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103:クッキー




 ぽつり、ぽつり、と盛り上がりはしないものの途切れもしない雑談を続けていた。お互いの好きな花、好きな色、好きな料理――話題の選択を間違えないように慎重に、当たり障りのない話題ばかりではあったが、ほんの少し距離が縮まったように感じて。

 そんな会話の最中、ふとディオナが顔を上げた。そして震える声で呟く。




「リーンハルト……」


「へ?」




 ディオナの呟きに耳をすませると、徐々に足音が聞こえてきた。その足音は私たちの部屋の前で止まったかと思うと、ゆっくりと扉が開かれる。その先に立っていたのは、




「ディオナ!」




 額に汗を浮かべたリーンハルトさんだった。

 明らかにほっとした表情を見せたディオナを横目に、私は退出しようと立ち上がる。私の姿を見つけたリーンハルトさんは、予想外だったのかその目をいくらか見開いたが、すぐに私に向かって頭を下げた。




「ラウラセンセ、ご迷惑おかけしてスミマセン」




 急いで駆けつけたのだろう、息が整っておらず吐息交じりの謝罪だった。




「いえ、私が首を突っ込んだだけなので」




 気にしないでください、と笑えばリーンハルトさんは顔を上げる。その表情は先ほどの切羽詰まった表情よりは僅かにだが柔らかくなっていた。




「今度改めて謝礼を」


「いや、そんな。ただ雑談してただけですから」




 首を振るものの、リーンハルトさんは納得していないような表情だ。正直目の前の二人がどういった関係なのか未だにはっきりとしていないが、今回の一連の言動からして、リーンハルトさんにとってディオナは大切な存在なのだろう。

 これ以上頭を下げられる前に私は退出しようと足早に扉へ駆け寄った。

 少しでも早く、ディオナからリーンハルトさんへ伝えたいこともあるかもしれない。こんなやり取りで時間を取らせては申し訳なかった。




「えっと、それじゃあ私は失礼しますね」




 そう声をかけてディオナに視線をやれば、彼女は眦に涙を浮かべた表情で――リーンハルトさんが来てくれて安心したのだろう――大きく腰を折った。

 ヒロインではないディオナと、ほんの少しだけ触れ合えたような気がした。




 ***




 調合室に戻ると、幼馴染と後輩二人は机を囲み紅茶とクッキーを楽しんでいた。




「あ、ラウラ、おかえりー!」


「ただいま。……そのクッキーと紅茶、どうしたの?」




 私の問いに、アイリスは笑顔で答える。




「紅茶はバジリオが淹れてくれたー!」




 その言葉をきっかけにバジリオさんを見やれば、彼は照れ笑いを浮かべていた。




「ちょうど実家から茶葉が送られてきて、皆さんにお裾分けしようと思って」




 ラウラさんもどうぞ、と空のティーカップを用意し、紅茶を淹れてくれる。ふわりと爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。

 お言葉に甘えて紅茶を一口飲む。正直な話味の違いがわかるほど繊細な舌を持ち合わせていないが、いつも王都で飲んでいる紅茶とは違うような気がした。

 とにかく分かることは、この紅茶は私好みだということ。




「おいしい!」




 感想を素直に口に出せばバジリオさんは「よかった」と微笑んだ。




「バジリオさん、茶葉についてすごい詳しいんだって」




 ルカーシュの言葉にへぇ、と再びバジリオさんを見やる。すると彼はティーポットを片付けながら口を開いた。




「調合師になれなかったときのことを考えて、一時期勉強してたことがあったんです。薬草を見分ける能力は茶葉を見分ける能力に活かせますから」




 毒草についての知識も身につけていると以前聞いたが、バジリオさんは様々な道を模索していたようだ。優しく穏やかな彼は、誰よりも現実的な思考を持っている。




「バジリオっていろんなこと幅広く知ってるよねー」


「ね、すごいです」




 ルカーシュ、アイリスと顔を見合わせながら頷くと、バジリオさんはまたもや恥ずかしそうに笑う。穏やかな雰囲気のまま落ちた沈黙に、今度は三人が食べているクッキーが気になって口を開いた。




「このクッキーは?」


「アイリスさんが持ってきてくれました」




 バジリオさんが答えた横で、アイリスがなぜか誇るように胸を張った。




「どこかで買ってきたの?」


「んーん、リーンハルトが作ってくれた」




 出てきた名前は意外な人物のものだった。

 先ほどの切羽詰まった表情のリーンハルトさんを思い出しつつ、ぽつりと呟く。




「すごい、手先が器用なんだね」




 意外、と言ってしまうと失礼だが、正直リーンハルトさんがお菓子を作るとは思ってもみなかった。

 リーンハルトさんとアイリスが二人でキッチンに並ぶ姿を想像して――ふと、ディオナが話してくれた思い出話が脳裏をよぎる。兄がクッキーを作ってくれたと言っていたが、ルストゥの民は皆手先が器用だったりするのだろうか。

 浮かんだ疑問をそのままアイリスに問いかけてみる。




「ねえ、アイリス。ジークさんやレオンさんもクッキー作るの得意?」




 てっきり勢いよく頷くものだとばかり思っていたが、




「ぜーんぜん! 二人とも不器用すぎて話にならないよー!」




 あはは、と笑って即答するアイリスに首をかしげる。アイリスの言葉を信じるのならば、クッキー作りが上手い兄とは誰のことなのだろう。

 脳裏に浮かんだのは、瞳の色が全く同じである私が知るルストゥの民五人の姿。アイリス、ディオナ、リーンハルトさん、ジークさん、レオンさん……。

 ジークさんとレオンさん、そしてディオナはきょうだいだと言っていた。その三人は血が繋がっているのだろう。特にジークさんはディオナと容姿の特徴が一致している。

 リーンハルトさんはアイリスやジークさんたちから先生と呼ばれていたため、てっきり彼らに調合の知識などを教えていた先生なのでは、と考えていたのだが――




(ルストゥの民が全員同じ瞳の色なんじゃなくて、もしかすると五人全員血が繋がっていたり?)




 私が知るルストゥの民は全員が全員琥珀色の瞳を持っていたため、てっきりその珍しい瞳の色はルストゥの民の特徴なのだとばかり思い込んでいた。「ラストブレイブ」ではそのような設定はなかったが、ゲームとの設定の違いについては今更だろうと特に引っかかりを覚えることもなかった。

 ディオナにクッキーを焼いてくれたという“兄”はリーンハルトさんだったりするのだろうか。




(ヒロインのことはつい分かった気になっちゃうけど、今世のディオナについてはまだまだ知らないことだらけだなぁ……)




 脳裏に浮かんだのは、「ラストブレイブ」の美しく微笑むディオナではなく――先ほどの泣きそうな表情のディオナだった。




【本日コミカライズ1巻発売!】

いつも拙作を読んでくださりありがとうございます。

本日「勇者様の幼馴染〜」コミカライズ一巻が発売となりました!


「勇者様の幼馴染という職業の負けヒロインに転生したので、調合師にジョブチェンジします。」1巻

漫画:加々見 絵里様

原作 :日峰

キャラクターデザイン原案:花かんざらし様

書店購入特典あり


また、本日コミックス1巻の続きとなる最新話がFLOS COMICS様にて配信となっております。

加々見先生にとっても素敵に描いていただきましたので、ぜひぜひお手に取っていただけますと嬉しいです!

小説版「勇者様の幼馴染〜」もコミカライズ「勇者様の幼馴染〜」も、今後ともよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リーンハルトさんがお菓子作り…ギャップがとてもいいですね! それにしてもバジリオさんの才能、止まることを知らないですね。 調合師にならなくてもカフェとか暗殺者とか(笑)何にでもなれそう!…
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