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118:今後の対策




 ――トレジャーハンター・マルタの腕は大したものだった。複数のナイフを巧みに使い、次々と躊躇いなく魔物を倒していく。お宝を求めて時には深い森や洞窟に足を踏み入れる彼女は、魔物と戦い慣れているのだと「ラストブレイブ」で仲間に加わったときに話していた。

 そんなマルタとシュヴァリア騎士団の副団長であるオリヴェルさんが一緒に戦えば、向かうところ敵なしだ。次々と魔物は倒れていき――オリヴェルさんの剣が言葉を話していた魔物の腹を貫いたその瞬間、残っていた魔物たちは文字通りしっぽを巻いて逃げて行ってしまった。

 この状況には覚えがある。あれはアルノルトと共に北国・プラトノヴェナを訪れたときのことだ。プラトノヴェナ領主・アレクさんから聞いただけで実際にこの目で見てはいないが、プラトノヴェナを襲った魔物たちも言語を話す魔物ボスを倒したところ、他の魔物は撤退したのだと言っていた。




「あれ、逃げてく……リーダー倒したから? まっ、いいや。さーてと、物色物色……」




 マルタはこの場には不釣り合いなほど明るい声で呟くと、倒した魔物たちの体を調べ始めた。毛皮を剥いでお金にかえるつもりだろう。「ラストブレイブ」の彼女もよくやっていた。

 懐かしい気持ちに駆られながらマルタの後ろ姿を眺めて――ハッと我に返った。このままではまた魔物が私を襲ってくるかもしれない。

 オリヴェルさんを振り返り、問いかける。




「私はどこにいたら……」


「そうですね……とりあえず駐屯地へ。マルタさん! 改めて謝礼を申し上げたいので、ご一緒して頂いてもよろしいですか?」




 オリヴェルさんの判断通り、その後私とマルタは彼に連れられてシュヴァリア騎士団のフラリア駐屯地まで一時的に避難した。魔物に襲撃されたとあって、当然駐屯地は慌ただしい。




「街内の魔物は?」


「おそらく撤退したかと思われます。現在手分けをして見回り中です。街の人々の避難は済んでいます」




 他の団員からオリヴェルさんへの報告を盗み聞く限り、現在はもう魔物の姿は街内に見られないようだ。安心した。

 それと同時に、やはり魔物たちの狙いはこの街ではなく私だったのではないかという思いが強くなり、思わず身震いする。あの実験の際顔を覚えられ、自分に苦痛を与えた人間として魔王は私を狙うよう部下に指示をしているのだろうか。信じたくはないが、魔物が放った言葉からしてその可能性が高い。

 ずっと見張られていたのだろうか。王都にはフラリアよりも強い結界がはられているし、騎士団の人数も多い。それ故手が出せなかったが、今回のフラリア支部への出張という魔物たちにとっての思わぬチャンスが訪れ、奇襲をしかけてきた。

 想像を巡らせて――アイリスとバジリオさんの顔が不意に脳裏を過った。彼らは私の前を走っていたし、おそらく無事だろう。しかし避難所に私の姿が見つからず、心配をかけているかもしれない。

 手間をかけてしまう申し訳なさから、恐る恐る口を開いた。




「あの、アイリスとバジリオさんに無事を伝えたいのですが……」


「分かりました。兵士に伝言を頼みます」




 オリヴェルさんは嫌な顔一つせず、それどころか私を安心させるように優しく微笑んで頷く。双子だから当たり前だが、その表情はメルツェーデスさんによく似ていた。

 その後もオリヴェルさんは忙しなくあちこちに指示を飛ばす。その様子をマルタと同じソファに座りながらぼうっと眺める。

 指示だしが一段落したところでオリヴェルさんは机を挟んで向かい側の席に座り、ゆっくりと口を開いた。




「改めて助かりました、ありがとうございます、マルタさん」


「いいっていいって、人は助け合わなきゃだからね〜。ってことで、はい!」




 あはー、と笑いながらマルタはオリヴェルさんに向かって手を差し出す。オリヴェルさんは目の前に出されたマルタの手をじっと凝視して、それから首を傾げた。




「……この手は?」


「助けたからにはそれなりの見返りを、ねぇ?」




 ――あぁ、“私”の知っているマルタだ。

 彼女は情に厚く人助けをよくしていたが、お金に目がなく助けたからにはその分お代をもらっていた。一部のキャラクターからは守銭奴などと罵られていたが、彼女がお金に執着するのは幼い頃のトラウマ故で、その事実は中盤イベントで明かされる。

 マルタの過去を知る前から、私はお金にがめついながらも明るくどこか憎めない彼女が大好きだった。

 困惑するオリヴェルさんとにっこり笑うマルタがおもしろくて、私は思わず笑ってしまう。そして彼女へのお礼に、と試作品を複数本鞄から取り出した。興味を持っていたし、これで手を打ってくれないだろうか。




「これがお礼になるかは分かりませんが……よろしかったら、どうぞ」


「何これ?」


「さっき私が魔物に投げた毒薬です。魔物に効果てきめんですよ」




 マルタは目を輝かせて試作品を受け取る。そして室内の照明に透かすようにして、右から左から、上から下から試作品を眺めた。




「そうそう! これ、どうやって作るの?」




 そういえば作り方を教えてくれと言われていたことを思い出す。

 誰にも話せない秘密がある、というわけではないが、それでも赤の他人――将来的にはルカーシュにとってかけがえのない仲間になるとしても、現時点では赤の他人――に精霊の飲み水やら勇者の力やらのことを教えるのはどうしても躊躇う。

 私は苦笑でその場を濁す。




「えっとー……こればっかりはご勘弁ください」


「えぇー、キギョウヒミツってやつ?」


「まぁ、そんなところです」




 “私”の知るマルタはコミュニケーション過多で些か強引な部分はあるが、それでも人が本当に嫌がることはしなかったし、越えてはいけない一線はしっかりと把握していた。おそらくはこれ以上踏み込んでくることはないだろう、と期待して、




「じゃあしょーがないか。あっ、ねぇねぇ、だったらさ、なんでラウラは魔物に追われてたの? 明らかにラウラ狙いだったよね?」




 もう一つの突かれると痛い点を突かれて、苦笑を深めた。

 私は若干大袈裟に首を傾げてみせる。分かりません、と体全体で表現するように、眉間にも少しの皺を寄せた。




「それが、私にもよく分からなくて……もしかしたらって予想はあるんですけど」


「まぁどんな理由にせよ、護衛つけたほうがいいんじゃない? そこでアタシはどう? 結構腕は立つけど」




 マルタの提案に彼女らしい、と笑みがこぼれる。

 実際問題、彼女の提案は検討に値するものだった。魔王討伐に忙しいルカーシュたちを頼るわけにはいかない。魔物が強くなり人手不足のシュヴァリア騎士団に保護してもらうのも気が引ける。そんな中で、腕の立つ彼女に護衛を頼むというのは一つの解決方法であるように思えた。

 しかし――出会ってしまった以上、この世界にもトレジャーハンターのマルタ・ムルシアがいると分かった以上、彼女には“勇者の旅”に同行してもらった方がいいだろう。

 それと悲しいことに護衛の報酬を支払うのは中々厳しいものがある。




「報酬が怖いですね」


「そりゃーね。でもラウラ、その制服って王属調合師のやつでしょ? ってことは、お金持ってるじゃん!」


「検討します」




 にっこり笑ってそう言えば、マルタは面白くなさそうに唇を尖らせた。




「ちぇっ。でもさ、現実問題、対策は練ったほうがいいんじゃないの? また魔物に狙われたときに周りを巻き込むかもしれないし、最悪死ぬかもしれない」




 マルタの言うことはもっともだった。魔物に狙われていると分かった以上、何か対策を練らなくては。周りの人を巻き込むことだけは避けたい。

 今後のことを考えると頭が痛い。回復薬を作りながら、幼馴染たちの帰りを待っていたかったのに、それは叶わないのだろうか。




「……ラウラちゃんのことは、シュヴァリア騎士団で保護を」


「それが現実的なのかなー」


「でも、ただでさえ魔物との戦いで人手不足なのに……」




 そこではっと気が付く。私が狙われているということは、もしかするとエルヴィーラも同様に狙われているかもしれない。

 私は慌てるあまり立ち上がり、オリヴェルさんに訴えかけた。




「それより、エルヴィーラも同じ状況かもしれません! 早く連絡しないと!」


「大丈夫、伝令は既に飛ばしています。メルと一緒にまだ王都にいますから、安全なはずです」




 自分のことで頭がいっぱいだった私よりずっと先を考えてオリヴェルさんは行動してくれていたようだ。彼の微笑みに、ほっとソファに再び腰かける。

 王都にいるときは襲われなかった。となるとやはり王都は現段階では安全と見ていいのだろうか。しかし、魔物たちは虎視眈々と襲うタイミングを狙っていることだろう。私やエルヴィーラが王都にいると、いつ王都が襲われてもおかしくないという状態になってしまうかもしれない。

 考えれば考えるほど行き詰まる。とにかく一旦王都に帰り、今後の対策をカスペルさんとも話し合うべきか――と考え、私にフラリア支部への出張を命じたカスペルさんの疲れきった表情を思い出した。

 カスペルさんはきっと私が王都へと帰り、身を守ることを勧めるだろう。しかしそれではこのフラリア支部で誰が私のかわりに回復薬を調合するのか。ただでさえ人手不足なところに、更に迷惑をかけてしまうのは気が引ける。




「私も王都に戻った方がいいんでしょうか。でも回復薬の調合のために出張を命じられた身なのに……」


「そんな命令よりラウラちゃんの命が大事でしょう。僕から話は通しますから、一度王都に戻る方向で考えましょう」




 オリヴェルさんはそう言い切って、「手紙を書いてきます」と席を立った。離れていく凛々しい後ろ姿を眺めながら、本日何度目か分からないため息をつく。

 このような展開になるとは、正直予想外だった。ルカーシュが旅立てば私は脇キャラ――ただの調合師として、英雄たちの帰還を信じて待つことしかできないとばかり思っていたのに。まさかこういった形で巻き込まれてしまうとは。




「ラウラ、何歳?」




 不意に隣に座るマルタが尋ねてきた。突然の問いに「わっ」と一度驚きつつも答える。




「十五……じゃなかった、十六歳です」


「あはー、アタシより一個下じゃん。大変だね、国家に勤める人は」




 そう言われてしまっては「あはは」と苦笑で流すことしかできない。悠々自適に世界各地を旅して生活しているマルタからしてみれば、私のような国に属する職業はひどく窮屈に見えるのだろう。

 マルタは少しの間考え込むように顎に手を当て――「あ」と名案を閃いたのか、笑顔で口を開いた。




「ね、ね、いっそのこと勇者サマとやらを頼ったら?」


「へ?」


「この前、魔王倒すために旅立った勇者サマ! よく知らないけど、魔物に強いんじゃないの?」




 マルタの言うことは真っすぐで、正しくて、だからこそ私は素直に頷けなくて。

 ルカーシュやアルノルトに頼るのが一番良いのではないか、と薄々私も思っていた。しかしただでさえ世界の命運を背負っている彼らに、余計な心配はかけたくない。それに伝えようとしたって、日々旅をしている彼らが今どこにいるのか特定するのは困難だ。

 伝えなかったらきっと「なんで黙っていたの」と怒られるだろう。しかし私自身と世界を天秤にかけたとき、どうしたって天秤は後者に傾く。

 ルカーシュたちに頼る以外で何かいい案はないか、とにかく考えよう。どうしてもいい案が見つからないときは――彼らを頼るしかないかもしれないが。




「でも魔王倒すだけで大変でしょうから」


「そーなのかな。助けてくれないのかな、勇者サマ」




 マルタの言葉に、「ラストブレイブ」のあるシーンを思い出す。

 それは魔物に襲われすっかり崩壊してしまったある村を訪れたときのこと。どうして助けてくれなかったの、と泣きながら勇者に詰め寄る少女がいた。

 そのシーンを見た“私”は少女を気の毒に思いつつも「全員を助けるのは無理な話だ」と冷めたことも思っていた。犠牲を出していい、という話ではない。しかしいくら勇者の力を持っていようと、世界中の人たちを一人残らず魔物の手から守るというのは現実的に考えて無理に決まっている。

 今も必死に頑張っているであろう幼馴染たちの姿が脳裏に浮かんで、私は若干ムキになって言い返してしまった。




「助けてくれないんじゃなくて……ただ、全員を助けるのは難しいって話です」




 思いの外語気が荒くなってしまったが、マルタは特に気にすることなく「まぁそっか」と頷いた。




「いちいち助けてたらキリないもんね。アタシ達で出来る事はやって、勇者サマには魔王討伐に集中してもらわないと」




 どうして助けてくれなかったの。

 今回の旅の中で、ルカーシュがそんな言葉を投げつけられることもあるかもしない。心優しい幼馴染はその言葉を真正面から受け止めて、傷つき、悩むだろう。




(……難しいな)




 例えば私が両親を魔物に殺されてしまったとして、全てが終わった後、村に勇者だという青年がやってきたら、もしかしたらそのような言葉を投げつけてしまうかもしれない。少女の気持ちも分かる。しかし、勇者の幼馴染という立場からしてみれば、彼に必要以上に傷ついて欲しくないと思ってしまうのだ。

 勇者は神ではない。ちょっとだけ特別な力を与えられた、ただの人間だ。

 どうか幼馴染が心を痛めることがないように、彼を仲間たちが支えてくれるように。そう祈った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] マルタ、やっぱりいいキャラしてますね!(うっかり丸太と変換してしまうのが玉に瑕) 自分の命が危なかったのに、直後に後輩や他の人のこと考えられるのすごいと思います。 そして、ルカーシュと一…
[一言] 全てを助けることは出来ない、難しい問題ですよね。
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