125:仲間との交流
「どうしてここに?」
花の香りがする旅人用のマントにくるまれた後、火も焚いてもらい、一息ついたところでルカーシュがそう尋ねてきた。
向こうからしてみたら精霊石を探していたところに急に幼馴染が泉から出てきたのだ。訳が分からないだろう。しかし正直私も訳が分からなくて――分かりやすく伝えることを諦めて、そのまま自分の身に起きたことを伝える。
「ええっと、村まで精霊のウェントル様がいらして、それでフラリアの精霊様のことを教えて欲しいって言われて……気づいたらここに」
私の答えに、ルカーシュがバッと勢いよく振り返った。そこにはふよふよと漂う緑の光の玉が“居た”。
「ウェントル! 僕たちの話を盗み聞いただろ!」
『聞こえちゃっただけだもーん。盗み聞いてないもーん』
ふよふよと八の字を描くようにあたりを飛ぶ光の玉――ウェントル様。
ルカーシュの驚き具合、そしてウェントル様への問い詰め方に薄々分かっていたことではあるが改めて確認する。
「ルカたちが私を連れてこようって提案したんじゃない……んだよね?」
「まさか! そんなことしたら、ラウラやエルヴィーラちゃんに危険が及ぶかもしれないじゃないか」
つまりは無邪気なウェントル様がルカーシュたちの会話を盗み聞いて、連れてこようと密かに画策したということか。ルカーシュの必死な形相に驚きつつも、やはり幼馴染は私たちのことを考えてくれていたのだと安堵する。
ルカーシュがもう一度ウェントル様に向かって口を開こうとした瞬間、不意にディオナが会話に入ってきた。
「一度街に戻って、着替えられた方が良いのではありませんか? このままではラウラ様が風邪をひいてしまわれますし……」
冷静なディオナの提案に頷いたのはアルノルトだ。
「そうだな。俺の魔法で服を乾かすのも限度があるだろう」
『アヴールに頼めば? なんたって火の精霊だし!』
あはは、と笑うウェントル様はどこまでも無邪気で邪気が抜けるというか、怒る気も薄れるというか。
私の目の前に飛んできた緑の光の玉を、不躾にもアルノルトが手で払う。そしてはぁ、とため息をついてみせた。
「アンペールを丸焦げにするつもりか。やめろ」
***
勇者一行がとっていた宿屋にお邪魔して――男性陣と女性陣で分けて二部屋とっていたようで、女性陣の部屋にお邪魔して――ひとまずディオナの服を借りた。身長的にディオナの方が大きいから若干ぶかぶかではあるが、マルタの露出度の高い服を借りる勇気は流石になかった。もっともマルタも私より長身であるから、どちらにせよサイズは大きいのだが。
「ジーナにはラウラ様がここにいらっしゃると伝えてきました」
マルタに髪を拭いてもらっていたところに、ディオナがそう言いながら入室してくる。突然村から姿を消したとなると心配をかけてしまっていただろう。改めてあの“器”があってよかったと心から思う。
ディオナが淹れてくれた紅茶を飲んでほっと一息ついていたところに、マルタが問いを投げかけてきた。
「ねーねー、アタシがこの前探してた、なんでも治す水見つけたのってラウラだったワケ?」
「え?」
「ルカーシュたちに聞いたんだよね。えっとー……精霊の飲み水?」
あぁ、そういえば以前マルタがフラリアを訪れたのは精霊の飲み水の噂を聞いたからだったな、と思い出す。
「ええっと……私がと言うよりは、みんなで見つけたものですよ」
曖昧に頷けば、マルタは「んもう!」と声をあげた。思わず振り返れば、彼女はぷく、と頬を膨らませている。
自分より年上であるはずの彼女の幼い感情表現に、しかし微笑ましさを感じてしまう。マルタらしい。
「水臭いなー! 言ってよー! 勇者様の幼馴染だってこととか、世紀の大発見したこととか! 教えてくれたらアタシももーっと協力したのにさ」
「あはは……出会ったばかりでしたし」
私の答えにマルタはがっくりと肩を落としてみせる。こんなにも大袈裟ともいえる感情表現をする人物は今まで私の周りにはいなかったため、なんだか新鮮だ。マルタを知る“私”としては、懐かしい気持ちにもなるが。
「警戒心強いなー。ディーちゃんもそうだよね。未だに敬語崩してくれないし!」
「ディーちゃん?」
マルタの目線の先にいたのはディオナだ。であるからして、おそらく“ディーちゃん”とはディオナのことを指しているのだろうと察することができた。しかし「ラストブレイブ」でそのような呼び方はしていなかったはずだ、と思わず首を傾げる。
「勇者一行の中で女の子は二人だけじゃん? だから仲良くなりたくて色んなあだ名で呼んでんだよね。ディーちゃん、ナッちゃん、キラキラちゃん……」
「キラキラちゃん?」
「ディオナの力って使うときキラキラするから」
あまりに安直なニックネームに思わず吹き出してしまう。そして同時に、「ラストブレイブ」のディオナとマルタは仲こそ良かったものの、確かに最後まで敬語が崩れなかったな、と思い出していた。
「ラストブレイブ」と違うのは、今回のパーティーメンバーは女性の数が少ないという点だ。エルヴィーラの立ち位置がアルノルトに入れ替わっているから、バランスのよかった男女比が偏ってしまっているのだ。それが原因で、今世のマルタはディオナとの距離をより縮めようとしているらしかった。
「ディオナは私にもずっと敬語ですよ」
私が言えば、ディオナは苦笑した。
「もう癖みたいなものですから……」
「んー、それじゃあせめて、様付けはやめてくれない?」
マルタは尚も食い下がる。しかし、その言葉には私も同意だった。
いつの間にか私はディオナのことを呼び捨てで呼んでしまっているが、ディオナはいつまで経ってもラウラ様呼びなのだ。単純に落ち着かない。
「あ、それ賛成です。様付けとかさん付けとか、ちょっとムズムズするので」
「ほら! 一対二! 多数決!」
マルタは多数派だと分かるとなると強気でディオナに迫る。迫られたディオナは数歩後退しつつ、私に助けを求めるように目線を寄こしてきた。しかし呼び方については私もつい先ほど賛成を示したばかりなので、にっこりと笑ってその視線に応える。
ディオナは困ったように眉根を寄せて――それから、観念したようだった。数度深呼吸を繰り返した後、ゆっくりと口を開く。
「え、えっと……ラウラ、と、マルタ」
マルタが嬉しそうな顔でこちらを振り返った。その表情があまりにも喜びにあふれていたものだから、私は思わず笑ってしまう。
今後、勇者一行に新しい仲間が増える可能性も十分あり得るが、今の段階では女性は二人だけだ。いくら旅を共にする仲間といえど、女性同士でしか分かり合えないこともあるはず。お節介ながら、ディオナとマルタには仲を深めて欲しかった。
二人を笑顔で見守っていたら、不意に部屋の扉が叩かれた。反射的に「はい」と返事をすると、ゆっくりと扉が開かれる。そこに立っていたのは――アルノルトだった。
「着替え終わったか」
「あ、アルノルト、なーに乙女の部屋に勝手に入ってきてんの!」
ちらり、とアルノルトはマルタの方を見やり――ため息を一つ。そしてまるで無視するかのようにマルタの前を通り過ぎ、椅子に座る私を見下ろした。
「着替えが済んだなら、いいか。話を聞きたい」
「あ、はい」
アルノルトの後ろでぶーぶーと頬を膨らませるマルタが私は気になって仕方なかったが、アルノルト本人は耳栓でもしているのかのように微動だにしない。それどころか「行くぞ」と踵を返すものだから、反射的に私も立ち上がる。
ここまで無視され続けたマルタは流石に諦めたらしい。口を閉じ、部屋を出る私の後ろについてきた。
前を行くアルノルトの背中が、なんだか無性に懐かしい。それと同時にどこか遠く感じて、思わず声をかけてしまう。
「あの……エルヴィーラちゃんは元気ですよ。毎日のように顔を見てるからご存知でしょうけど、すっかり村の中でお姉さんです」
ぴたり、とアルノルトの背中がとまる。そして右足を半歩後ろに引いたかと思うと、半分だけ振り返った。そして、
「メルツェーデスだけじゃなく、お前もいる。心配はしていない」
――ぶっきらぼうながら寄せられる信頼に、なんだかむず痒くて、でも、悪い気もしなくて。そうですか、と知らず知らずのうちに微笑んでいた。




