119:相談
――その後、私の無事をアイリスたちに伝えてくれた騎士団員が駐屯地まで戻ってきたかと思うと、
「ラウラさん!」
「ラウラー!」
なんとバジリオさんとアイリスも一緒だった。
彼らは私の姿を見つけるなり駆け寄ってきて、ほっと息をつく。その様子に随分と心配をかけてしまったようだ、と反省した。
「ご無事で良かったです。姿が見えなかったから……」
「ごめんなさい、心配かけちゃいましたね」
ふと、バジリオさんの視線が私の背後に向かった。どうしたのだろう、と振り向けば、そこにはニコニコ笑っているマルタが立っていて。
突然の見知らぬ少女の登場に、バジリオさんはアイリスを庇いつつ訝しげに尋ねてくる。
「……そちらの方は?」
「アタシはマルタ! ラウラの弟子?」
「弟子だなんてそんな……後輩です」
私の答えにマルタは「へー!」と声をあげ、興味津々と言った様子だった。王属調合師という存在が珍しいのだろうか。
マルタの軽快なトークに警戒していたバジリオさんの表情も解けていき、アイリスとマルタはあっという間に打ち解ける。マルタはどうやら王属調合師の業務に興味があるようで、矢継ぎ早に質問をしていた。
その様子を眺めていたら、不意にオリヴェルさんが近づいてきた。そして私にしか聞こえない小声でそっと囁いた。
「ラウラちゃん、今回の件ですが、おそらくルカーシュくんの耳に入ります」
ハッと顔を上げてオリヴェルさんを見る。
今回のことがルカーシュの耳に入る。それは望んでいる展開ではない。
「でも……」
「エルヴィーラちゃんに何かあったらアルノルトに伝えるよう言われてるんです。ラウラちゃんのように、エルヴィーラちゃんも魔物に狙われるかもしれないとアルノルトに伝えたら……ルカーシュくんの耳にも」
アルノルトの耳に入れば、当然ルカーシュの耳にも入る。共に旅をしているのだから当然だ。
分かってはいるのだが、どうしても、と食い下がってしまう。
「私の部分を伏せて伝えることは……難しいですよね」
「難しいですし、報告したほうがいいと思いますよ。ラウラちゃんに何かあってから知ったら、きっとルカーシュくんもアルノルトも悲しみます」
オリヴェルさんの言葉にぐっと押し黙る。
彼の言っていることは正しいし、ここでごねて迷惑をかけるのは本意ではない。ふぅ、と一つ息をついて頷いた。
「変に黙ってるのも不自然ですしね……分かりました。ただ怪我はしてないことは忘れず伝えてくださいますか?」
「もちろんです」
オリヴェルさんは微笑む。
その笑顔に安心して、つい弱音をこぼしてしまう。
「でも、これからどうしたらいいんでしょうか」
ルカーシュたちが魔王を倒すまで、きっと私の許に魔物は送りこまれてくることだろう。だとしたら一刻もはやく彼らに魔王を討伐してもらうことでしか、根本的解決にはならない。しかしそう簡単な話ではないのは、“私”が一番知っている。
王都に身を隠す? しかしそれでは私のせいで王都を、そして王都に住む人々を危険に晒すことになってしまうのではないだろうか。王都が落ちればこの国は大きく揺らぐ。勝てる戦いも勝てなくなる。それだけは避けたい。ならば、私はどこにいればいい?
「だから護衛雇った方が良いって」
私の呟きに答えたのはマルタだった。彼女は事情を知らない第三者であるが故に、躊躇いなく正解を突きつけてくる。
護衛を雇うには当然お金がかかる。王属調合師助手という職業はそれなりに給料は出るし、貯金もしているが、それでも長期間優秀な護衛を雇うのは厳しい。
ううん、と唸っていると、バジリオさんが遠慮がちに声をかけてきた。
「護衛って……何かあったんですか?」
一瞬正直に言うか迷ったが、私が魔物に狙われるとなると一番危険なのは後輩であり行動を共にするバジリオさんとアイリスだ。素直に話した方がいいだろう、と判断し、口を開いた。
「どうしてか私が魔物に狙われてしまって。もしかしたらこれからも私を狙って魔物の襲撃があるかも……」
「えぇっ! でしたら王都に戻られた方がいいんじゃありませんか?」
「でも調合のためにここに来てるわけですし……それに王都に帰ったら、今度は魔物が王都にやってくるかも……」
「そうはいっても、なにか手を打たないと……」
バジリオさんはそこで押し黙る。彼もその“手”が思いつかないのだろう。
再び訪れた沈黙に、ゆっくりとアイリスが近づいてきた。そして何か言いたげに見上げてきたので、目線を合わせるように少しだけ膝を曲げる。するとアイリスは私の耳に手をあてて、内緒話をするような声音で問いかけてきた。
「リーンハルトに相談してみる?」
――なるほど、ルストゥの民か。
確かに彼らは長い間魔王・魔物と戦ってきた一族だ。私なんかよりよっぽど知恵があるだろう。
私は小さく頷いた。
「うん、お願いしてもいい?」
アイリスはなぜだか嬉しそうにはにかんで大きく頷く。とりあえずは彼らに頼ってみよう。何かしら新しい道が見えてくるかもしれない。
そうだ、それにカスペルさんの指示も仰がなくては。リーンハルトさんへの相談も含め、今はどちらも返事待ち、ということだ。
オリヴェルさんを見やる。彼に私とアイリスの会話は聞こえなかったはずだが、私たちの間で話がまとまったことを察してくれたらしい。何も聞かず、ただ頷いてくれた。
「今王都に伝令を出しています。王都から返事があるまで、とりあえずは駐屯地で過ごしてください」
「ありがとうございます……」
迷惑をかけてしまうことへ対する申し訳なさと、オリヴェルさんたちが護衛してくれることへの安心感と、両方を抱きながらゆっくりと頭を下げた。
予想していなかったまさかの展開に、私が一番驚いている。私のせいで誰かを巻き込むことだけは避けたい。しかし自分が犠牲になれば、悲しんでくれる人がいることも知っている。
どうにか一番いい道を見つけなくては、と気合を入れるためにぱん、と頬を叩いた。
この世界で私はラウラ・アンペールとして、これからも生きていくのだ。きっと今が踏ん張り時だ。
***
「よ、ラウラ先生。災難だったな」
――魔物の襲撃からそう日を置かずに、すぐにレオンさんとジークさんが私の許を訪ねてきてくれた。彼ら二人も忙しいだろうに、嫌な顔一つせず私に寄り添うように声をかけてくれる。
「レオンさん、ジークさん、ご無沙汰してます。わざわざすみません」
目礼すれば、彼ら双子は恐縮するように首を振った。実験以降会う機会はなかったが、ルストゥの民の街は多少は落ち着いただろうか。慌ただしいときだろうにわざわざ来てもらってありがたい一方、申し訳ない。
前置きはなしに、ジークさんはいきなり本題に切りこんできた。
「お話は伺いました。以前お越しいただいた街とはまた別の我々の村に来ますか?」
「……え?」
「俺たちが幼い頃暮らしていた小さな村です。まだ場所は魔物に割れていませんし、世間から身を隠すため、強い結界を張っています。そこにエルヴィーラさんたちと一緒に身を隠されますか?」
淀みのない口調だった。そうした方がいい、と言外に言われているように感じた。
ルストゥの民は生き残るために一つの場所に固まっているのではなく、あちこちに点在していると聞いた。だから私たちが以前招かれた街以外にルストゥの民の村があるのは想定の範囲内だ。
しかし、その村で身を隠さないかという提案は想定外だった。
ありがたい申し出だ。前回のようなこと――内部の人間が魔物に操られ結界が緩むようなこと――がなければ、王都より更に守りの固い場所であるはずだ。しかしそれ故、そんな平和な村で暮らす人々を巻き込むようなことはあってはならない。
「でも私が行ったことで、その村が危険になる可能性も――」
私の言葉をジークさんは穏やかな笑みを浮かべて遮った。
「我々がラウラ先生に出来る事はこれぐらいですから。お気になさらないでください。それにちょっとやそっとの魔物じゃあの村の結界は破れません」
安心してください、とジークさんは重ねて言う。
――彼らルストゥの民の提案に頷くのが最善の道ではないか、と思い始めていた。強い結界に守られた村で、魔物と戦い続けてきた一族に保護してもらう。そう聞けばルカーシュも、そして妹を心配するアルノルトも安心だろう。
ただ一点、気になるのは調合師の仕事をどうするか、ということ。こちらはまだ、カスペルさんからの指示を待っている状態だ。
「あの、上司に相談してからでもいいですか?」
「もちろんです」
ジークさんとレオンさんが同じ顔で笑う。その笑顔がディオナに似て見えて、あぁ今頃勇者一行はどこで何をしているのだろう、と漠然と思った。




