124:合流
――幼馴染たちが助けた精霊様が私を訪ねてきたかと思うと、訳の分からない空間に連れてこられました。
「こ、ここ、どこですか……」
混乱のあまり、なんとか絞り出せたのはその問いだけだった。しかし私をここに連れてきた当の精霊ウェントル様には小さすぎて聞こえなかったのか、少年の姿をした精霊様は私の手を引いて中央の足場から伸びているある一本の道へと進み始める。
突然の出来事にぼうっと手を引かれるままついていってしまったが、このまま流されるわけにはいかない――とはっと我に返り、立ち止まろうとしたその瞬間だった。
『ウェントル! なぜ連れてきた!』
赤色の光の玉――それは精霊の飲み水の場所でよく見た、小さな精霊たちによく似ていた――がウェントル様の頭にボン! と勢いよくぶつかってきた。ぶつかられたウェントル様は怒ったりはせず、それどころかぱぁ! と顔を輝かせる。
「あっ、アヴール! コイツ、勇者たちが言ってたラウラ!」
紹介をされて、おそらくはウェントル様と同じ精霊様だろうと反射的に判断する。アヴール、という地名がどこのものだったか混乱する脳内で必死に探しながら、数歩赤い光の玉へと近づき――
『手を離してはならぬ!』
「へっ」
その言葉に、物理的な距離が出来たせいで離れそうになっていたウェントル様の手を反射的に握った。
『ここは精霊たちが集う時空の狭間だ。その手を離せば人間であるお主は時空に飲まれて二度と帰ることができぬぞ』
続けられた説明に私は思わず「ひぇ……」と情けない声をあげてしまう。やはりここは人間が立ち入っていいような場所ではなかったのだ。今握っているウェントル様の小さな手は、紛れもない私の命綱ということになる。
ふ、と目の前で赤色の光の玉が少年の姿に形を変えた。見た目の年齢はウェントル様と同じくらいだ。赤髪に同じく燃えるような赤色の瞳。神秘的な雰囲気を纏う少年は、私にそっと左手を差し出してきた。
「我は火の精霊、アヴールだ。同じ精霊として、ウェントルの無礼を詫びる。我とも手を繋いでおいた方が良かろう」
命綱が二本に増えた――などと無礼極まりないことを思いつつ、アヴール様の手を握った。そこでようやく思い出す。アヴールとはつい先日ルカーシュたちが行くといっていた火山の名前だ。火の精霊と名乗ったことからも、彼が火山を住処にしていた精霊なのだろうと予想が付く。
多少は先ほどより落ち着きを取り戻したところで、改めてあたりを見渡す。上空には穏やかな空。足元には世界各地の街並み。普通ではありえない光景に、先ほどアヴール様が言っていた「ここは時空の狭間」という言葉をしみじみと噛み締めた。
それにしても、中央の足場から繋がっている細い道たちは、一体どこに通じているのだろう。
「あの、先ほどここを時空の狭間とおっしゃってましたよね?」
「あぁ。この空間は我々の精霊の住処に繋がっている。あの道を行けば我の住処であるアヴール火山に、あの道を行けばウェントルの住処であるウェントル洞窟に」
アヴール様は一つ一つ指さして丁寧に教えてくれる。その説明に、少しずつこの場所のことが分かってきた。
精霊の住処は全て繋がっている、ということなのだろう。そして精霊であればこの時空の狭間を通って、好きなように住処を行き来できる。だからウェントル様は私を一度この場所に連れてきて、精霊の飲み水の場所まで一瞬で移動してしまおうとしたのだ。
こんな設定「ラストブレイブ」にはなかったな、などと考えながらあたりを見渡す。するといくつかの細い道が崩れて先に進めなくなっていることに気が付いた。
「あちらは……?」
「今は魔王の手に落ちている場所だ」
アヴール様の端的な説明に納得する。
それにしても、中央の足場から伸びている道は精霊石の数の五つよりずっと多い。精霊石を持っているのは精霊の中でも立場が上の精霊で、その他の精霊の住処にもこの場所から行けるのだろうか。そう考えると世界中にワープポイントがあるような話になり、かなり便利だ。
「フォンタープネの泉へは、この道を進めば行くことができる」
アヴール様の説明になるほど、と頷いて道の先に目線をやる。細い道の先には光が広がっていた。その先の景色は見えないが、おそらくあの光に飛び込めば精霊の飲み水の場所へと行けるのだろう。
ウェントル様が急かすように私の手を引く。そのままついていく――前に、確認しなければならないことがあるのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。私は今魔物に狙われているみたいで、今匿ってもらってる村の場所が魔物に知られでもしたら――」
「大丈夫! ここまでは流石に魔物も入ってこれないからな!」
私の不安などお見通し、と言わんばかりにウェントル様は笑う。その言葉を疑う訳ではないのだが、万が一匿ってくれているジーナさんたちに何かあったらと思うと、どうしても不安は拭いきれない。
「ここを通れば魔物も流石に足取りは辿れん。それに貴様が身を隠している村には精霊の住処――入口がある。帰りもここからその入口に向かっていけば良い」
アヴール様の言葉に私は目を丸くした。それと同時に、ウェントル様が「この村には入口がある」などと言っていたな、と思い出す。あの時はそれどころじゃなかったために流してしまっていたが、精霊様二人の言葉を信じるに、この時空の狭間から直接、あの村に帰ることができるということだろうか。
「あの村にも精霊様が住まわれているんですか? お姿を見たことはまだ一度もなくて……」
「聖なる力が満ちている場所には、精霊が生まれるのだ。あの村に生まれた精霊は弱く、力の強い者にしか見えないだろうがな」
つまりは私の目には見えていないが、精霊様がいるということか。ともかく直接村の中に帰ることができる――外から村に入るところを魔物に見られることがないのであれば、村の場所を知られる可能性はぐんと低くなるだろう。万が一フラリアで魔物に見つかっても、この時空の狭間に逃げ込んでしまえば魔物たちはもう追ってこられない。
道の先、光を見やる。心は揺れていた。
「ルカーシュたちはもうフラリアに?」
「あぁ。今まさにフォンタープネの泉にいるようだ」
私が行ったところで役に立てるとは限らない。それでも、ほんの些細なことでも、助けになれたら。
思わず一歩、前に出ていた。それを見逃さなかったウェントル様がニカッと笑い、私の手を引いて駆け出す。
「ラウラ、行くぞ!」
「わわっ、ちょっと!」
手を絶対に離してはいけない。その思いから、私はウェントル様とアヴール様の手を強く握り、駆け出した。
どんどん光が近づく。その眩しさに目を開けていられなくなって、思わず瞼を閉じる。握った手のぬくもりだけを頼りに、私はひたすら走った。走って、走って――この場所に来たときに感じた浮遊感に再び包まれる。
ふわふわとした感覚に身を任せ、数秒の後――大量の水が頭上から降ってきた。突然のことに目を見開く。そこで気づいた。大量の水が降ってきたのではない、自分は今、水の中にいる。――光の先につながっていたのは、精霊の飲み水の中だ!
私は慌てて上を見やる。精霊の飲み水は今はもう、泉というほど大きな水源ではない。湧き水と言った方が近い。――そのはずなのに、なぜか水面が遠い。
こんな深い泉があの場所にあっただろうか、と疑問に思いつつも、とにかく水面に向かって泳ぎだす。いつの間にか両手は自由になっていた。ウェントル様とアヴール様はどこに行ってしまわれたのだろう。
ぷは、と水から顔を出す。瞬間、“水底”に足が付いた。あれ、おかしいな、と足元を見やり――
「――ラ、ラウラ?」
聞きなれた声に、顔を上げた。――そこには青の瞳を真ん丸にしてこちらを見つめる幼馴染が立っていた。
アヴール様がルカーシュたちは今まさに泉の場所にいるとおっしゃっていたな、と思い出しつつ、突然で思いもよらない再会に固まるルカーシュに声をかける。
「えっと……久しぶり、でもないか。ルカ、元気?」
私の声を聞いて、幻覚の類ではないと確信したのかルカーシュは勢いよく駆け寄ってきた。そしてその勢いのまま、私の腕をぐっと握る。
「びしょ濡れじゃないか、はやく上がって!」
ルカーシュの手を借りて水場から出た私は、当然のことながらびしょ濡れで。幼馴染が旅人用のマントで私の体を拭いてくれている間、騒ぎを聞きつけた仲間たちが集まってきた。
寒くないかとしきりに心配をしてくれるルカーシュ、驚きつつもすぐに魔法で火を焚いてくれたアルノルト、身に着けていた旅人用のマントと手持ちのタオルで体を拭いてくれたディオナ、周りへの警戒を一人で担ってくれたヴェイク、どうしてここにいるのと誰もが聞きたかったであろう問いを一番に投げかけてくるマルタ。
彼らの姿を見ながら「本当に来ちゃったんだなぁ」と他人事のように思った。




