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137:魔物討伐、そして




 ――新しい水の精霊によっておそらく強化された精霊の飲み水を使い、強化版・試作品を生成した。それを持って、改めてフラリアの森を訪れる。




「まずは根を辿って、魔物のすぐ近くまで行った方がいいんじゃないか?」


『複数あるガ……まずはこっちダ』




 ヴェイクの言葉に全員賛同し、ライカーラント様の案内で森の中を移動した。

 手順としては、ライカーラント様の力で試作品を地中・地表に処方。それで退治できれば一番いいのだが、もしかすると仕留め損ねる可能性も十分ある。その可能性を考慮し、私たちは今持てる最大戦力で攻撃を仕掛ける準備をしていた。

 ユリウス含めた勇者パーティーメンバーに、助っ人であるメルツェーデスさんと――ウェントル様が連れてきた以上、一人宿屋に置いておくわけにもいかなくなったエルヴィーラも一緒だ。優秀な魔術師が揃っていれば、試作品によって結界を破ることができなかった場合でも、外から攻撃できる。




「メル、エル、もしものときは頼めるか」


「うん!」


「えぇ、任せて」




 妹を巻き込むことに若干納得しきっていないアルノルト――最後の最後まで反対していたが、エルヴィーラの強い希望もあって折れた――にやる気満々のエルヴィーラ、そして頼もしいメルツェーデスさん。

 随分とテンションの異なるエルフ三人を後目に、私は男性の姿になったライカーラント様に試作品を手渡した。




「これを……お願いします」


『あア』




 ライカーラント様は私から受け取った容器を持ち、しゃがみ込んだかと思うともう片方の手で地面に触れた。瞬間、彼を中心に大きな魔法陣が足元に浮かぶ。魔法陣から発せられた光は森全土に広がっていき――ライカーラント様が試作品を地面に垂らした。

 ぶわ、と風が魔法陣から発せられる。私はルカーシュに手を引かれて一番後方へと下がった。

 少し遠くから、ライカーラント様の様子をじっと見つめる。――彼の肩越しの景色に、ひびが入った。

 結界の裂け目だ!




「見えた!」




 ルカーシュが叫ぶ。瞬間、アルノルト、メルツェーデスさん、エルヴィーラが魔法で歪み――結界の割れ目に攻撃した。

 ライカーラント様の力とアルノルトたちの強力な魔法で空間の裂け目はどんどん広がっていく。広がった裂け目から結界の中の様子がちらりと覗けた。

 結界の中にいたのは中型の人食い花のような魔物が複数。いずれも試作品の影響か、花は萎れ今にも息絶えそうだった。

 それから、おそらくは結界を張っていた人型の魔物が二匹。魔法陣を通して地表にも現れた試作品の効力のおかげで、魔物が負傷し結界にヒビが入ったのだろう。

 人型の魔物は必死の形相でアルノルトたちの魔法に抵抗していた。しかし、三対二だ。しかもこちらの三人は魔法のエリート。裂け目が広がっていくスピードはどんどん速くなり、そして――パリン、とガラスが割れるような音を立てて、結界が崩れた。




「今だ!」


「エル、下がっていろ!」




 ヴェイクの合図でルカーシュ、ユリウスの前衛組が一気に攻め込む。アルノルトは妹を下がらせてから、魔法で後衛支援に回った。

 ――あっという間に勝負はついた。植物型の魔物は試作品の影響でほぼ死んだも同然で、結界を張っていた魔物は人型だったこともありそれなりの強さのようだったが、ルカーシュたちの連携を前に為す術もないようだった。




「ワフ、ワフ!」


「楽しそうだね……」




 私はといえば、メルツェーデスさんとマルタに守られつつ後方で眺めているだけだったのだが、腕の中の水の精霊がしきりに嬉しそうに吠える。しっぽを振っているのを見るに、なんだか嬉しそうな様子だった。




「自分の土地を汚していた魔物を倒せたから、嬉しいんじゃない?」




 結界を破ってから後方に下がってきたエルヴィーラが声をかけてくる。彼女の言葉に、なるほどそうかもしれない、と納得した。

 腕の中で喜びに暴れる水の精霊を宥めつつ、先ほどのエルヴィーラの魔法を思い出す。素人の目から見て、ではあるが、アルノルトやメルツェーデスさんにも負けず劣らずの魔力を持っているように見えた。




「さっきのエルヴィーラちゃんの魔法、すごかった」


「ウェントルと特訓したもの!」




 嬉しそうに胸を張るエルヴィーラ。彼女はきっと、兄たちの役に立ちたくていっそう魔力を磨いたのだろう。アルノルトの心配する気持ちも分かるが、やはり彼女の才能はこの先勇者たちの力になるのではないだろうか――

 その後、他にも森の中に根を張った魔物たちの“巣”はいくつかあり、退治に追われた。しかし同じ作業の繰り返しで慣れてくれば一つの巣を潰すのにそう時間はかからず、朝から始めた魔物退治は夕方頃には一段落ついた。




「他に魔物の根は張られていないか」


『あァ。おそらク。だがワタシよりもこの地の精霊であル、フォンタープネ……の子どもに聞いた方がいいだろウ』




 ライカーラント様は私の腕の中の水の精霊を見る。水の精霊は疲れてしまったのか、くぁ、と欠伸をした。




「……言葉が通じないからなぁ」




 ルカーシュが苦笑しつつ、水の精霊の頭を撫でる。そうすればまるで猫のようにゴロゴロと喉を鳴らした。見た目こそ子犬のようだが、一体何の動物なのだろう。――いや、精霊だが。




「あなたの森を攻撃する魔物は、もういない?」


「ワフ!」




 問いかければ、何やら満足そうな鳴き声が返ってくる。この鳴き声をイエスという意味で受け取っていいのだろうか。




「……嬉しそうだから、大丈夫な気もしますが」




 ディオナの苦笑交じりの言葉に私も頷いた。少なくとも地中に根を張り、毒素をまき散らす魔物は現段階ではいないのだ。地中に根を張らない魔物が結界の中に隠れていたとして、今すぐにどうなる訳でもない。

 アルノルトが若干すっきりしない顔で腕を組んだ。




「まだ魔物が残っていたとしても対策方法は大方分かった。一区切りついたと考えていいだろう」




 その言葉に皆頷き、水の精霊・フォンタープネの騒動は一件落着という結論に至る。よかったよかったとお互いに肩を叩いて――自然と、これからのことに話題が移った。

 一番に口を開いたのは年長者であるヴェイクだ。




「この後どうするんだ?」


「次の精霊はプラトノヴェナ近くに住処があると聞いていますが……」


「嬢ちゃんを連れていくかどうかだな」




 誰もが薄々思っていたことにヴェイクが切り込む。全員の目が私、そして私の腕に抱かれている水の精霊に向けられた。

 私の戦闘能力では足手まといにしかならない。であるからして、当然ルストゥの民の村で今までのように保護してもらっていた方がいいと思うのだが――気がかりなのは、この水の精霊と、聖剣を手に入れるために必要不可欠である精霊の許しの証・精霊石だ。

 アヴール様が言うには、新しい水の精霊が許しを与えたのは私だという。




「フォンタープネ様の精霊石は割れ、新しい水の精霊様が生まれた。そしてその精霊の許しは、ラウラが得ました」




 ディオナが殊更ゆっくりとした口調で現状の説明をしてくれる。

 彼女の細く美しい指先が、水の精霊の額に埋め込まれた石に触れた。瞬間、水の精霊は嫌がるように短く鳴いて、私の胸に顔をうずめる。どうやら精霊石を触られるのはあまり好きではないらしい。




「この頭に埋め込まれたものが精霊石である以上、この子に聖域までついてきてもらうしかないでしょう。それに……許しを得た人間がラウラである以上、彼女にも聖域へついてきてもらわなければなりませんよね?」




 ディオナの問いに『当たり前ー!』と答えたのはウェントル様の元気な声だ。




『許しを得た人間にしか、精霊石は反応しないからな! 誰にでも精霊石が使えたら、“許し”の意味がないだろー! 盗人に使われるなんて絶対嫌だ!』




 ふんふん、と怒るように大きく上下する緑色の光の玉。ウェントル様の精霊石の説明に、皆当たり前だと言わんばかりに頷きつつ、頭を悩ませる。

 聖剣を無事手に入れるには、私も生まれたばかりの水の精霊も無事聖域に辿り着かなければならないのだ。

 ふとアルノルトがこちらに近づいてくる。そして私の腕の中の水の精霊をじっと見下ろした。




「精霊を襲い、封印して回っている魔王は聖剣の入手方法を大方知っていると考えていいだろう。新しく生まれたばかりの水の精霊の存在を知っている可能性も高い。だとすると……まだ自分の身を自分でうまく守ることができない、赤ん坊の精霊を狙ってくるかもしれない」




 それは十分あり得る話だった。フォンタープネ様を始末し損ねた魔王が、今度は生まれたばかりの水の精霊を狙ってくる可能性は高い。この子が魔王の手に落ちれば、今度こそ聖剣の入手は遠ざかる。




「だからまぁ、水の精霊を連れてくのは決定だよね~」




 ひょい、とマルタが私の腕の中から水の精霊を奪うようにして抱き上げた――瞬間、子犬はバタバタと暴れ始める。「うわわ」と慌てるマルタの腕の中から脱出すると、私の足に頭をこすりつけた。




「ラウラに随分懐いてるねぇ~。離したらこっそりラウラのところに戻っちゃうかも。そうなったら危ないんじゃない? 一匹でラウラのところに向かう最中に、魔物に攫われて~とかありそう」




 マルタが私の足元にじゃれつく水の精霊を見つめつつ言う。すかさずヴェイクが口を挟んだ。




「その可能性はあるが、嬢ちゃんを連れていくのも当然危険だ」




 仲間たちは皆一様に黙り込む。

 懐いている私から引き離した結果水の精霊とはぐれるリスクを取るか、戦闘能力のない私を連れていくリスクを取るか。

 私は何も言えなかった。どちらにせよ、私の存在が勇者一行の足枷になる。水の精霊の許しを得たのがなぜ私なのか、と恨みがましく思わずにはいられなかった。




「どうする、ルカーシュ」




 沈黙を破ったのはヴェイクのルカーシュへの問いかけ。

 ルカーシュは俯いていた。誰もが彼を見る。私もまた、俯いている幼馴染をじっと見つめて――顔を上げた彼の青の瞳と、目が合った。

 真っすぐな瞳に射抜かれる。彼は私を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。




「ラウラが水の精霊の許しを得た以上、聖剣を手に入れるための鍵として、ラウラも魔王に狙われるかもしれない」




 ――そう、魔王がどこまで聖剣の入手方法を知っているかは分からないが、万が一詳細な情報を手にいれていたとしたら、私も十分狙われる可能性がある。私が命を落とした場合も、聖剣の入手は難しくなるのだ。

 ルカーシュがゆっくりと歩み寄ってくる。そしてこちらに手を差し伸べて、言った。




「ラウラ、一緒に行こう。僕が守るから」




 差し伸べられた手には、沢山のたこができている。こちらを見つめる青の瞳は、力強く生命力に満ちている。

 ――足手まといになる。それは間違いない。けれど。

 私はゆっくりとその手を取った。そして、




「……うん」




 小さく頷く。そうすればルカーシュは嬉しそうに目を眇めて笑った。

 数秒青い瞳を見つめて――ワフ、という控えめな鳴き声にハッと我に返った。見れば、足元でこちらを見上げる水の精霊と視線が絡む。その瞳は「抱き上げて欲しい」と訴えかけているように思えた。

 私はくすりと笑って子犬のあたたかな体を抱き上げる。そうすればぺろりと頬をなめられた。




「まぁ、そうだな、それが一番いいだろ。さて……他は誰が一緒に行くんだ?」




 ヴェイクがぐるりと周りを見渡す。するとアルノルトが一歩前に出た。




「エルヴィーラとメルツェーデスは、以前のようにルストゥの民の村で保護してもらえるか」




 アルノルトが声をかけたのはディオナだ。彼女は迷いなく頷いた。




「はい、もちろん」


「えー! あたし、強くなったのに!」




 その横でエルヴィーラが不満げな声をあげる。やはり彼女としては旅に同行したいようだった。

 そんなエルヴィーラを宥めるように、メルツェーデスさんが彼女の肩に手を置く。




「エルヴィーラ、今は大人しく言うことを聞きましょう」




 メルツェーデスさんの言葉にエルヴィーラはすぐに口を閉じた。彼女としても、兄やその仲間を困らせたい訳ではないのだろう。

 エルヴィーラはとことこと兄の許まで歩みよると、服の裾をくいと引っ張った。そして遠慮がちに見上げる。




「あたし、足手まとい?」




 アルノルトはすぐに首を振った。そしてエルヴィーラと視線を合わせるように膝をついて、いつもよりゆっくりとした口調で言う。




「そうじゃない。お前の魔力の強さは十分今回の件で分かった。頼りにしている。……ただ次に向かうのは雪国だ。小さな体のお前を連れていくのは厳しい」




 アルノルトの心配はよく分かる。実際プラトノヴェナの気候はまだ小さいエルヴィーラにはかなりきついだろう。

 言外に実力不足故に旅への同行を断っているのではない、とアルノルトに伝えられて、若干エルヴィーラの不満そうな顔が和らいだ。しかしまだ納得しきれてはいないようで、僅かに頬が膨らんでいる。

 アルノルトは数秒の後、エルヴィーラの頭をぽんぽん、と優しく撫でた。




「また、力をかしてくれるか?」


「……うん!」




 今度こそエルヴィーラはその顔に笑顔を浮かべて、大きく頷いた。

 満足したようにエルヴィーラは兄の傍を離れて、メルツェーデスさんの許へと駆け寄っていく。ロコ兄妹の兄妹愛に満ちたやり取りを見守った後、ヴェイクが視線を向けたのは一人少し離れた場所に立っている青年――ユリウスだった。

 フォンタープネ様の結界の中に入ってたことをきっかけに、成り行きで作戦に加わった彼は、正式にパーティーメンバーに加入するのだろうか。




「それと……ユリウスだったか? お前はどうする?」


「おぉ! 俺はついていくぜ!」


「うっそ、本当についてくるの~?」




 当然と言わんばかりに大きく頷くユリウスに、マルタが一番に反応した。それもあまり嬉しくなさそうだ。

 ユリウスはむっとしてマルタを軽く睨みつける。




「なんだよ、マルタ。俺がついていったら何か悪いのか?」


「ベっつにー。でも見ず知らずの旅人を急に招き入れるなんてさー」




 いいの~? とヴェイクにすり寄るマルタ。するとヴェイクはその頭をぺちんと優しく叩いた。その手はとても優しくて、叩いたというよりはポンと撫でた、といった方が近いかもしれない。




「お前もそうだっただろうが。まっ、もう事情を知られちまった以上は、仲間に招き入れちまった方が安心だろ」


「安心って?」


「どこかの誰かに告げ口されないように見張っとくんだよ」


「あぁ……なるほどね~」




 ヴェイクの言葉にマルタは納得したのか、それ以上ユリウスの加入に不満を唱えることはしなかった。

 突っかかられなくなったというのに、かえってその反応が気に障ったのかユリウスは「はぁ」とこれ見よがしにため息をつく。大きすぎるため息は些か芝居がかって見えた。




「なんだよ、信頼されてねぇな、俺」


「信頼してないんじゃなくて、それだけこの旅は危険ってことなの!」




 再びマルタとユリウスはぎゃいぎゃいと言い合いを始める。「ラストブレイブ」ではリズムのいい賑やかな会話で楽しませてくれた二人だが、今世では馬が合わないのか違う意味でうるさい二人になりそうだ。

 口喧嘩を始めた仲間二人に隣に立つルカーシュが小さくため息をこぼした。かと思うと、二人の間に割って入る。




「とにかく! ……改めてよろしく、ユリウス」




 ルカーシュはユリウスに右手を差し出す。ユリウスは笑顔でその手を取った。




「あぁ、よろしく頼むぜ、ルカーシュ」




 ――パーティーメンバーが改めて決まった。

 勇者・ルカーシュ、ルストゥの民・ディオナ、魔術師兼調合師・アルノルト、騎士団長・ヴェイク、トレジャーハンター・マルタ、新しく加わった用心棒・ユリウス、そして――私。思いもよらない展開の先に、まさかこんなことになるとは。

 私も勇者一行の旅に加わるというのは実感が湧かない。しかし腕の中の温もりが、私の胸に顔をうずめる水の精霊が、これは夢ではないぞと言っているようで。




「旅立ちは明後日。明日中に荷物をまとめておいてくれ」




 ヴェイクの言葉に仲間たちは頷き、解散する。

 ――とにかくついていくことが決まった以上は、少しでも足手まといにならないようにしなくては。

 そう決意し、私はルカーシュと一緒に急いでフラリアの街へと戻った。




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― 新着の感想 ―
[一言] このご時世に足手まとい系ヒロインとは珍しい 昔は割と普通だったけど足手まといへのフラストレーションが貯まりアンチを生み出しやすい厄設定なのに… それを嫌って戦えるヒロインやヒロイン無しの物語…
[一言] どうなるのか……とても気になる!
[良い点] ついにラウラも勇者一行に仲間入り! ゲーム風に言うなら、6人パーティーとサポートメンバーみたいな感じでしょうか。 水の精霊様のラウラへの懐きっぷりが可愛くてしょうがないです! これは本気…
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