134:急展開
――「ラストブレイブ」の親友キャラ・ユリウスと思わぬ出会いを果たしてから数日。
恐れていたことがとうとう起こってしまった。
「……毒素がかなり強くなってる」
「えっ」
バジリオさんの呟きに調合室にいた私、アルノルト、アイリスが一斉に駆け寄る。
彼は顔を真っ青にして、私たちを振り返った。
「昨日の二倍以上です」
「そんな……」
二倍。その報告に言葉を失う。
立ち尽くす私の横で、焦りからかいつもより早口のアルノルトがアイリスに問いかけた。
「魔物が作る毒の量に上限はあるのか。今回のように昨日と比べて生み出す毒の量を二倍に増やせるものなのか?」
アルノルトの問いかけにはっと我に返ったアイリスは、努めていつもと同じ口調で答えた。――その声は動揺からか、若干震えていたが。
「上限あるのは当たり前ー! 今までが気づかれないように少なめにしてたんじゃないかなー? 一気に毒素を作っちゃうと、葉っぱが枯れるとか目に見える変化が出てくるだろうから」
「変化が出れば誰かが異変に気付きます。ですから徐々に、違和感を覚えにくいように、ということでしょうか」
アイリスの答えにバジリオさんの推測。こんなときでなければ後輩二人のコンビネーションに感心していたところだったが、今は生憎とそんな余裕はない。
アルノルトは小さく舌を打って、ため息交じりに呟いた。
「小賢しいな。魔王に気づかれたか」
それは十分あり得る話だった。
ユリウスの件がきっかけとなったのか、それとも解毒を続けていることが森の魔物にばれて報告が上がったのか。あと考えられる原因としては――
「もしくはルカーシュたちがライカーラント様の住処に近づいているのか」
アルノルトを見上げてぽつりと呟く。そうすれば彼は私の目を見て頷いた。
「どちらにせよ敵方は焦っている可能性が高い。となると、魔物がこちらに差し向けられる可能性があるな」
アルノルトの言葉に一気に調合室の空気が張り詰める。誰かが生唾を飲み込んだ音が聞こえた。
――今が踏ん張りどころだ。ここをどうにか切り抜けなければ。
一番に声をあげたのはバジリオさんだった。
「僕たちはとにかく解毒薬の調合を。街の調合師の方々にも協力を要請します」
バジリオさんの言葉にアイリスははっと彼を見る。そして彼女もまた、大きく頷いてバジリオさんの手を握った。
アルノルトはそんな二人に「頼む」と頷き、
「俺はシュヴァリア騎士団へ協力を要請する」
迷いのない口調でそう言った。
街の調合師、シュヴァリア騎士団への協力要請。それら以外で、私ができることと言えば――
ぐっと拳を握りしめる。そしてアルノルトを見上げて言った。
「でしたら私はフォンタープネ様の大樹の傍にいます。簡易調合機材を持っていけばあの場で調合も出来ますし、常に様子を見はっていた方がいいでしょう」
一瞬、アルノルトの眉根に深い皺が寄った。そして彼の口が小さく開き――しかし一度ぐ、と引き結ばれた。
数秒の沈黙。それから改めてアルノルトは口を開く。
「……分かった。マルタ、それからユリウスをつける」
頼もしい護衛二人だ。私は笑顔で頷く。
アルノルトは険しい表情のまま、私の気を引き締めるように低く唸るような声で言う。
「大樹が魔物たちの最終的な目的地点になるはずだ。くれぐれも気をつけろ」
アルノルトの言葉にぎくりとしつつも「はい」と答える。
土の中の毒素が増えてきている以上、フォンタープネ様の結界がいつ破られてもおかしくはない。マルタ、ユリウスという二人の護衛が付いてくれているとはいえ、警戒を怠らないようにしなくては。
「今が踏ん張りどころだ。頼む」
アルノルトの言葉に皆顔を見合わせ、誰からともなく頷いた。
――想定していた悪い方向へと進みつつある。しかしここで負けてしまっては、勇者が聖剣を手に入れることが難しくなるだろう。それだけは避けなければならない。
私たちはそれぞれの目的のために解散した。バジリオさんとアイリスはフラリア支部長の許へ、アルノルトはシュヴァリア騎士団フラリア駐屯地へと走っていく。
回復薬と毒薬、それと持ち運びが可能な簡易調合道具を用意して、私もフォンタープネ様の大樹の許へ急がなければ。あと必要なのは水や食料も――
と、そこでルカーシュから預かっている精霊石の存在を思い出した。
(そうだ、精霊石も一応持っていこう)
役に立つかは分からない。しかし万が一必要となった際、街まで戻っていては時間のロスになる。
私は思いつく限りの物を大きなカバンに詰め込んで、協力を頼むべくマルタたちの許へと走った。
***
――あの後、アルノルトの口添えもあってマルタとユリウスと三人でフォンタープネ様の大樹の許までやってきた。
ぱっと見た印象ではあるが、まだ大樹の枝はしおれていないし、葉も枯れてはいない。目に見える変化はなかった。
そのことに少しだけ安堵しつつ、急いで簡易調合道具を組み立てる。その横で、マルタが何やら大きな布を見せてきた。――いや、違う、組み立て前のテントだ。
「じゃーん! 見て見て、テント! かわいいでしょ。アタシが一人で旅してたときに使ってたんだ~。結構快適だよ。二人で寝ても広いと思う!」
ふふん、と胸を張るマルタに思わず微笑む。相変わらず重い空気を程よく和らげるのがうまい。
テントを両腕で広げて私に笑いかけるマルタに、ユリウスが尋ねる。
「俺は?」
ユリウスの問いに、マルタはめんどくさそうな目で彼を見た。「ラストブレイブ」ではムードメーカー二人として一緒に騒いでいたが、今世ではまだ交友が少ないこともあり、そこまで関係を築けていないようだ。
マルタは大きな鞄から丸まったテントをユリウスに向かって投げた。
「ほい。ちょっと古いけど一人で寝る分には十分でしょ」
投げられたテントを受け取ったユリウスは、それを広げてみる。マルタの言う通り少しばかり古そうに見えたが、大きさとしては十分そうだ。
ユリウスは「ありがとう」と一度きちんと礼を言ってから、マルタをじとっと睨む。
「なーんか、俺の扱い雑じゃね?」
「アンタが勝手についてきたんでしょー?」
「いや、俺はアルノルトさんに頼まれて……」
ユリウスの口からアルノルトの名前が出てくるのはなんだか変な感じだ。
不思議な気持ちになる私をよそに、マルタはユリウスとの会話を早々に切り上げて、フォンタープネ様の大樹に近寄った。そして葉や枝先をじっと見る。
「葉っぱが枯れてたりしてないね。まだ目に見える変化はなし、か……」
ぽつり、と呟くマルタの隣に並ぶ。そして彼女がそっと触れている葉を見た。
「目に見える変化が出てしまったらもう手遅れだと思います。その前に何とかしないと」
マルタがこちらを見る。私もまた、彼女を見上げる。そうすれば彼女は頼もしい笑みを浮かべて「頑張ろ」と頷いてくれた。
――心強い。
ほっと息をついたところに、背後からユリウスが声をかけてくる。
「俺はここにいて、魔物の襲撃に備えればいいんだよな?」
「そー。うまくやってよ、用心棒」
マルタはユリウスを振り返る。そうすれば彼はぐっと親指を立てて笑ってみせた。
「任せろ。あのときは不覚を取ったけどよ、今度はやってみせるぜ」
「ほんとかな〜」
マルタの言葉に「本当だって!」と少しムキになって言い返すユリウス。今世の二人は思いの外馬が合わないのかもしれない――と若干の不安が過りつつ、私は早速調合を始めた。
ユリウスには周りの様子を窺ってもらい、マルタにはフォンタープネ様の大樹を観察してもらい、私は調合に励む。誰一人として気が抜けない数時間。
ふぅ、と誰かがため息をついた瞬間、ガサリと木々が揺れる音がした。私たち三人は一斉にそちらに目線をやって――
「アンペール」
木々を揺らして現れたのがアルノルトだと分かり、一斉に息をついた。
ユリウスが「紛らわしいっての」と悪態をついたことに苦笑しつつ、私はアルノルトに駆け寄る。
「アルノルトさん」
「今日の分だ」
彼は肩にかけていた鞄を地面に置く。中を見れば、いつも以上に沢山の量の解毒薬が入っていた。きっとアルノルト、バジリオさん、アイリス、そして協力してくれた街の調合師たちが頑張ってくれたのだろう。
鞄の中の解毒薬を一本手に取って、アルノルトを見上げる。
「すみません。ありがとうございます」
アルノルトがわざわざ運びにきてくれたことは予想外だったが、街との往復をしなくて済むのは正直ありがたい。
さて早速フォンタープネ様の大樹の周りにまこうと立ち上がり、「おい」と呼び止められた。
「食事も持ってきた」
アルノルトはもう片方の鞄から袋を三つ取り出す。見れば、サンドウィッチ、ベーグル、骨付き肉の三つのメニューを用意してくれたようだった。
一番に食いついたのはユリウスだ。
「あ! 俺サンドウィッチがいい!」
駆け寄ってきたユリウスに、アルノルトは「はぁ」とため息をつく。そしてユリウスの言葉には何も応えず、私にサンドウィッチを差し出した。
私は思わずアルノルトとユリウスの顔を見る。
ユリウスはサンドウィッチがいいと言っているのだから、私ではなく彼に――とアルノルトを見上げたが、彼は何も言わず私の胸に押し付けるようにサンドウィッチを寄こしてきた。思わずそれを受け取ると、アルノルトは残りの二つをユリウスに押し付ける。
「これはアンペールの分だ。好きな方を選べ」
――もしかして、私の好物がサンドウィッチだと知っていたのだろうか。
アルノルトは何も言わない。ただの偶然かもしれないが、少し嬉しかった。
夕食を受け取ったユリウスが、マルタに「どっちがいい?」と尋ねに私たちの許から離れていく。どうやら肉の取り合いで揉めているようだった。
その様子を微笑ましく見つめていたら、アルノルトが躊躇いがちに口を開いた。
「シュヴァリア騎士団には臨戦態勢に入ってもらっている。王都にも応援要請を出した。……王都のお偉い方が取り合ってくれるかは分からないが」
苦しげな口調で、ため息交じりに言うアルノルト。彼はそれなりの立場があるだけに、板挟みになって苦労も多そうだ。
――しかし、笑っていられる話でもない。魔王の復活が近い今、どこも戦力不足だ。魔物が襲って“くるかもしれない”フラリアにどれだけの兵士を割いてくれるか、正直あまり期待はできなかった。
ぐ、と拳を握りしめる。私は私ができることで勇者たちの、世界の役に立とうと決めたが、それでもこんなときは魔物と戦える力があったらと思わずにはいられない。
「明日の朝また来る。土も回収しないといけないしな」
アルノルトの言葉にパッと顔を上げる。そうすれば笑ってはいないものの、眉間に皺もない少しだけ柔らかな表情を浮かべているアルノルトと目が合った。
彼は踵を返す。ゆっくりと離れていくその背に、思わず声をかけた。
「おやすみなさい」
アルノルトは足を止める。そして振り返った。
「ゆっくり休め」
あなたこそ、と言いかけてやめる。きっとアルノルトは休んで欲しいと言ったところで、頷くことはないだろう。
アルノルトの背中がすっかり見えなくなった後、私は彼が持ってきてくれたサンドウィッチの存在を思い出した。一口かぶりつく。
「あ、美味しい……」
アルノルトが持ってきてくれたのは、私が大好きな山の幸をふんだんに使ったサンドウィッチだった。
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小説版・コミカライズ共に今後とも「勇者様の幼馴染〜」をよろしくお願いします。




