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155:二度目の旅立ち




 ヴェイクが手配してくれたいつもの定期便より大きな馬車に、エメの村の男性陣の力も借りて、意識を失ったアルノルトを運び込む。




「おっ、案外重いな、アルノルト」




 アルノルトの両脇に手を差し込みぐっと持ち上げたヴェイクが驚いたように言う。一見すると細身の彼だが、そのストイックな性格からして最低限は鍛えているだろうし、何より完全に意識を失った人間はとても重い。

 ヴェイクとルカーシュとユリウス、そして武器屋のおじさんたちの力を借りて、馬車の中に作った簡易寝具にアルノルトの体を寝かせた。顔を覗き込めば、相変わらず安らかな寝顔だ。身じろぎ一つしない。




「ラウラ!」




 ふと馬車の外から名前を呼ばれて、私は慌てて外へ出た。そこにいたのはペトラ、ラドミラ、ユーリアの三人娘で。

 私の名を呼んだのは、どうやらラドミラのようだった。




「ユーリア、ペトラ、それにラドミラも!」


「もう行っちゃうの?」




 ペトラが一歩前に出て、遠慮がちに尋ねてくる。

 本来であれば彼女たちと再会を喜び思う存分話し込みたかったが、今はそうもいかない。私たちのせいで村の人々が危険な目にあっては元も子もないのだ。

 眉尻を下げて、私は簡潔に答える。




「私たちがここにいたら魔物が襲ってくるかもしれないから」




 えー! と不満そうな声をあげたのはラドミラだ。相変わらず彼女は私たちにとってかわいい妹のような存在であり、真っすぐな感情表現が微笑ましく、嬉しい。




「昨日の夜、突撃すればよかったぁ」


「もう、ラウラを困らせるんじゃないの」




 ラドミラを窘めたのは最年長であるユーリア。最近結婚した彼女はますます美しくなっており、きっと新婚生活もうまくいっているんだろうと勝手に安堵する。

 全て終わったら、四人で夜通し話し通そう。きっと楽しいお泊り会になるはずだ。そんな未来を思い描いて、ささやかな希望として胸の奥に大切にしまう。

 不意にペトラが私の両手を握った。思いの外、手のひらの皮が固い。家のため、村のために街まで出て働いている彼女の苦労を垣間見た気がした。




「ラウラ、気をつけてね」




 ペトラは私を真っすぐ見つめてそう言ってくれた。

 ――彼女の勇者への恋は決着がついたのか、それとも、今も。

 一瞬脳裏を過ったペトラの恋。しかし私が踏み込んでいい領域ではないと判断し、すぐに思考を追い払った。

 これはペトラとルカーシュの問題だ。この世界によく似た世界ゲームを私は確かに知っているが、それだけだ。私はこの世界で起きたこと全てを知ることができる神様ではないし、世界の中心である主人公でもない。友人たちもそれぞれの人生を生き、私もまた、この世界で生きていく。




「うん、ありがとう。みんなも気をつけて。村長さんたちによろしく」




 三人を代表するようにペトラが大きく頷いた。――と、そのとき。




「騎士団の奴らがもうすぐ到着するはずだ。堅苦しい奴らだが、腕は確かだから出迎えてやってくれ」




 背後から近づいてきていたらしいヴェイクが話に入ってくる。

 勇者が生まれた村ということで狙われかねないこの村に、ヴェイクはどうにかこうにか便宜を図って騎士団を呼び寄せてくれたらしい。それはとてもありがたい話で、私もルカーシュも何度も礼を言ったのだが、彼は「当たり前のことだろ」と笑うばかりでろくに礼すら受け取ってくれなかった。

 自分の背格好が少女たちに威圧感を与えかねないと自覚しているのか、ヴェイクは地面に膝をついて下からペトラたちの顔を覗き込む。その気遣いのおかげか三人娘は委縮することなく、笑顔で頷いた。




「はい。ありがとうございます」




 ヴェイクは「気にすんな」と気持ちのいい笑顔を残して去っていく。その背中を見送って――はた、と思い出した。

 エメの村の人々のために、と手元に残っていた回復薬と試作品を手渡すつもりだったのだ。回復薬はいくつか新しく調合したが、水の精霊がまだ負傷中なのか姿を現してくれなかったため、試作品は手元に残っていた三本だけだ。

 私は鞄からそれらを詰めたポーチを取り出すと、ペトラに差し出した。




「そうだ、これ」




 受け取ったペトラが不思議そうに首を傾げポーチの口を開ける。するとラドミラが横から覗き込み、尋ねてきた。




「なぁに、これ?」


「回復薬と、魔物に効く薬なの。よかったら使って。万が一のときはこのまま投げつければいいから」




 へぇ、と興味深そうに頷く三人娘の動きがシンクロしていて、私は思わず笑ってしまう。本当の姉妹のような三人だ。

 光に透かして回復薬や試作品を観察する三人を微笑ましく思っていたら、不意にぽぅ、と視界の隅に光の玉が現れた。かと思うとそこから手乗りサイズの小さなドラゴンが現れる。――マスコットキャラクターのような姿だが、間違いない、空の精霊シエーロ様だ。




『わ、私も、聖地を守るために、近くにおります』


「シエーロ様!」




 そう、シエーロ様も聖地、ひいてはエメの村を守るために動いてくださるとのことだった。

 騎士団に精霊様。慢心は危険だが、ちょっとやそっとの魔物では崩せない防衛だろう。

 私の手のひらに止まった小さなドラゴンに、ラドミラは顔を輝かせる。ペトラとユーリアは初めて見る生き物に、少しばかり警戒しているようだった。




「かわいいー!」


「あっ、ちょっと! 村を守ってくださる精霊様なの、失礼のないようにね」


「はぁい」




 ぎゅっと抱きしめようとしたラドミラに釘を刺しつつ、シエーロ様に改めて「よろしくお願いします」と頭を下げる。そうすればシエーロ様は緩やかに頷いて、姿を消した。

 その姿を見送って、未だ姿を見せない水の精霊を心配に思う。他の精霊様は傷を癒しているだけだから心配するな、とおっしゃってくださったけれど、まだまともにお礼も言えていないのだ。水の精霊がいなければ私は命を落としていたかもしれない。それに、まだ名前も考えられていない――




「私たちからはこれ。馬車の中で皆さんと食べて」




 考え事をしていたせいで、目の前に差し出されたランチボックスに数秒反応が遅れた。慌てて中を覗き込めば、山の幸をふんだんに使ったサンドウィッチが溢れんばかりに詰め込まれている。これだけあれば、王都までの道すがら、食料に困ることはないだろう。




「ありがとう!」




 お礼を言って、忘れないようにと早速馬車の中に持ち込む。そして再びペトラたちの許に戻ると、いつの間にやってきたのかルカーシュと三人娘が話し込んでいた。

 少し離れた場所から四人の会話を窺う。




「すぐに魔王を倒してくるよ。だから安心して」




 ルカーシュの横顔には不安は見られない。決意に満ちた、とても力強い瞳をしていた。




「頼りにしてるわよ、ルカーシュ」




 ぽん、と手の甲でルカーシュの肩を叩くユーリアは笑顔を浮かべていた。聡明な彼女は、ルカーシュの自信と決意を感じ取っているのかもしれない。




「帰ってきたらお話しきかせてねぇ」




 のんびりとした口調で言ったのはラドミラだ。目の前の青年がこれから魔王を倒しにいくと分かっているのか、と疑問に思ってしまうぐらいにはいつも通りで、しかしそのおかげで四人の間に漂う空気は穏やかなものになる。




「……気を付けて」




 最後に口を開いたペトラは一人、不安そうに眉根を寄せていた。しかしルカーシュは穏やかな笑顔を浮かべたまま「うん」と頷くだけ。

 ――この四人も、幼馴染なのだ。同じ村で過ごし、成長してきた。言葉は少なくとも、それなりにお互いの考えていることは分かるはず。

 最後に四人は笑顔で顔を見合わせて、「行ってくる」というルカーシュの言葉に、皆頷いた。

 それから村の人たちと挨拶をして、一秒でも惜しいと言わんばかりに村を発つことになった。馬車に乗り込むと、御者がすぐに馬を走らせる。




「行ってらっしゃーい!」




 エメの村の人々は皆村の入口で大きく手を振って勇者一行を見送ってくれた。彼らに向かって私もずっと手を振り返し――その姿が見えなくなった頃、ちらりとルカーシュの横顔を見やる。

 彼は前を向いていた。強く、迷いのない瞳で。




(勇者の二度目の旅立ちだ)




 一度目は王都で多くの人々に華々しく見送られて、二度目は故郷で親しい人々にあたたかく見送られて、勇者は魔王討伐の旅へ出る。

 ディオナ、ヴェイク、マルタ、ユリウス、そして、エルヴィーラ。

 “私”が知っている勇者一行と同じ顔触れだ。エルヴィーラが加入したばかりだというのに、仲間たちの顔ぶれに妙なしっくり感があるのはそのせいだろう。

 この五人が勇者ルカーシュの許に集ったのは、定められた運命なのかもしれない。しかし勇者との出会い方も、背負っている設定や過去も、関係も、「ラストブレイブ」では大なり小なり違う。




(私は彼らを信じて、アルノルトたちと一緒に勇者たちの帰りを待とう)




 馬車の中で乱暴な揺れに晒されながらも、やはり身動き一つとらないアルノルトの寝顔をしばらく眺めていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ペトラもまたこの世界を生きる一人の自立した女性といった感じで、想い人の帰りを待つだけの幼馴染、負けヒロインなんかではなくなってそうな雰囲気が出てきてますね 勇者パーティの面子こそ同じでも、…
[一言] お久しぶりです 記憶にないかもですが バタバタしてて改めて読み返して追いつきました 新たなる旅立ちをする瞬間に立ち会えて嬉しい ここからどう戦い抜いていくのが楽しみにしています
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