129:後輩たちの力
ルカーシュたちの旅立ちを見送った翌日、滞在している宿屋をある二人が尋ねてきた。その二人とは、
「ラウラ―!」
「アイリス! それにバジリオさんも!」
魔物に狙われている私の代わりにフラリア支部で回復薬の調合を続けてくれていたかわいい後輩、アイリスとバジリオさんだった。
ここで調査を行うことが決まってから、フラリア支部には一度アルノルトの方から連絡を入れてもらっている。協力要請とまではいかないが、こういった調査をするので万が一調合室を借りるかもしれない、といった声かけだ。その際に、彼ら二人へ私がフラリアにいることを伝えてもらったのだ。
突然訪ねては仕事の邪魔をしてしまうから、と会いに行くことはしなかったのだが――まさか向こうから会いにきてくれるなんて。
「粗方の話は聞きました。森の土に、毒素が広まっているとか……」
バジリオさんは表情を曇らせる。私も眉根を寄せて「そうなんです」と小さく呟いた。
ふと、アイリスが数歩距離を詰めてきた。かと思うと、
「あたしとバジリオ、協力できると思う」
いつもの笑顔をすっかり消した、真剣な表情で言った。
え、と首を傾げる。するとアイリスの肩に手を置いたバジリオさんが笑顔で口を開いた。
「僕たちは今日、ラウラさんたちに協力するためにきたんです」
そう言ったバジリオさんは私の記憶の中の彼より頼もしく見えて。
ただでさえ業務が忙しいだろうに、私たちの手伝いまでさせるなんてことはできない。そう首を振ろうとして――思い出す。アイリスは長い間ずっと魔物と戦い続けていた一族であったことを。そしてバジリオさんは昔、毒薬について勉強をしていたことを。
顔を上げる。後輩二人の顔を見る。彼らは頷いた。
***
――数日後、アルノルトとマルタを夕方のフラリア支部に招いた。バジリオさんとアイリスの力を借りた結果、判明したことを共有するためだ。
「バジリオさんは過去、毒薬について勉強されていたようで、今回お力を借りました」
主にアルノルトへの説明のために私が最初に口を開いた。そうすれば彼は納得したように小さく頷く。その少し後ろに座るマルタは「へぇー」と口を開けて頷いていた。
バジリオさんを振り返る。すると彼は緊張しているのかぎこちない笑顔で、咳払いを一つしてから報告を始めた。
「こ、こんにちは。僕は一時期毒薬について独学で学んでいたのですが、そのときに、解毒薬についても色々と調べていたんです」
アルノルトは無言で、マルタは「大人しそうに見えて物騒だねー」などと賑やかしの相槌を打ちながら聞いている。
「どの毒にも解毒薬は一定の効力を発揮しますが、調合によって成分を変えることでより相性のいい解毒薬を作り出せることに気づきました。一部を掘り起こしてきた土に注入して一番効果があったのは――植物型の魔物が分泌する毒によく効いた解毒薬でした」
――それがここ数日の調査の結果だった。
まず土に毒素をばら撒いている元の正体を正確に知らなければ、より効果的な解決方法が分からない。そのため毒素が含まれている土を採取して、適当に調合した解毒薬を手あたり次第に注入、そしてどの解毒薬が一番毒を中和できるかを調べたのだ。
結果として、あくまで他と比較すれば、といったレベルの違いだが、ある解毒薬が一番の効力を上げた。バジリオさん曰く、それは「植物型の魔物が分泌する毒」に対して特に有効な解毒薬だった。
バジリオさんの報告にマルタが「へー!」と大きな声をあげる。
「じゃあ森に毒素をまき散らしてるのは、植物型の魔物ってこと?」
「おそらくはそうじゃないかと……断定はできませんが」
「すっごーい!」
目を輝かせるマルタに、照れ隠しからか苦笑するバジリオさん。アルノルトは少し驚いたように目を丸くしていた。
バジリオさんがいなければこんなに短期間で毒素の元の正体まで辿りつけなかったことだろう。それなりに有効な解毒薬は作り出せただろうが、解毒薬の成分から毒の大元に辿る――という逆算的な調査はできなかったに違いない。
こほん、と再び咳払いをしてからバジリオさんは続ける。
「ここからはアイリスさんの知識をお借りしたのですが、植物型の魔物は、獣型の魔物と違い環境の変化に弱いんだそうです。フラリア地域は比較的温暖な気候ですから、きわめて寒い場所・熱い場所でしか生息できない種族等は省くことができて……」
ちらり、とアイリスを見やるバジリオさん。すると彼女は誇らしげな表情である文献を机の上に置いた。そして表紙を開く。
アイリスの細い指がある魔物の挿絵を指さした。その頁には人を丸呑みできてしまうような大きな食人花や、道端に咲く野の花のような小さな魔物――といった複数種類の植物型の魔物が描かれていた。
「その条件に当てはまる魔物ってここら辺なんだよねー。数頁あるんだけど」
アイリスの指が複数の魔物を辿っていく。アルノルトの黒い瞳がその指を追いかけた。
魔物の種族を絞り込んでくれたのはアイリスだ。王属調合師見習いになるまで家で沢山本を読んでいたという彼女は、魔物の図鑑も読み込んでいたらしい。そうでなくてもルストゥの民は魔物について多くのことを学ばなければならないようだった。
「さすが、ルストゥの民は魔物に詳しいか」
「えっへへー。資料はいっぱいあるよ!」
ぽつり、と呟くアルノルトに胸を張るアイリス。
バジリオさんの前で「ルストゥの民」という単語が出てしまったことに一瞬動揺したが、穏やかで聡明な彼は自分が踏み込んでいい話題ではないと察してくれたのか、尋ねてくることはなかった。
「あれ、アンタ、ルストゥの民ってことはディオナのお仲間?」
「きょうだい!」
へー、と頷くマルタと、知っていたのに少し驚いてしまう自分。ついついアイリスとディオナがきょうだいということを忘れてしまう。容姿的特徴が瞳の色ぐらいしか似ていないからだろうか。
今まで黙っていたアルノルトが、大きく息を吸い込んでから言った。
「つまり特別な毒でなかった上、ある程度その毒を持っている魔物の種族が絞りこめたということか」
「そういうことー!」
まとめるようなアルノルトの物言いに、アイリスが大きく頷く。
全てが正しいかは分からないが、バジリオさんの毒に対する知識、そしてアイリスの魔物に対する知識のおかげで、想定以上に早いスピードで大元に迫ることができている。頼もしい後輩たちだ。
原因となっている魔物が分かれば、解毒薬の調合はもちろんのこと、討伐への大きなヒントになる。アルノルトは満足したように頷いた。
「ならば植物型の魔物に効きやすい解毒薬を作って時間稼ぎすればいいのか」
アルノルトの言葉にバジリオさんとアイリスは満足げに頷く。
その横で、マルタが口を開いた。
「アタシは森でその元凶の魔物探してみるわ。うろちょろしてても邪魔だろうし、元叩けたらそれが一番だもんね」
マルタの言葉に私は頷く。すると彼女はニッと歯を見せて笑った。
私たちが解毒薬で毒の回りを遅らせつつマルタは魔物探索、そして最終的にはルカーシュたちの帰りを待つ――という流れで話が纏まった。
***
それから数日、解毒薬を作っては土にまき、どれぐらい土の中の毒素を中和できているかを調べる日々を過ごした。
バジリオさんの知恵をお借りして、植物型の魔物に特に効く解毒薬をベースに、適当に改良を加えては試すの繰り返しだ。
「結果は?」
「本当に僅かですが、薄まっています」
解毒薬によって僅かにだが毒素は薄まっていた。完全に中和で来たわけではないが薄まっているのを見るに、やはりバジリオさんとアイリスが導き出してくれた植物型の魔物が原因というのは間違っていないのではないだろうか。
「やっぱり植物型の魔物ってことでいいのかなぁ」
私の呟きにアイリスは勢いよく、バジリオさんはどこか自信がなさそうに頷く。
――と、その瞬間だった。勢いよく部屋の扉が開いたかと思うと、
「もー! 駄目! 全然見つかんない!」
マルタの悲痛な叫びが鼓膜を揺らした。
振り返る。そこには頬に泥をつけて、ひどく疲れた顔をしたマルタが立っていた。
――彼女はここ数日、シュヴァリア騎士団と協力して森の捜索を行っていた。毒素をばら撒いている魔物を見つけられないかと考えてのことだったが、未だ成果は何もない。
「やっぱり向こうも結界の中に隠れてるんじゃない? もう探しつくしたもん、絶対」
ぶぅ、と頬を膨らませるマルタを労わるために水を渡す。そうすれば彼女は一気に飲み干した。
ここまで探して見つからないということは、マルタの言う通り魔物も結界の中に隠れているのだろう。流石に魔王もそこまで馬鹿ではないようだ。
だとするとやはり今は魔物を見つけ出すことに人手を割くより、少しでも土の中の毒素を薄める方向で考えた方がいいだろう。私たちの仕事は時間稼ぎだ。ルカーシュたちが解放した土の精霊ライカーラント様の力で土を元気にしてもらう。
その後に再び魔物たちが毒素をばら撒いたとしても、今よりは時間的に余裕がある。余裕があれば対策の練りようもあるはずだ。
「とにかく俺たちはルカーシュたちが土の精霊を連れてくるまで、フォンタープネの大樹を枯らさないように解毒薬を作り続けるしかない。土の精霊が毒を一度完全に浄化できれば、時間をかけて本格的に森の捜索も行えるだろう。今は時間を稼ぐのが仕事だ。元を叩くということは考えるな」
アルノルトの迷いのない口調に道が定まる。
私たちはひたすら解毒薬を作って毒の回りを少しでも遅くする。それが今できる唯一のことだ。フォンタープネ様の大樹のあたりを中心として、ひたすら解毒薬をまくしかない。
その後のことは、そのときに改めて考える。今はただ、ルカーシュたちが帰ってくるまでフォンタープネ様の大樹を枯らさないことを目標にしよう――そう考えているのだが、その一方で一つの可能性がどうしても脳裏から離れなかった。
(相手も植物型の魔物で、土に根をはっているんだったら……こっちからも土を介して結界の中にどうにか攻撃できないかなぁ)
土を介して干渉することはおそらくできる。しかしフォンタープネ様の大樹を含め森の木々には影響を与えず、魔物にのみ干渉するその攻撃手段が思いつかないのだ。
毒を持つ魔物に毒は効かないし、そもそも森への悪影響を考えて却下。解毒薬はあくまで毒を中和するものであって攻撃するアイテムではない。ならば精霊の飲み水に光の力を注ぎこんで作り、エルヴィーラの中の魔王に干渉した試作品ならば――と思ったのだが、試作品は土に浸み込んで尚効力を発揮するかは分からない。試してみる価値はあるかもしれないが、光の力を使える人もアイリス一人。
アイリスの光の力の強さはどれほどのものか聞いたことはないが、ルストゥの民の街での彼女の立場を顧みるに、あまり強くはないのだろう。それに精霊の飲み水も、毒素はまだ検出されていないものの土が毒に侵されている以上、いつもの効力を発揮できるかは怪しい。
特効薬を試行錯誤する暇があれば、今は毒素の中和に注力した方がいいだろう。そう分かってはいるのだが、ふとしたときに「結界の中にいる魔物への攻撃方法」を考えてしまう自分がいた。




