104:交流
ルカーシュが王都に来た翌日。早速で申し訳ないが、調合した回復薬にルカーシュの勇者の力を練りこむことができないか、試してもらうことにした。
一緒に調合室に来てもらい、その場で調合した回復薬を容器に入れてルカーシュに渡す。
「ルカ、試してみてもらえる?」
「う、うん!」
恐る恐る回復薬が入った容器を手に取る幼馴染。そして、
「んんー!」
額に容器をあて、ぎゅっと目を閉じてルカーシュは唸った。
唸り声は次第にか細くなり、とうとう消えたが――ディオナが光の力を込めたときのように、回復薬が光ることはなかった。
「……だめだぁ、うまくできない」
どっと脱力するように肩から力を抜くルカーシュ。小さな容器の中に入った液体に力を宿すという繊細な作業は、おそらく幼馴染にとって初めてだろう。普段その力の対象となっている魔物と小さな容器とでは大きさが違いすぎる。
負担をかけてしまっていることを後ろめたく感じていたら、ルカーシュはどこか悔しそうな表情で口を開いた。
「もう一回試してみてもいい?」
大丈夫? と尋ねれば彼は力強く頷いてくれた。そして再び目を閉じる。
カッ、と彼の足元に紋章が浮かんだ。力を使ったのだ、と思った瞬間――ルカーシュが持っていた容器に大きな音を立ててヒビが入った。
「うわっ!」
「ルカーシュ!」
怪我はないかと慌てて駆け寄る。見れば、ヒビが入っただけで容器が欠けている様子はなく、ルカーシュの指先にも怪我は見当たらなかった。
「ラウラ、破片とかそっちに飛ばなかった!?」
慌てる幼馴染を落ち着かせるように「大丈夫だよ」と微笑んでみせる。するとよかった、とほっと安堵のため息をついたのもつかの間、ルカーシュは再び「ううーん」と唸った。
「力の加減がうまくできないや」
悔しそうに呟く。
思えば、彼は勇者の力という大きな力を独学でどうにかこうにか使いこなしているのだ。魔法であれば他人に教えを請うこともできるが、勇者の力は他に持っている者は誰もおらず――と、そこまで考えて、一人の少女の顔が脳裏に浮かんだ。
勇者の力とは違うが、魔力よりは勇者の力に似た光の力を持つディオナ。彼女ならば、ルカーシュにその力の制御方法を指南できるかもしれない。
考え込んでいるルカーシュに背中を向け、扉の前で小さく呟いた。
「ディ、ディオナさん、いらっしゃいます……?」
しばらくの沈黙。返事はない。
ディオナは私たちのことを陰ながら見守ってくれていたと言っていた。それはおそらく今も続いているはずで――
そっと扉を開けて廊下に出て再び問いかけてみれば、
「はい……」
どこからともなく、観念したような声が聞こえた。
辺りを見渡し――ぐにゃり、と空間が歪んだかと思うとディオナの姿が現れる。幻覚の魔法の類いだろうか。
目の前に現れた彼女は追い詰められたような表情をしていた。こうして強引に呼び出してしまったことに申し訳なさを感じつつ、声をかける。
「見てらっしゃいました?」
「はい、すみません……」
小さな声でそう答え、頭を垂れるディオナに首を振る。
「いえっ、守っていただいているんですから」
ちらりとこちらを見上げたディオナに、これ以上この話題を長引かせないよう本題を切り出した。
「あの、ルカーシュに力の制御のやり方を教えてもらえませんか?」
「えっ」
ディオナは目を丸くした。更に動揺しているのか、大きなその瞳は揺れている。
突然こんなことを言い出して迷惑だろう、という自覚はある。しかしエルヴィーラの治療、ひいてはこの世界の未来に関してはもうなりふりを構っていられないのだ。
ディオナの光の力は、一番初めの勇者から与えられたものだ。違うものではあるが、魔法よりも勇者の力に近いだろう。ルカーシュが力の制御の仕方を教わるなら、ディオナが適任のはずだ。
「ルカーシュは今まで勇者の力を独学で制御していて……近い力を持つディオナさんに是非ご指導を……」
「わ、私が勇者さまに指導だなんて――!」
ディオナはそう言いかけて、しかしハッと何かに気がついたかのように口を噤んだ。そして数秒考え込むと、ゆっくりと頷く。決意を秘めた表情だった。
「いえ、エルヴィーラ様の命がかかってるんですものね。お力になれるよう、頑張ります」
***
その後ディオナを調合室へと招き、ルカーシュにぼかしぼかし事情を説明した。勇者の力という単語は使わずに、ディオナがルカーシュと似た力を持っていると伝えると、彼は興味を示したようだった。それもそうだろう、ルカーシュは今でも自分に与えられた力について疑問を抱えているのだから。
ぎこちないながらも会話を交わし、何やら力の使い方を教え教わっているらしいルカーシュとディオナの姿を、私は少し遠くから眺めていた。そう離れた距離ではないため会話の内容は聞こえるのだが、
(魔法全く使えないから感覚が分からないなぁ……)
悲しいかな、体に魔力を巡らせて――などといった感覚が全くわからない。前世では魔法のない世界を生きていたし、今世ではせっかく剣と魔法のファンタジーな世界に生きているというのに、“ラウラ”には魔法の才能が皆無だ。
調合師の才能を与えてくれた神様には感謝しているが、ほんの僅かでも魔法を使えたら楽しかっただろうに、なんてことを思ったことは何回かある。それこそアルノルトは調合師の才能だけでなく魔法の才能も持っているというのに。
「り、力み過ぎずに」
そうアドバイスをしたディオナの声が震えていて、こっそり笑ってしまう。
(ディオナが力み過ぎだよ)
がんばれ、と心の中で声援を送りつつまだ距離のある二人の姿を微笑ましく思っていた。“私”は昔から二人のことを知っているから、なんだか弟と妹の微笑ましい触れ合いを見ているような気持ちだ。
――不意に、調合室の扉が叩かれた。パッとこちらに顔を向けたルカーシュとディオナに「気にしないで続けて」と声をかけてから扉へと駆け寄る。そして小さく扉を開けた。
扉の向こうにいたのは豪快な笑みを浮かべる男性――ヴェイクだった。
「よ!」
「ヴェイクさん!」
小さく開けていた扉を歓迎するように大きく開け直し、部屋の中へと招き入れる。国内の町を巡る旅は一段落したのだろうか。
ヴェイクは部屋に入るなり、あたりを見渡した。
「坊主が今こっちに来てるって聞いてな。……お? 取り込み中だったか?」
どうやらヴェイクはルカーシュに会いにきたらしい。目線の先に幼馴染を捉えた彼は、しかしなにやら取り込み中であることを察し、窺うように私を見つめてくる。
ヴェイクの遠慮するような言葉にディオナはこちらに視線を向けた。同じくこちらを見たルカーシュの目が輝いたのを横目にとらえたのだろう、そっと首を振る。
「いえ、今日はここまでにしておきましょう。急に力を使い過ぎても体に負担がかかりますから」
ルカーシュはその言葉を聞くなり「ありがとうございました」ときちんとディオナに頭を下げ、それからこちらに駆け寄ってくる。ヴェイクとはエメの村に彼が訪れた時以来の再会になるのだろうか。
ヴェイクはルカーシュに手を上げて「よう」と挨拶をした後、身を屈め私に小さく耳打ちをした。
「坊主、借りてっても大丈夫か?」
「はい」
頷けば、ルカーシュとヴェイクはすぐさま部屋から退出した。恐らくは手合わせでもするのだろう。
主人公と未来の英雄の交流を微笑ましく思いながら、一人で容器を片付けてくれているディオナに声をかける。
「ディオナさん、突然すみませんでした。本当にありがとうございました」
大きく頭を下げれば、ディオナは恐縮するようにぶんぶんと何度も首を振った。未だ緊張が尾を引いているのだろうか、“私”が知っているディオナとはイメージが少し違う必死な姿に、なんだか不思議な気持ちになる。
(「ラストブレイブ」でも思ったけど、やっぱりいい子だ)
ラウラの件は若干引っかかったものの、「ラストブレイブ」の本編を通して、ヒロイン・ディオナに悪印象を抱いたことはなかった。優しく健気で、芯のある女性だった。
――調合器具は最低限のものしか出していなかったため、二人で取り掛かれば片付けはあっという間に終了する。するとすぐさまディオナがその場から去ろうとしたので、思わず呼び止めてしまった。
「あ、あの、ちょっといいですか?」
ディオナは足を止めて、それから不思議そうな表情を浮かべたままではあるものの頷いた。
何かお礼を、と思って呼び止めたが、正直突然のことだったので何も準備していない。必死に考えを巡らせ――そういえば寮部屋に買い置きしてある未開封のお菓子があった、と思い出した。お礼というにはあまりにも質素なものだが、何も渡さないよりはいいだろうと思い、再び口を開く。
「お手数なんですが、私の寮部屋まで一緒に来てもらえますか?」
お礼の品を渡したいから、などと言えば謙虚なディオナは頑なに頷かないだろう。「ラストブレイブ」の彼女はそういった人だった。だからわざと用件をぼかして尋ねると、ますますディオナは不思議そうな表情を浮かべたが、それでも私に対する負い目もあるのか素直に頷いてくれた。
突然手伝ってもらった上に部屋の前までご足労かけるのが申し訳なくて、足早に廊下を行く。とは言っても、調合室からそう遠く離れているわけではないのでそう時間はかからず寮部屋の前に到着した。
彼女に扉の前で待っててもらい、慌てて部屋へと入る。そして机の上に置いてあったお菓子の箱を持って再び部屋を出た。
「すみません、部屋の前まで来ていただいちゃって」
いえ、と首を振るディオナは笑顔を浮かべているが、どこか疲れているようにも見える。
やはり突然のお願いで無理をかけてしまったのだろう。こんな質素なお菓子ではなく今度改めてお礼の品を送ろう、と心に決めて、私はお菓子の箱を差し出した。
「これ、お礼です。よかったら食べてください」
包装も何もされていないが喜んでくれるだろうか、迷惑に思われないか、と不安に思いディオナを見やると――彼女は驚いたように琥珀色の瞳を見開いていた。それから数秒の沈黙。そして、
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうに頬を赤らめて、ディオナは笑った。その笑みは普段よりも幼く見えた。
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