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12:お揃いのブレスレット




 ‬王都に滞在する最終日。午後の馬車で私たちはエメの村へと帰ることになっている。

 ‬アルノルトはあれから宿屋に帰ってこなかった。どうやらもう既に王城に部屋を用意してもらったらしい。あの後メルツェーデスさんが王城に赴き、そのときの様子を今朝教えてくれた。

 ‬「ラストブレイブ」の設定に則るならば、の話だが、アルノルトの両親――つまりエルヴィーラの両親――はある森の奥深く、エルフの村で暮らしていている。エルフに対する人種差別はこの世界に存在しないが、寿命が違う種族同士が結婚し共存するのは難しい。そのためエルフは各地にエルフの村を作り、種族で固まっている人々が多かった。

 ‬なにが言いたいのかというと――アルノルトはご両親や妹・エルヴィーラに報告したのだろうか。今までも親元を離れて修行をしていたのだから、王属調合師見習いになったからといってそう環境は変わらないのだろうが、王城で暮らす前に、一度会いたいとは思わなかったのだろうか。




「ラウラ!」


「ルカ、待ってよ!」




 ‬――アルノルトのことはさておき、私はルカーシュに手を引かれてようやく王都を観光出来ている。




「ここのお店なんだけど……ラウラ、こういうの好きじゃない?」




 ‬ルカーシュが昨日言っていた「私が好きそうなお店」とは、可愛らしい雑貨屋だった。外装からしてとてもファンシーだ。

 ‬――こんなお店、「ラストブレイブ」にあったっけ?

 ‬一瞬脳裏をよぎったその疑問を、しかしすぐに私は投げだした。

 ‬メタ的な思考になってしまうが、「ラストブレイブ」のゲームの性質上、武器屋・防具屋・道具屋しか“主人公”には必要ない。ゲームの中であればそれで構わないが、私が生きている今は現実だ。その3つ以外の店も需要があるはずだった。

 ‬そう、昨日アルノルトに奢ったジュースバーだって、「ラストブレイブ」には存在しなかった。しかしそれはシッテンヘルムの消えた噴水広場とは違い、自然な変更点のように思えた。


 ‬ルカーシュに手を引かれて、雑貨屋へと足を踏み入れる。店内はパステルカラーに溢れ、年甲斐もなくはしゃいでしまう。

 ‬同世代の女の子、いくらか年上の女の子――とにかく店内にはたくさんの女の子の姿が見られた。彼女たちの付き合いできているのか、男の子もちらほらいる。




「わっ、かわいい! ‬お土産に買って帰ろうかな……」




 ‬入り口すぐ近くの陳列棚に並んだ小さなテディベアを見つめながら、呟く。エメの村にはこんなファンシーなぬいぐるみは入ってこないから、お土産に買って帰ったらペトラ達も喜んでくれるはずだ。

 ‬あちらにこちらに、と目移りしてしまう私を見て、ルカーシュは満足げに微笑んだ。


 ‬――時間を忘れて、このファンシーな空間に溺れてしまった。エメの村にはない鮮やかな“色”だ。エメの村では見られない“かわいさ”だ。

 ‬前世と合わせて30年以上生きているとはいえ、こういったものにはしゃいでしまうとは、私もまだまだ女の子、なのかもしれない。

 ‬一通り店内を回り、お財布と相談しながらお土産を買う。その最中ルカーシュは私の後ろについて回っていたのだが、レジにまでは付いてこなかった。

 ‬会計が終わった後、レジからそう遠くない陳列台の前にルカーシュの姿を見つけ、駆け寄る。




「この後、ジュース飲まない? 昨日‬美味しいお店を見つけたんだけど……」




 ‬喉が乾いた、と同時に昨日アルノルトに奢らされたジュースバーの存在を思い出し、ルカーシュに提案した。

 ‬私の言葉に彼は元気よく頷くと思いきや、




「あ、うん。母さんたちにお土産買っていくから、ちょっと先出ててくれる?」




 ‬後ろ手にこそこそと何かを隠しながら、そう微笑んだ。

 ‬明らかに隠し事をしていると分かる態度だったが、特に問い詰めるまでもなく言われた通り先に出ていく。店の扉を開ける際にちらりと店内を振り返れば、慌ててレジへ駆け寄るルカーシュの姿が確認できた。

 ‬何か買ったことに間違いないが、なぜ私にそれを隠すような真似を?

 ‬疑問に思いつつ、店先のベンチに座って待つ。自然と、街行く人々を観察していた。

 ‬身なりのいいご婦人。パンを売り歩く少女。仲睦まじげな夫婦。鎧を身に纏った若者。剣を腰に挿した男性――やけに戦士や冒険者の姿が目に付いた。その数も心なしか多いように思える。

 ‬魔物が増えているのだろうか。

 ‬今のところ、そういった話は聞かない。しかしルカーシュが旅立つまで、あと4年と数ヶ月。思ったよりもずっと、“その時”は近づいてきている。

 ‬ルカーシュなら、大丈夫。

 “‬私”はそう“知って”いるけれど、やはりいざ現実になるかと思うと――




「ごめんね、待った?」




 ‬いつの間にやら俯いていた私に、ルカーシュの声がかかった。パッと顔を上げると、彼の金の髪が太陽の光を反射して視界の隅で煌めく。

 ‬見上げた先の笑顔に、微笑み返した。




「ううん、大丈夫。すぐそこなの、行こ」




 ‬***




「ラウラ、これ」




 ‬ベンチに腰掛け、買ったリンゴジュースに口をつけようとした、その瞬間。目の前にシャラ、と綺麗な音を立ててブレスレットが差し出された。

 ‬差し出して来た人物はもちろんルカーシュだ。目の前で揺れるそれは、とてもシンプルなデザインで、かわいいというよりは綺麗だった。




「……ブレスレット?」


「さっきのお店で買ったんだ。おそろい」




 ‬そう笑ってルカーシュは自分の右手首を見せる。そこには私に差し出したブレスレットと同じものが輝いていた。

 ‬私はルカーシュからブレスレットを受け取り、陽の光に透かしてみる。キラキラと輝く金に、埋め込まれた小さなルビーがアクセントになっていた。高価なものではないだろうが、そこまで安いものでもなさそうだ。




「ありがとう。でもどうして?」




 ‬問いかける。

 ‬今日は私の誕生日でもなし、プレゼントを贈られる理由が私には見つけられなかった。




「……メルツェーデスさんに街を案内してもらいながら色々聞いたんだ、王属調合師のこと」




 ‬その瞳に寂しげな色が滲んだ。




「ラウラが頑張ってるのは知ってたし、王属調合師がすごい職業なんだってことも、分かってたつもりなんだけど……話を聞いてくうちに、なんだかラウラが遠くに行っちゃったように思えて」




 ‬ぽつり、ぽつり、と心のうちを吐露するルカーシュ。

 ‬彼が将来私と離れることを寂しいと思ってくれているのはなんとなく分かっていたが、今回の観光でその“将来”を改めて感じたのかもしれない。小さくなっていく言葉尻に、今日までルカーシュをメルツェーデスさんに任せきりにしてしまったことを後悔した。

 ‬私のためについて来てくれたのだから、私も彼のために時間を確保するべきだった。




「14になったらラウラは村を出て、ここで暮らすんでしょ? ‬そうなったときに、僕なんか忘れられちゃいそうだなって思ったんだ」


「そんなこと――!」




 ‬今まで黙って聞いていたが、聞き捨てならない言葉に立ち上がって反論する。そんな私を宥めるようにルカーシュはにっこりと微笑んで、「悲観的なんだ、僕」そう肩を竦めた。




「もちろん、ラウラが僕のことを忘れるような子だって思ってる訳じゃないよ。ただ、僕が勝手に不安になっただけだから……」




 ‬そんなことありえないのに。私達は幼馴染なのに。

 ‬脳裏に浮かんだ言葉達は、しかし今私が口にしてもルカーシュの不安を取りぞくには不十分だと思い飲み込んだ。きっと今私がルカーシュにしてあげられる1番のことは、ブレスレットを笑顔で受け取ることだ。

 ‬――「ラストブレイブ」のラウラも、今のルカーシュと似たような不安を抱えていたのだろうか。村を離れ戦う幼馴染の身を案じ、この世界の行く末を案じ、自分の存在が幼馴染の記憶から薄れていくことを恐ろしく思いながら、エメの村で1人待っていたのだろうか。

 ‬「ラストブレイブ」のラウラとルカーシュは、エメの村からろくに出たことがないような描かれ方をされていた。小さく狭い世界しか2人は知らなかった。しかし、ラウラはその後もエメの村しか知ることが出来ないのに対し、主人公の世界はどんどん広がっていく。ともすれば幼馴染である自分がどんなにちっぽけな存在か、想い人は気づいてしまうかもしれない――

 ‬勝手に「ラストブレイブ」のラウラの心情を想像しては、胸がキュウと締め付けられた。エンディング後、どうか幸せになっていてくれと願うばかりだ。




「このブレスレットを見て、時々僕を思い出してくれたら嬉しいなって」


「ありがとう。お守りにするね」




 ‬そう返事をして、すぐ手首にブレスレットをはめてみせた。するとルカーシュは眩しいものを見るように目を眇めて笑う。それは彼が本当に嬉しい時の笑顔だった。

 ‬勇者様のご加護を受けたブレスレットだ、お守りにしよう。きっと私を助けてくれる。




「帰ろっか」




 ‬エメの村に。

 ‬私の言葉にルカーシュは頷く。立ち上がり、自然と手を繋いで歩き出す。

 ‬――繋いだ両の手首には、お揃いのブレスレットが輝いていた。





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