126:話し合い
着替えも終え、一息ついたところで改めてルカーシュたちに「どうして、どうやってここまで来たのか」を説明する。私の纏まらない説明を聞いて、一番に口を開いたのはヴェイクだった。
「分かってたことだが、ウェントルが勝手したってことだな」
「そのようですね……」
ディオナが苦笑しつつ同意する。
一方でヴェイクは納得したようにゆっくりと頷いてみせた。
「でもまぁ、確かに嬢ちゃんが適任かもしれねぇな。一番詳しいだろ」
「ええっと、頼っていただけるのは光栄ですが、いつも湧き水をもらいに行っていただけで……」
向けられた緑の瞳に今度は私が苦笑する番だった。ウェントル様たちにも言ったが、本当に私はただあの場所を訪れた回数が多いだけで、精霊の言葉も何も分からないのだ。
――などと言ったところで、来てしまったものはもうどうしようもないが。
「それより、アンペールが外に出ても大丈夫なのか。魔物に狙われているという話だっただろう」
突然話題を変えたのはアルノルトだ。彼の疑問に答えたのはウェントル様たち精霊ではなく、マルタの明るい声だった。
「それはアタシらも変わらないからそんな気にすることないんじゃない? むしろ一緒にいた方が守りやすいっしょ。……あー、でも、匿ってもらってる村の存在知られちゃまずいか」
『それなら時空の狭間を通ってきたからだいじょーぶだぞ!』
どこからともなく現れた緑色の丸い光――ウェントル様がマルタの周りをぐるぐるとまわる。連れていかれた時空の狭間で、ウェントル様たちがおっしゃっていた言葉を信じるならばその点は安心していいだろうが――
「時空の狭間?」
アルノルトは聞きなれない単語を決して流しはしなかった。
ウェントル様は誇らしげに弾んだ声で、精霊たちが住まう場所に入口があること、そして世界各地にある入口は全て時空の狭間につながっていること、今回もその場所を通ってやってきたこと等々を語ったのだが――アルノルトの口から出てきたのは賞賛の言葉ではなく、大きなため息だった。
「危険すぎる。精霊には常識というものがないのか」
アルノルトの言葉には若干同意する。もしあの場所でウェントル様たちから手を離していたら、今頃私はここにいない。
眉間を指でおさえるアルノルトにマルタが「まーまー」と声をかけた。
「ラウラは無事だったんだからいいじゃん」
「そういう話じゃないだろう……」
アルノルトは再びはぁ、とため息をついた。そのすぐ後、こちらの様子を窺うようにちらりと視線を寄こしてきたので、無事ですとの意味も込めてゆるく微笑んで応える。そうすればなぜか再び彼の口からため息がこぼれた。
少しの沈黙の後、ルカーシュがいつもより硬い声でふわふわと浮かぶウェントル様に声をかける。
「とにかく、今回は無事で良かったけど、次からは相談して欲しいよ、ウェントル」
勇者にまで言われてしまったからだろうか、ウェントル様は声音こそ拗ねた子供のように聞こえたが、素直に『はぁい』と頷いた。
話が一段落ついたところで、さて私はどうするべきかの話になる。今すぐ村に帰った方がいいのか、それとも。
一番に提案してきたのはディオナだった。
「せっかくですから、泉までご一緒して頂けませんか? 魔物から守るためにも、一緒に行動した方がいいでしょうし」
すかさずヴェイクが「そうだな」と頷いて同意を示す。
「それがいい。俺も賛成だが――もう日が落ち始めてるから、明日にした方がいいな」
ヴェイクの言葉に窓の外を見やると、いつの間にか夕日がフラリアの街を照らしていた。その様子を見たマルタが何やらそそくさと身支度を始める。
「そんじゃ、アタシらで買い物行ってくるねー!」
マルタがそう言うとヴェイクが旅人用のマントを身に着け、顔の下半分を隠した。彼が荷物持ちなのだろうか。それにしてもなぜ顔を隠す必要があるのだろう。
不思議に思っていると、マルタから元気よく尋ねられる。
「晩御飯何がいい? ラウラが決めていーよ」
「え? えっと、それじゃあ……サンドウィッチを」
咄嗟に答えたのは私の好物であるサンドウィッチだ。マルタは「りょーかい!」と歯を見せて笑うと、ヴェイクを連れてさっさと部屋から出ていってしまった。
あっという間に話が進んで驚きつつ、私はディオナに問いかける。
「買い物は当番制?」
「いえ、マルタさ……マルタにお願いしています。荷物持ちは順番で。私たちは魔王に“顔”を見られていますから」
魔王に顔を見られている。その言葉にようやくヴェイクが顔を隠した理由を悟った。それと共に、勇者一行が皆旅人用のマントを着用していた理由も。
私が魔物に襲われたように、エルヴィーラの実験の場にいたマルタ以外の四人は、魔王に顔を見られて魔物たちの中で“指名手配”になっている可能性がある。街の人々を巻き込まないために、考えうる限りの対策をとって旅をしているのだろう。
「だからヴェイクさんは顔を隠したんだ。でも、魔物は人間の顔を認識できるのかな……」
「分からん。分からんが、ないとも限らないだろう。できる限りの対策はするべきだ。行く先行く先で他の人々を巻き込むわけにはいかない」
アルノルトの答えに「そうですね……」と頷く。
魔物からしてみれば視覚よりも嗅覚の方が鋭いのではないかと思うのだが、当然その点においても彼らは対策を取っているのだろう、と思い――ルカーシュのマントで体を拭いてもらった際、花の香りがしたな、と思い出す。
「そういう意味ではマルタが仲間になってくれて助かったよ。全員マントで顔を隠す怪しい四人組になっちゃってたから……。でもマルタは顔を出して普通に買い物できるだろ?」
あはは、と笑うルカーシュ。私の手柄では決してないが、マルタの勇者一行への合流を後押しして正解だった。
「マルタは人懐っこい性格をされていますから、すぐ店主と仲良くなりますしね。情報収集も彼女のおかげで随分スムーズになりました」
ディオナも穏やかな表情で続ける。ムードメーカーである彼女は、戦闘面だけでなく精神面でも勇者一行の支えになっているようだ。
「ヴェイクさんが下手に声かけちゃうと有名人だから気づかれたときに騒ぎになるし、僕たちはあまり初対面の人と話すのは得意じゃないしね。特にアルノルトさん」
「……否定はしないが、お前も人のことは言えないだろ」
――驚いた。あのルカーシュとアルノルトがまるで友人同士のように、軽口をたたき合うなんて。
どこか不服そうに、しかし事実を言われて頷くしかないアルノルトの何とも言えない表情がおかしくて。思わずふふふ、と笑ってしまう。見れば、ルカーシュもディオナも笑っていた。
穏やかな三人の空気にほっとする。常に魔物からの目を気にして顔を隠すなど、予想以上に険しい旅になっているようだが、仲間たちとは良い関係を築けているようだ。彼らはこれからも共に支え合い、より強い絆で結ばれるだろう。
ふと、ルカーシュの青の瞳がこちらを向いた。
「ラウラが送ってくれる回復薬のおかげで、随分楽になったよ。この前の火山でも、ラウラの火傷治しがなかったらかなりきつかった」
「ええ、本当に。その前の毒消しも、助かりました」
“私”の前世の記憶も役に立っているようで何よりだ。
「それならよかった」
しかし今までは前世の記憶が役に立っていたが、今回はそうもいかなさそうだ。「ラストブレイブ」にも精霊の飲み水は存在していたものの、あの場所に精霊は住んでいなかった。であるから当然、精霊石のことも分からない。
前世の記憶が役に立つのもここまでだろうか――と思いつつ、そういえば残りの精霊石の場所を聞いていなかった、と思い出す。
「そういえば、他の精霊様の住処はもう分かってるの?」
「ライカーラント峡谷とプラトノヴェナの近くにいらっしゃるようです」
ディオナの淀みのない答えに「なるほど」と“私”の記憶を辿った。
ライカーラント峡谷。その地名はすぐにピンとこなかったが、峡谷という単語でそんなダンジョンがあったな、とどうにか思い出した。そこには人見知りの精霊がいた記憶がある。その精霊のキャラクターが濃かったためによく覚えている。
そして――プラトノヴェナ。その地に精霊がいた記憶はない。しかし今世では馴染みのある地名だ。
友人であるエミリアーナさん、そしてその夫であるアレクさん。彼らは元気にしているだろうか。最近はめっきり手紙のやり取りも減ってしまったが、この先訪れることが確定しているのなら、ルカーシュに手紙を預けておくのも一つの手かもしれない。