者様の幼馴染”の恋を応援するような台詞を――




「勇者様の……幼馴染?」




 ‬そこではたと思い至る。

 ‬幼馴染。

 ‬その言葉が指す人物に明確な線引きはない。ある程度、幼い頃から知り合っていた仲であれば幼馴染と呼んで良いのではないかと思う。

 ‬ルカーシュと私・ラウラはまぎれもない、絵に描いたような幼馴染だ。同じ村に生まれ、幼い頃から共に時間を過ごして来た。村の中でお互いが1番だという自信もある。しかし――

 ‬ペトラも、“勇者様の幼馴染”という立場にあるのではないか。

 ‬ルカーシュと同じ村の出身。年も近い。2人きりで話すことこそ少なかっただろうが、仲が悪いというわけでもない。それなりに友好な関係を築けていたはずだ。

 ――‬これは、“幼馴染”と呼べる関係ではないか。




(……まさか、ペトラが「ラストブレイブ」のラウラの立ち位置になりつつある……?)




 ‬ペトラがいつ、どのようなシチュエーションを経てルカーシュに想いを寄せ始めたのかは分からない。しかし、このまま彼女がルカーシュに想いを寄せ続けたのなら、数年後、旅立つルカーシュに「待っている」と告白する可能性は十分ある。

 ‬私は周りの環境的にも、そして私自身の気の持ちよう的にも、「ラストブレイブ」に描かれた“勇者様の幼馴染”からは離れつつある。このままこの道を進めば、数年後勇者様に告白する幼馴染はいないし、1人悲しく村で彼の帰りを待つ幼馴染もいない――はずだった。

 ‬けれど、ペトラがその“勇者様の幼馴染”になる条件を満たしつつある。私に代わるように。

 ‬“勇者様の幼馴染”に背負わされていた使命せっていが、私からペトラに移ろうとしている――?


 ‬左胸を手で押さえる。早まる鼓動を落ち着かせようと、数度深呼吸をした。

 ‬そうだ、「ラストブレイブ」のペトラがルカーシュに想いを寄せていた可能性もゼロではない。その設定はストーリー上に必要ないものと判断され、明かされることのない裏設定として密かに存在していたのかもしれない。

 ‬あけすけに言ってしまえば、ゲームのペトラはモブキャラクター――NPCだ。ほとんどのプレイヤーは名前すら覚えていないだろう。そんな彼女の片思いに描写を割くぐらいならば、スタッフも他の箇所に力を入れるはず。

 そう。‬まだ、ペトラが私の代わり――代役になったと判断するには早い。


 ‬落ち着きをいくらか取り戻し、手元に視線を戻す。

 ‬最後の文には、私に黙っているのは悪いと思った、応援してくれとは言わない、との旨が書かれていた。

 ‬きっとペトラは悩みに悩んで、この手紙を私に送ってきたのだろう。それは分かる。できることなら、友人の恋は応援してあげたいと思う。けれど。

 ‬――私の代役云々の疑惑はおいておくとしても、ペトラは将来、ほぼほぼ間違いなく失恋する。

 ‬私は嘆いた。

 ‬あぁ、神様。この世界にはどうしても、憐れな勇者様の幼馴染がうまれてしまうのですか。

 ‬これからどうするべきか頭を抱えた。しかしどうしようもできないことは、既に分かっていた。

 ‬見守るしかない。下手に首を突っ込んで、ペトラの想いをかき乱すようなことをしてはいけない。あなたは将来絶対にふられるから諦めなさい、なんて助言するのは以ての外だ。

 ‬脳裏に思い浮かんだ、ペトラの顔と“私”ではないラウラの顔。

 ‬――憐れな勇者様の幼馴染がどうしてもこの世界にうまれてしまうのなら、幼馴染はその後、どうか目一杯幸せになってくれますように。

 ‬私はそう願うばかりだった。





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