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16:幼馴染との再会




 ――明日、ルカーシュが王都に遊びに来る。

 王属調合師見習いになって数ヶ月。慣れないことばかりで慌ただしかった日々がようやく落ち着きを見せ始めていた。そのことを手紙に書いたら、ルカーシュから会いたいと返事が来たので、ここ1ヶ月ほど予定を調整していたのだ。

 同じくこの1ヶ月、リナ先輩の話を聞いた後も、アルノルトはしばしば私を訪ねに来た。しかしながら噂の真意を本人に聞けるはずもない。そうはいっても気になるものは気になるもので、若干のモヤモヤした気持ちを抱えていたのだが――今日ばかりはそのモヤモヤも隅へと追いやられている。

 明日、ルカーシュが王都を訪ねに来てくれる! それがただただ楽しみだった。




「あら、ラウラご機嫌ね」




 後片付けをしていたところ、リナ先輩にそう指摘された。

 指摘を受けて、側から見ても明らかにご機嫌だったのかと多少の羞恥を覚えつつも、はにかんで答える。




「明日幼馴染が会いにきてくれるんです」




 ルカーシュと会うのは数ヶ月振りだ。

 手紙で会いたいと素直に言ってきてくれたことが嬉しかったし、私がまだまとまった休みをもらえそうにないと返せば、躊躇いなく自分が王都に行くと言って――正確には手紙に書いて――くれたのも、とても嬉しかった。

 私の言葉にすかさず反応したのはチェルシーだった。




「どんな子っ?」


「え? うーん、どんな子って言われても……」




 私はルカーシュを形容する言葉に悩んでしまう。

 そういえば、ルカーシュを他人に紹介する機会が今までなかった。アルノルトやメルツェーデスさんにはルカーシュ自ら挨拶をしていたし、村の人々は私とルカーシュをセットで認識していた。

 ルカーシュは、どんな子?

 脳裏に幼馴染の姿を思い浮かべる。私の記憶の中のルカーシュは、常に優しく微笑んでいた。それでいて、こんな私を助けてくれる――とても優しい子だ。




「優しい子かな。男の子だよ」




 優しい子。それはとてもありきたりな紹介だ。けれどルカーシュには、優しいという形容詞が何よりも、誰よりも似合った。

 そう遠くない未来、ルカーシュは勇者になる。たとえその勇者という立場が与えられた使命せっていだとしても、優しい勇者様が少しでも傷つかないように、私は優秀な調合師になってみせる。それは私の新たな目標だった。

 元はと言えば村を出るために手に職を、と選んだ職業だったが――なったからにはやはり、大切な人たちの力になれるに越したことはないと考えるようになっていた。




 ***




 翌日。

 王都・シュヴァリアの入り口にある大きなアーチの下に、1人で佇む彼を見つけた。




「ルカ!」


「ラウラ!」




 私の声にパッと顔を上げる幼馴染。そしておそらくは私の姿を人混みの中から見つけ出したのだろう、彼の顔にパァッと笑顔が広がった。

 再会を喜ぶように、どちらからともなく抱きつく。ほんの数ヶ月しか経っていないのに、また背が伸びたようだ。

 抱擁を解いて、ルカーシュを見上げた。




「わざわざ来てもらってごめんね、私が村に帰れたらよかったんだけど……」


「気にしないで。僕が来たいって無理言ったんだし……せっかくの休みの日にごめん」




 しゅん、と申し訳なさそうにこうべを垂れるルカーシュ。その頭には同じく垂れ下がった犬の耳が見えるようだった。




「ぜんぜん! 来てくれて嬉しい」




 にっこりと笑う。すると項垂れていたルカーシュも、私の笑顔に応えるように控えめに微笑んだ。

 自分の夢を応援してくれて、こうして会いにきてくれる。その笑顔を見ただけで、ほわっと気持ちが暖かくなる。離れてみて実感したが、幼馴染はとてもありがたい存在だ。

 1人でそう噛み締めていると、ルカーシュは“それ”に気づいた。




「それ、つけてくれてるんだ」


「え? あぁ、これ? お守りだから」


「嬉しいな」




 “それ”とは2年前、アルノルトの試験に同行するためルカーシュと一緒に王都を訪れた際、彼が贈ってくれたブレスレットだ。とてもシンプルなデザインをしているので、14を過ぎた今つけていても子どもっぽいということもなく、常に身につけている。そのためだいぶ汚れてしまったが。

 ルカーシュの手首を確認すると――お揃いのブレスレットがそこにはめられていた。彼のものも、幾分か薄汚れている。




「ルカもつけてる」


「もちろん」




 ブレスレットを見せ合って、再び笑い会う。

 ここ数ヶ月の忙しなかった日々が、どこか遠くへ行ってしまったようだ。そう思うぐらい、気持ちが安らいでいた。

 ルカーシュは今夜王都の宿屋に泊まり、明日の馬車でエメの村へと帰る。短い時間ではあるが、この2日間を思い切り楽しもうと私はルカーシュの手を取り、駆け出した。




 ***




 ルカーシュが市場に並ぶ回復薬を見たいと言い出したので、大通りに立ち並ぶ露店を案内する。大きな道具屋より、こういった露店の方が実際に回復薬を手に持って選ぶことができるとアルノルトに教わった。

 人の良さそうなおじいさんが開いており、なおかつほかの客がいる露店を選んだ。ひやかしだと邪険に扱われるのは避けたい。

 ルカーシュと2人、店先にひっそり座り込み、箱に溢れんばかりに詰め込まれている回復薬を覗き込んだ。




「この中にラウラが作った回復薬もある?」


「まさか! まだまだ見習いだから、市場には出せないよ」




 ルカーシュの言葉に首を振りながらも、突然彼が回復薬を見たいと言った訳を察した。どうやら彼は、私の作った回復薬を見たかったらしい。

 私の返事にルカーシュは残念そうに眉根をわずかに寄せて、問いかけてくる。




「でもラウラの回復薬はすごいんだろ?」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、誰から聞いたの?」


「ベルタさん」




 ルカーシュの言葉に、にやつくお師匠の顔が脳裏に浮かんだ。あの人は何故か、ルカーシュを私の「騎士様」だと思っている節があるように思う。

 苦笑して、その場から立ち上がる。もう露店には用はないだろう。

 大通りを2人歩きながら、今度は私から問いかけた。




「お師匠もだけど……村のみんな、元気?」




 ルカーシュはもちろん、両親にもお師匠にもペトラ達にも定期的に手紙を送っている。いくら時間がなかったとしても、手紙を送ることだけは怠らなかった。私の夢を応援してくれた人たちに、余計な心配をかけることだけは避けたかったのだ。

 彼らは皆返事をくれたし、その文面からして元気にしているようだった。しかし、文面ではいくらでも偽ることができる。手紙を読みながらも本当に元気なのかと心配に思うことは、1度や2度ではなかった。




「元気だよ。ペトラ達もラウラがどうしてるか気にしてたけど、手紙送ったんだろ? それ読んで、安心してた」




 ルカーシュの表情からして、彼は嘘をついていない。それぐらい、幼馴染なのだから分かる。

 そっか、と安堵のため息をこぼした私に、ルカーシュは微笑んで言葉を続けた。




「ラウラのお父さんとお母さんも、ラウラがいなくなってすぐは元気がなかったけど、今は手紙を楽しみにしてるって。……あ! これ、持たされてたんだった」




 そう言ってルカーシュは肩にかけていた鞄からガサゴソと何かを取り出した。彼が私に差し出したものは――お母さんがよく作ってくれた、サンドウィッチだった。山の幸をふんだんに盛り込んだそれは、いわゆる私の“おふくろの味”だ。

 差し出されたサンドウィッチを喜んで受け取る。




「わっ、ありがとう! あとで一緒に食べよっか、街外れにいいところがあるの」




 そう提案して、大通りから脇の道に入った。

 休日の度、私は王城から王都に降りてきている。チェルシーと2人でお茶をしたり、時には1人で散策したり。そんな日々の中で見つけた、街外れにある小高い丘の上のベンチがお気に入りだった。

 そこまでの道はしっかりと整備されているが、それなりに長い階段を上らなければならないため人通りは少ない。王都を一望できるベンチに座り、静かにぼんやりとすごす時間は私にとって大切な時間になっていた。

 ここの階段を登るんだけど。そう案内しながら、ルカーシュを振り返る。彼はてっきり笑顔で頷いてくれるかと思いきや――今までにない真剣な表情で、私を見つめていた。




「……ひとつ、ラウラに話しておかないといけないことがあるんだ」




 そして切り出される話題。その声も、今までになく低い。

 これからルカーシュが口にしようとしている報告は――間違いなく、悪い報告だ。




「ルカーシュ……?」




 立ち止まっているルカーシュに、近づく。すると彼は私を安心させるようにほんの少し微笑んで、




「……この前、村が魔物に襲われた」




 そう、言った。

 ルカーシュの左目の紋章がキラリと輝いた、気がした。





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