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102:使命を背負う少女




 ディオナに手を引かれて入ったのは、誰も使っておらずもはや物置となっている空き部屋だった。

 部屋に入り、扉に耳を寄せて外の気配を探っている様子のディオナだったが、扉の向こうには誰もいないと分かったのかほっと息を吐き、それからその場に座り込んだ。その一連の動作を眺めながら、未だ手首を掴まれたままの私も同じように座り込む。




「ディオナさん、あの……」


「も、申し訳ありません!」




 ディオナは掴んでいた私の手首をぱっと離し、それから頭を下げた。

 ちらりとこちらを窺うように一瞬上げられた顔は真っ青だった。




「あの、顔真っ青ですよ、大丈夫ですか?」


「ご心配おかけしてすみません。大丈夫です」




 しっかりと揃えられた指先が震えている。先ほどまで私の手首を掴んでいた彼女の手は、まるで氷のように冷たかった。

 ディオナは自分の名を呼び探す誰かから逃げていた。それは明らかだろう。王城という比較的安全な場所で、一体何が彼女を脅かしたのか。

 ディオナを呼んだ男性の声は、リーンハルトさんやジークさん、レオンさんのもので無いのは明らかだった。もっと年のいったしゃがれた男性の声に聞こえたが――

 私が首を突っ込んでいい問題かは分からない。しかしあんなにも追い詰められた表情のディオナを見てしまった以上、見て見ぬ振りもできなかった。




「答えられない質問だったら無視していただいて構いません。誰かに追われているんですか?」


「いえ、追われていた訳ではなくて……」




 口籠るディオナに、もう一歩だけ踏み込んでみる。




「でも、ディオナさんの名前を呼ぶ男の人の声が――……」




 これでも誤魔化されるようであれば引こうと思ったのだが、




「ルストゥの民です」




 ディオナは眉間に皺を寄せ、地面を見つめながらぽつりと答えた。

 しばらくの沈黙の後、ディオナはふと私に向かって微笑む――いいや、苦笑した。




「勇者様と私たちが接触すると聞いて、様子を見に来たようで」




 ――ああ、なんとなくではあるが、察してしまった。大方ルストゥの民の重鎮がディオナたちにプレッシャーをかけにきた、といったところか。

 ディオナはおそらく、ルストゥの民の期待を一身に背負っているのだろう。ジークさんが以前言っていたことを思い出すに、現在のルストゥの民の中ではディオナは飛び抜けて強い力を持っているようだった。そんな彼女は幼い頃から、その華奢な肩には重すぎる使命を背負わされているはずだ。

 ルカーシュとの邂逅の際、やけに顔色の悪かった彼女を思い出す。プレイヤーであった“私”は主人公とヒロインの出会いに未来への希望しか見出さなかったが――今のディオナにとって、もしかするとルカーシュは重く逃げられない使命の具現化のような存在なのかもしれない。




「あれこれ問い詰められて……面倒だったので、逃げてしまいました」




 えへ、と態とらしい笑みでディオナは誤魔化そうとしたようだったが、その血の気の引いた青い顔は到底誤魔化せない。

 問い詰められた、という単語を選んだディオナの心境を想像して、胸が痛む。確かにディオナは選ばれた存在なのかもしれないが、それでもまだ彼女も成人していない少女なのに。

 なんと言葉をかければいいか思い悩んで――それより先に、冷え切った彼女の体を温めようと思い至った。立ち上がり、部屋を出ようと扉に近づく。




「体を温める回復薬、持ってきますね」


「あ……!」




 焦ったようなディオナの声が背後から上がった。私は振り返り、安心させるように微笑んでみせる。




「大丈夫、ここにディオナさんがいることは誰にも話しません」




 そう言えば、あからさまにほっとした表情を浮かべるディオナに胸が痛んだ。

 彼女をできるだけ一人にしないように、足早に調合室へと向かう。いくつかの回復薬は調合室に作り置きしてあるのだ。

 調合室の前までやってくると、ルカーシュたちに帰ってきたことを勘付かれないよう、できるだけ音を立てずに扉を開けたつもりだったが、




「あれ、ラウラ?」




 小さな物音に気付いた幼馴染に見つかってしまった。私は素早く目的の回復薬を手に取り、それを後ろ手に隠すと、追求される前に退出するべく一目散に扉に駆け寄る。そして不思議そうにこちらを見つめる三人に微笑んだ。




「あ、あはは、ちょっと忘れ物しちゃって……。気にせず話してて!」




 訝しげな視線を背中に感じていたが、これ以上の誤魔化しの言葉は何も思いつかなかったのでそのまま退出する。我ながら嘘が下手だ。

 足早に廊下を行き、先ほどの部屋の前に到着する。余計な不安を与えないよう「ラウラです」と名乗ってからノックし、扉を開けた。

 ディオナは部屋の中に無造作に置かれていた木の椅子に腰掛けていた。どこか肩身が狭そうにきゅっと小さくおさまっている彼女の近くに、私もまたそこらに置かれていた椅子を持ってきて座る。




「ディオナさん、どうぞ」




 回復薬を手渡せばディオナは「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げて、それから一気に飲み下した。

 飲み終わった後、ほう、と一息つくディオナ。かと思うとこちらの様子を窺うように視線をよこしてくる。




「情けないところを見せてしまって申し訳ありません」


「いえ、そんな。救護室で休まれますか?」




 私の問いかけにディオナは小さく首を振った。




「大丈夫です。本当に。……ごめんなさい」




 ディオナからの謝罪に対してなんと答えるのが最善か分からず、私は首を振ることしかできなくて、それきり沈黙が落ちる。

 沈黙の中、やけに響くのは時計の針の音だ。カチ、カチ、と規則的な音をたてるそれは、なんだかどんどん音が大きくなっているように思えて――その音を遮ったのは、ディオナの控えめなため息だった。

 隣の彼女を見やる。ディオナは先ほどと似たような苦笑を浮かべていた。




「ラウラ様、私はもう大丈夫です。頂いた回復薬のおかげで、体もすっかり温まりました。ありがとうございました」




 渡したのは即効性のある回復薬ではあるが、流石に効力を実感するには早すぎる。ディオナが私に迷惑をかけまいと気丈に振る舞っているのは明らかだった。




「もうすぐリーンハルトがここに来ます。巻き込んでしまって申し訳ございませんでした」




 しかし笑顔でそう言われてしまっては、これ以上首を突っ込むのも躊躇われて。ぐっと顎を引いて、頷こうとした。――その際、回復薬の容器を持つディオナの手が未だ震えていることに気が付く。

 追い詰められたような表情が、そして私の手首を掴んだ氷のように冷たい指先が、忘れられない。

 彼女を一人にするべきではない、と、あまり頼りにならない私の勘がそう告げている。




「……ご迷惑でなければ、リーンハルトさんが来るまでご一緒していいですか?」


「え? は、はい」




 ほっと息をついたように見えて――そうであって欲しい、という思いからそう見えただけかもしれないが、居座ってしまおうと座っていた椅子を彼女に更に近づけた。

 余計なことは聞かない。ただリーンハルトさんがやってくるそのときまで、少しでもディオナの気を紛らわせることができたら――その一心だった。




「ディオナさんって甘い物、お好きですか?」




 生憎と話題が豊富ではないため、雑談を始めようと思って突拍子もない質問を投げかけてしまう。案の定ディオナは琥珀色の瞳を大きく見開いたが、数秒の後、その表情のままではあるもののゆっくりと頷いてくれた。




「す、好きです」


「よかった! 特に好きなものはありますか?」




 こういったくだらない雑談をディオナとするのは初めてだ。しかし同じ年ごろの女の子同士なのだから、多少は共通点がある――と思いたい。

 私の問いにディオナは少しの間をおいて答えた。




「……クッキーが好きです」


「クッキー、おいしいですよね。街にお店があったんですか?」




 母の作ってくれたクッキーの味を思い出しながら尋ねると、ディオナは静かに首を振った。




「いいえ。そんな贅沢品を売っているようなお店は、街にはありませんでした」




 ――クッキーが贅沢品、だなんて。森の奥にあるエメの村にもなかった価値観だ。ルストゥの民は想像以上に質素な暮らしをしているのかもしれない。

 話題の選択に失敗したか、と若干後悔しつつ、今更話を切り上げるのもおかしいのでどうにかこうにか話を続けようと試みる。




「それじゃあ、ご自身で作られたんですか?」


「はい。最初は兄がこっそり作ってくれて。それからは一緒に作っていました」




 ディオナの兄――つまりはジークさんとレオンさんだろう。三人揃ってキッチンに並ぶ姿を想像して、ふふ、と笑みがこぼれる。




「ジークさんとレオンさんと、ごきょうだいで仲がいいんですね」




 私の言葉にディオナは曖昧に頷くだけで、それ以上の反応はなかった。

 再び落ちかけた沈黙に、私は慌てて口を開く。




「最近、王都に新しいお菓子屋さんが出来たんです。良かったら今度、一緒に行きませんか? ふわふわな生地の中に甘いクリームが入っていて……とっても美味しいですよ」




 私の誘いにディオナは琥珀色の瞳を大きく見開いて――それから、ふわり、と微笑んだ。その大人びた美しい微笑みは、「ラストブレイブ」のヒロインの微笑みと重なって。

 同一人物なのだから当然ではあるが、こうして生身の人間として生きているディオナとゲームの中の作られたキャラクターであったヒロインが重なると、どきりとしてしまう。私は今、前世プレイしたゲームの世界に生きているのだと改めて思い知らされるようだった。




「ぜひ、ご一緒させてください」




 ディオナの答えに、私もまた微笑んだ。

 ――正直な話、“今度”がいつになるかは分からない。けれどいつになろうと、この約束を絶対に守ろうと一人強く思った。

 今後ディオナは周りの環境に苦しめられることになるだろう。それがこの世界のヒロインに課せられた使命せっていであろうと、目の前で苦しみ、微笑む彼女はゲームのキャラクターではない。血が通った一人の人間だ。

 だから、甘い物を楽しむ日常があってもいいだろう。そんな日常も、彼女には必要だろう。

 クッキーを贅沢品だと迷いなく言い切ったディオナが、どうしようもなく切なかった。




【6/5 コミカライズ1巻発売のお知らせ】

いつも拙作を読んでくださりありがとうございます。

この度「勇者様の幼馴染〜」コミカライズ一巻の発売が決定しました!


「勇者様の幼馴染という職業の負けヒロインに転生したので、調合師にジョブチェンジします。」1巻

漫画:加々見 絵里様

原作 :日峰

キャラクターデザイン原案:花かんざらし様

発売日:6月5日

書店購入特典あり


第1話+最新話はFLOS COMIC様にて読むことができます。毎週金曜日更新です!

詳しくは活動報告をご覧ください。


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[一言] ディオナさんの好感度が上がってそう
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