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114:報告




 ――今後の動向が決まった後、私たちは急ぎ王都へと帰り、そのままルカーシュはエメの村へと更に馬車を乗り継いだ。

 本当であれば私もエメの村に一緒に帰りたかったのだが、まだ体調が万全ではないこと、また万が一体調が急変したときのことを考え、王都に留まることにした。




『ルカ、みんなによろしくね』


『うん。ラウラも体調に気を付けて』




 突然西の空に現れた暗雲に不安を抱いているであろう両親への手紙をルカーシュに託し、彼を見送った。その背中はとても逞しく見えた。

 ――王都に残った私がまず初めにしたことは、カスペルさんへの報告と謝罪だ。事情が事情だとは言え、業務を無断欠勤してしまった。

 恐る恐るカスペルさんの調合室を訪れた私を、彼は笑顔で歓迎してくれた。




「ラウラちゃん、アルノルトから話は聞きました。ご無事で何よりっす」




 カスペルさんの笑顔にほっと息をついて、それから「この度はご迷惑をおかけしました」と大きく頭を下げる。「大丈夫っすよ、気にしないでください」とのあたたかな言葉にゆっくりと頭を上げると――カスペルさんは複雑な表情を浮かべていた。

 口角は上がっており、笑顔ではある。しかし眉尻は下がり気味で、眉間にも皺が寄っている。笑顔を浮かべようとして失敗したような、そんな表情だった。




「自壊病、治せて本当に良かったっす。本当に……」




 ――噛み締めるような口調に、いつもより低い声音に、なんとなく彼のその表情の訳を悟った。きっとカスペルさんはアネットさん――自壊病によって命を奪われたお師匠のお孫さんのことを思い出している。

 彼はルストゥの民について、快く思っていないような素振りを見せていた。ルストゥの民が意図的に情報を隠していたこと、納得いっていないようだった。その気持ちはよく分かる――と言うのは簡単だが、実際にアネットさんの死を見届けていない私が言える台詞ではない。

 アネットさんについては症状を中心に断片的に聞いただけで、実際にそのとき、メルツェーデスさんやカスペルさんがどのように、どんな思いで自壊病と向き合っていたのかは知らない。しかし治療法が分からない難病に大切な人を奪われ、苦しみ、涙し、憎み――その苦しみを味わったわけでない一族に今更「世界のために犠牲になってもらった」などと言われて、果たして納得できるかという話だ。

 どれだけ考えても、実際にその苦しみを感じたわけではない私には、彼らの気持ちに寄り添うことは不可能だろう。ただ忘れてはいけない。ここに至るまでに、多くの犠牲があったことを。




「ただ、新たな問題が浮上してます。あの暗雲……ラウラちゃんはもう既に分かってると思うっすけど」




 カスペルさんは失敗した笑顔を引っ込めて、真剣な表情で話題を変える。




「各地で今までになく強い魔物が頻出してるっす。少し前にヴェイクさんが各地の村の結界をはりなおして回ったおかげで、被害はどうにか免れてるみたいっすけど……」




 告げられた事実にほっと安堵のため息をついた。魔物は確かに強くなっているようだが、被害は出ていない。それは喜ばしいことだ。

 それと同時に、もしヴェイクとフロルにエメの村の結界をはりなおしてもらっていなければ――と考えてぞっとした。今頃村は魔物に食い荒らされていたかもしれない。




「王都から多くの調合師が支部に出張して、今人手が足りないっす。その上、アルノルトがおそらく魔王討伐の旅に同行するようで……正直言って、手が回らないっす」




 カスペルさんは頭を抱える。相当困っている様子だった。

 前線に少しでも早く回復薬を届けるため、各地に調合師を派遣する。それは想定できた動きだ。そう、想定できた動きではあるが――単純に人手不足に陥っているらしい。

 その上優秀な調合師であるアルノルトが旅に出るという話になっている。実際アルノルトは勇者一行に欠かせない人材だろうし、調合の仕事と魔王討伐の仕事を天秤にかけたとき、どうしても後者に傾いてしまうだろう。

 カスペルさんも理解しているのだろう。だから事実を伝えるだけで、愚痴は決して部下には言わない。どの時代でも、どの世界でも、頭を悩ませるのは中間管理職なのだ。




「しばらくは王都で回復薬の調合をお願いしたいっす。……もしかするとラウラちゃんにも、どこかの支部に行ってもらうかもしれません」




 そこで一旦言葉を切って、カスペルさんは頭を下げる。




「帰ってきて早々すみません」




 彼に謝られる理由は何もない。私は慌てて首を振る。




「いえ、そんな! こちらこそ、無断で休んでしまい申し訳ありませんでした」




 大変な時期に無断で欠勤したことは大きな迷惑だっただろう。カスペルさんの謝罪に被せるように再び謝れば、彼は下げていた頭を上げて首を振った。




「訳が訳っすから。気にしないでください。……ルストゥの民はどうでした?」




 カスペルさんの口から出てきた「ルストゥの民」という単語にどきりとする。

 きっと彼は、ルストゥの民に良い感情を持っていない。しかしだからと言って答えを変えるわけでもなく、素直に、ゆっくりと私が抱いた印象を答える。




「私たちを見下す人もいましたが……手を取り合おうとしてくれる人も、いました。きっと変わりつつあるんだと思います、ルストゥの民も」




 私の答えに、カスペルさんの顔から一瞬表情が消える。しかしすぐに、彼は苦笑を浮かべた。――なんだか泣きそうに見えた。




「もう少し早く、手を取り合おうとしてくれていたら……なんて、今更言うことじゃないっすね」


「あの、カスペルさん――」


「誰のせいでもない、アネット姉さんは生まれてくる時代が悪かった。それだけの話っす」




 それはまるで、自分に言い聞かせるような口調だった。

 実際、カスペルさんの言葉は間違ってはいない。今回エルヴィーラを救うことができたのは、勇者であるルカーシュが生まれ、勇者の力を使えるぐらいには成長していたということが大きい。それが全てではなく、精霊の飲み水を見つけることができた、リーンハルトさんたちのような新しい考えを持つ若者がいた、など複数の理由が絡み合っているが――もしアネットさんの時代に勇者が生まれていれば、あるいは彼女を救うことができたかもしれない。

 生まれてくる時代が悪かった。その言葉は間違ってはいない。しかしその言葉だけで片付けてしまえるほど、簡単な話ではないのだ。




「それだけの話だから……余計につらいっすね」




 語尾が震えた。俯いていたせいで前髪が顔にかかり、カスペルさんの表情ははっきりと見えなかった。

 私は何も言えない。何と声をかければいいのか、分からなかった。




「あぁ、すみません。エルヴィーラちゃんによろしくっす」




 カスペルさんは言う。彼が俯いていた顔を上げることはなかった。




 ***




「ラウラ!」




 ――カスペルさんの調合室から退出し、人気のない廊下を歩いていたとき。背後から呼び止められて振り返った。そこにいたのは、




「チェルシー! リナ先輩!」




 大切な同期・チェルシーと尊敬する先輩・リナ先輩だった。なんだか随分と久しぶりのような気がする。

 彼女たちに駆け寄る。するとチェルシーはぎゅっと私を強く抱きしめた。




「あぁ、よかった」




 チェルシーが涙声でそう零したものだから、随分と心配をかけてしまったのだと反省した。どこまで彼女たちに話が伝わっているのかは分からないが、無断欠勤した以上、何もなかったとはとても言えない。

 その場で少しの間近況の報告もかねて談笑し――その間、誰も廊下を通らなかった。カスペルさんは多くの調合師を支部に派遣していると言っていたが、まさかここまでとは。




「随分と……人が少なくなりましたね」


「もう多くの先輩が支部に行ってしまったから、寂しくなっちゃったわ」




 リナ先輩はそう言いながら西の空を見やる。そこには依然、不気味な暗雲が立ち込めていた。

 はぁ、とため息をこぼしたのはチェルシーだった。




「これからどうなるんでしょうね……」




 チェルシーがここで調合師として働いている以上、おそらく彼女の故郷も無事なのだろう。しかし不安は尽きないはずだ。

 私たちの間に落ちた重い沈黙を破ったのは、リナ先輩の力強い言葉だった。




「勝手に想像して、勝手に不安になっても仕方ないわ。私たちの作った回復薬を届けるために、しっかり仕事に励みましょう」




 先輩の言うことはもっともだ。何も分からないのに勝手に悲観して落ち込んでいてはせわない。一人でも多くの人の命を救うためにも、私たちはここで回復薬を作るしかない。

 リナ先輩の言葉に励まされるようにして「頑張りましょう」と三人で顔を見合わせて頷き合う。不安は尽きないが、それでも信頼のおける先輩・同期・後輩たちと一緒に頑張ろうと気合を入れなおした。

 ――そう、これからは勇者たちを信じて任せることしかできない。私は私のできることをするだけ。




「それにしても、気味の悪い雲だなぁ……」




 チェルシーがぽつりと呟く。その言葉に誘われるように再び西の空を見やれば、暗雲はまるで生き物のように蠢いていた。


 ――神殿で見た黒靄を暗雲の近くで発見した、とルストゥの民から報告が上がってきたのは、それから数日後のことだった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] カスペルさん、口調があれだからシリアスになるとギャップに惹かれてしまいます……
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