番外編:100話記念(ルカーシュ編)
100話記念の番外編(ルカーシュ編)です。
【60:空回り】の後の小話です。
すやすやとベッドで眠る幼馴染の寝顔を眺めながら、僕はそっとため息をついた。
――幼馴染であり、王属調合師助手であるラウラについて、フラリアという街にやってきて十日ほど。新しい調合材料を探しにここまでやってきた彼女に、僕は護衛という形でついてきた。
正直なところ、調合材料探しは難航している。そのせいかラウラは思いつめてしまったようで、日に日に暗くなっていく表情が見ていて痛々しかった。
そんな彼女を何とか休ませようと滞在させていただいているお屋敷の奥様に相談し、ラウラの同期や先輩と協力した結果――今こうして健やかな寝息を立てている幼馴染を、ベッドの傍らに座った状態で見守っている。
(頑張りすぎなんだよ、ラウラは……)
寝る前に繋いだ手は、ラウラが眠ったことにより若干力がぬけたが、それでも緩く繋がれたままだ。
繋いだ手が随分と小さく感じる。昔は自分と変わらない大きさだったのに、なんて昔を懐かしむ。
あの頃はまさか、幼馴染が王属調合師の試験に合格するなんて思ってもいなかったし、こうして護衛としてラウラの遠征研修に同行する日がくるなんて想像もしていなかった。その成長による変化を嬉しく思う反面、今までずっと一緒だった僕らの道が段々と分かれていっているように感じて、時々寂しさがこみ上げる。
もう一度、ベッドで眠る幼馴染の顔を覗き込む。あまり見ないアッシュゴールドの髪は疲れからか少し毛先が傷んでいて、僕の胸もまた痛む。昔に比べれば頼ってくれるようになったと思うけれど、それでもまだ、ラウラは自分一人で抱え込みがちなところがある。
もっと頼ってもらえるようになるには、ラウラの意識を変えることはもちろん、僕自身が頼り甲斐のある人間になれれば――
不意に、控えめなノック音が鼓膜を揺らした。ラウラを起こさないようにそっと握っていた手を解いて扉へと向かう。そしてドアを開けば、
「ルカーシュさん」
申し訳なさそうに眉根を寄せたラウラの同期――チェルシーさんがそこに立っていた。彼女はティートレイを持っており、そのトレイの上にはティーポットとカップが二つ置かれていた。
チェルシーさんもラウラを心配していた一人だ。気になって、様子を見に来てくれたのかもしれない。
「チェルシーさん」
「ラウラ、眠れました?」
「はい、ぐっすりです」
僕の言葉にチェルシーさんはほっとした表情を見せた。
今回初めて会ったチェルシーさんは、随分とラウラと仲が良いようだった。もっとも親元を離れて二人、同じ部屋で暮らしているとなれば自然と仲は深まるだろう。しかしそういった環境を抜きにしても相性が良いようで、この短い間にも何度も二人で談笑している姿を見かけた。
「これ、よかったら……。ルイーザさんに教わった紅茶、また淹れてみたんです。二人分だから少し多いかもしれませんけど……」
チェルシーさんは僕にティートレイを渡すと、「おやすみなさい」とゆっくり音を立てないように扉を閉めた。あまりに素早くなめらかな動作で、「紅茶はチェルシーさんと先輩であるリナさんで楽しんでほしい」と返事をする隙を与えてくれなかった。
わざわざ部屋まで訪ねて返すのも失礼かと思い、二人分の紅茶を一人で頂くことに決めた。ベッドのサイドテーブルにティートレイを置き、紅茶をカップにそそぐ。ふわり、と香った甘い香りはフラリアの街の名産品であるメフィーリエの蜜だろうか。
「ううん……」
寝苦しかったのか香りに反応したのか、ラウラがベッドの上で寝がえりを打つ。一瞬眉間に寄った皺にどきりとしたが、すぐに表情は解け、微笑が浮かぶ。それにほっと息をつき、再びラウラの手を握った。
(あったかい……)
調合師の仕事は死と隣り合わせ――とまではいかないが、僕よりもずっとラウラの近くに潜んでいる。それを思うと、恐ろしくてたまらない。
ラウラが魔物に襲われるのを目撃した、あの日。八歳のときの出来事だが、今でも鮮明に思い出せる。魔物の牙がラウラに迫ろうとしていた瞬間、何が何だかわからなくて、ただ幼馴染を失いたくない一心で――気づけば、不思議な力が目覚めていた。
未だに僕自身、この力は何なのか分からない。最初こそ恐ろしさを覚えていたけれど、最近ではもう気にしないようになっていた。どんな力であれ、大切な人々を守れるのであれば、何でもいい。
「ラウラ……」
そっと呟く。眠っているのだから返事は当然なかったが――握っていた手に、ほんの僅かではあるが力が込められた気がした。
気のせいかもしれない。そうあってほしい、という僕の願望が生み出した錯覚かもしれない。けれど、ラウラが応えてくれたようで嬉しくて――
「ラウラ、いい夢を」
幼馴染と手を繋いだまま飲んだ紅茶は、幸せの味がした。