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127:水の精霊石




 ――翌日。私はルカーシュたちに連れられて、精霊の飲み水のある場所までやってきた。

 見慣れた景色だ。幾度となくここに足を運んだ。しかし、なんだか違和感を感じて――その違和感の正体に気づくよりも先に、ウェントル様が問いかけてきた。




『ここで精霊石を見た記憶はないかー?』


「そう言われても……精霊石ってどんなものなんでしょう?」


『精霊によって多少は異なるけど、王道はキラキラ輝く小さめの石みたいな……』




 そういえばいつぞやにマルタが見せてきた精霊石もそんな形だったな、と思い出す。

 キラキラ輝く石、なんて日常生活ではあまり見ないだろう。こんな自然あふれる森の中で見つければ、きっと記憶に残るはずだ。




『オイラの勘だけど、フォンタープネは水の精霊だからそれっぽい青かも』




 あはは、と笑いながらウェントル様が紡いだ言葉に、ピタリと動きを止めた。

 水の精霊らしい、それっぽい青の石。私はこの場所でそれを見たことがある。それどころかその石を手に取り、ルカーシュに――




「……まさか」




 初めて精霊の飲み水に辿り着いた後、ルカーシュと二人だけでこの場所にきた。そのときにこの場所に住む精霊様たちのことを教えてもらい――水の中に光る石を見つけたのだ。

 私は躊躇いつつもその石を手に取り、誕生日が近かった幼馴染へのプレゼントにした。美しい水面をそのまま切り取ったような、美しいあの石。もしかしたら、あれが――

 さぁ、と顔から血の気が引いていく。私はとんでもないことをしたかもしれない。精霊石を勝手に持ち出したどころか、石にちょっとばかし加工をして服に結び付けられるようにしてしまった。

 私は慌ててルカーシュに駆け寄る。そして、




「ルカ、ここで誕生日プレゼントとしてあげたお守り、持ってる!?」




 私の必死の形相に若干気圧されつつ、ルカーシュは「もちろんだよ」しっかりと頷く。そしてベルトに括りつけていたらしいそれをこちらに見せてきてくれたので、そのままウェントル様を振り返った。




「これ、違いますか?」




 ウェントル様は興味深そうにルカーシュが持つ石の周りをくるくると回ってみせる。こうしてみると、やはりとても美しい石だ。精霊石と言われても納得がいく。

 しかしウェントル様はあまりピンときていない様子で、『うーん』と呟いた。




『それっぽいけど、フォンタープネの感じはしない!』


「そうですか……」




 ウェントル様の判断に肩を落としつつ、どこかでほっとしている自分がいた。万が一本当に精霊石だった場合、私はとんでもないやらかしをしたことになる。




(そんな簡単な話、あるわけないか)




 前に拾った石が実は世界を救うキーアイテムでした、なんて展開、それこそゲームでないと起こりえないだろう。

 ルカーシュに突然詰め寄ってしまったことを謝りつつ、ずっと持ってくれていたのだという喜びからなんとなく石に触れた。その瞬間、




『あ!』




 ウェントル様が大きな声をあげる。思わず「へっ!?」と変な声が出てしまったが、ウェントル様は気にすることなく続けた。




『今一瞬、フォンタープネの感じがした! ラウラが持つと、ちょっとだけフォンタープネの力を感じる!』




 私が持つと、フォンタープネ様の力を感じることができる。

 鼓膜を揺らしたウェントル様の言葉を、私は咄嗟に理解できなかった。なぜ私が触った時だけなのか、そもそもこの石は精霊石なのか否か。

 不躾にも私はウェントル様にむかって「……つまり?」と首を傾げる。それに答えてくれたのはウェントル様ではなく――いつの間に後ろにいたのやら、腕を組んだアルノルトだった。




「この石は紛れもない精霊石で、精霊からの許しを得たのは、俺たちではなくアンペールということか?」




 アルノルトのウェントル様への簡潔な問いかけに、私はようやくじわじわと現状を理解する。それと共に、再び青ざめた。

 やはりこの石は精霊石だったのか! そうなると、私がこの石にしてしまった加工は大丈夫なのだろうか。たかだかただの人間が精霊様の力に干渉できるはずもないが、それでも気になってしまう。

 ウェントル様を見やる。彼は考え込むように動かず、じっと宙に浮いていた。




『うーん、多分そうなんだけど……完全じゃない! 何かが欠けてる気がする……違う、これ、弱ってる』


「弱っている?」


『フォンタープネの力は確かに感じるんだけど、弱ってるんだ』




 ウェントル様の言葉に私はルカーシュと顔を見合わせる。それからじっと精霊石を凝視した。

 拾ったときと比べて、特に変わった様子はないように見える。しかしもしかすると何か変わっているのかもしれない、と思い、記憶を必死に掘り起こした。

 あの日、大精霊様ではなくこの地に住む他の精霊様に誘われるようにしてこの石を手に取り――そこで、はたと気が付く。そして顔を上げ、辺りを見渡した。




(……いない。他の精霊様が、一人も)




 今のウェントル様のように、光の玉の形をした精霊たちがこの地には多く住んでいた。言葉こそ分からなかったものの、石の許へと導いてくれたのは彼らだ。

 なぜ気づかなかったんだろう。昨日時空の狭間を通ってこの場所へと来たときには、もういなかったのだろうか。だとしたらなぜいなくなってしまったのか。突然の人の来訪に驚いて姿を隠しているだけなのか、それとも。




「……他の精霊様たちは?」


「他の精霊様?」




 私の言葉に首を傾げたルカーシュに、同意を求めるように再び問いかける。




「ほら、前来たときは、周りにふよふよ浮かぶ光の玉みたいな精霊様たちが沢山いたよね?」




 ルカーシュははっと目を丸くして、それからあたりを見渡した。しかし彼らの姿が今は目視できないと判断したのか、そっと目を閉じて周りの気配を探っているようだった。

 ルカーシュは精霊様の声を聴けたはずだ。私よりも精霊様たちの気配には敏感だろう。

 数秒の後、ゆっくりと目をあけて――それから首を横に振った。




「確かに、今はいないみたいだ。呼びかけても応えてくれない」




 ルカーシュの言葉に嫌な予感がする。

 ウェントル様たち他の精霊様の住処も、一度魔物たちによって襲われている。だとしたら、ここも。




「私がフラリアで魔物に襲われたとき、もしかしたらこの森にも魔物たちはきていた……?」




 じわじわと、嫌な空気が私たちの間に広がっていく。

 ふと、今まで黙って私たちの会話を聞いていたマルタが近寄ってきた。




「それって、アタシたちが会ったときのこと?」


「はい。あのときはてっきり私が狙われたんだと思ったんですが、目的は別にあったかもしれない……」




 フラリアを襲った魔物の狙いは明らかに私だった。他の人たちには目もくれなかったのだから、それは疑いようもない。

 しかし、もしかしたらあくまで私は“ついで”だったのかもしれない。本当の目的は私ではなく、この場所――精霊石だったのかもしれない。

 もし魔王が聖剣の存在、そして精霊石の存在までも知っていたとしたら、勇者たちにその力を与えないように妨害するだろう。だから各地の精霊の住処が魔王の手に落ちているのだ。そう考えると納得がいく。

 私の呟きに「なるほどねー」とマルタは頷いた。




「確かにあのとき魔物を倒しきれなかったし、結構呆気なく撤退していったから、そう言われれば納得かも」




 ふむふむ、と頷きながらマルタはあたりを見渡す。そしていつもより低いトーンで尋ねてきた。




「それじゃあ魔物がここにも来たってこと? 魔物たちに荒らされて、水の大精霊サマは力を失った?」




 マルタの問いに、すかさずウェントル様が『それは違うと思う』と答えた。




『フォンタープネの結界はかなり強力だ。オイラたちの中でもな。それにここの結界が破られた形跡もない』




 ウェントル様の言う通り、他の精霊様の姿が見えないという点を除いて、特にこの場所に変わった様子はない。荒らされた形跡も、魔物の足跡もない。

 精霊様の中でもかなり強力な結界を張る力を持ったフォンタープネ様。とすると、魔物たちはこの結界を破れなかったと考えていいだろう。それにも関わらず、フォンタープネ様の力が弱っている。

 中央に座している大樹を見上げる。過去、ルカーシュが他の精霊様から聞いた話によると、この大樹こそが朽ちて大地に還ったフォンタープネ様だという。ならばこの大樹に魔物たちが何らかの形で悪影響を及ぼしたのだろう。

 考える。結界を破れなかった魔物たちはどのような手段を取ったのか。




「結界の外から、フォンタープネ様に、大樹に影響を与えられるようなもの……」




 大樹をじっと見上げる。立派なそれは、心なしか枝先が弱っているように見えた。

 枝先から大きく太い幹、そして立派な根へと視線を移し――大樹が根差す、大地に目が行った。――あ、と、思った。




「そうだ、土!」




 思わず大声で叫んでしまう。隣に立つルカーシュとあたりに浮かんでいたウェントル様が「わぁ!」と驚いた声をあげた。

 驚かせてしまって申し訳ないと思いつつ、一秒でも惜しいと早口で言葉を続けた。実際、この瞬間にもフォンタープネ様の力は弱っている可能性が高い。




「もしかしたら、魔物たちはこの森の土に毒素を混ぜたのかもしれません。この場所は結界に守られていますが、全く別の場所――それこそ、別の時空にある訳ではなく、土は繋がっていますよね? だとしたら、フォンタープネ様の大樹の根から毒素がしみ込んで……」




 結界に守られて見えなくとも、土は繋がっている。であるならば、結界の外から土を通して結界の内へと干渉することは可能かもしれない。この毒だけで仕留めることはできずとも、弱らせ、強力な結界を緩ませる。そして弱まった結界を破り、とどめは直接下す。――そのような計画を魔王は考えたのではないか。

 結界は土に広がった毒素を防げないのか、とも思うが、事実フォンタープネ様の力は弱まっているのだ。可能性としては十分考えられる。

 私の突然の言葉に、一番に頷いて賛同を示したのはアルノルトだった。




「あり得る話だな。土を持ち帰って毒素を含んでいないか調べてみるか」




 彼の言葉に大きく頷く。そして取り急ぎ大樹の周りの土、それから結界の外の土を持って帰ることにした。

 もしフォンタープネ様が授けてくださった精霊石がその力をなくしてしまったら、ルカーシュたちは聖剣を手に入れることができない。そうなってしまうと魔王との闘いに大きな影響が出るだろう。

 それだけは避けなければ、と、私はぐっと拳を握りこんだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 毒の中和剤を作って撒く事になるのかな~
[良い点] 調合師の力の見せ所、ですね。結果的にウェントルのファインプレーになってる所がまた良いです。 [気になる点] 精霊に認められたのがラウラということはますます魔王に狙われる要素が増えてしまった…
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