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100:主人公とヒロイン




 ――王都に来てほしいとルカーシュに手紙を出してから、数日。幼馴染は大急ぎで王都へとやってきてくれた。

 王都の入口に設置されている大きなアーチの下でルカーシュを出迎えたのは私とアルノルトの二人だ。合流後、改めて詳しい状況を話そうということで、王城のある一室にお師匠とメルツェーデスさん、そしてエルヴィーラに待機してもらっている。

 人混みの中、凛とした表情で歩いていたルカーシュは、私の姿を見つけるとその顔をぱぁっと輝かせて駆け寄ってきた。あまりに分かりやすい変化に思わず微笑む。




「ラウラ!」


「ルカーシュ、急に呼びつけてごめんね。来てくれてありがとう」


「ううん、気にしないで」




 ぶんぶん、と頭を振るルカーシュは大型犬――というには若干背丈が足りないか。とにかく信頼を全身で表現してくれる彼に、なんだかほっとする。

 不意にルカーシュの目線が私の背後に向けられた。そこにいたのは――アルノルトだ。引き結ばれた口元に、振り返らずとも分かる。




「……アルノルトさんも、こんにちは」


「こちらの都合で呼びつけてしまってすまない」




 ぎこちなくも会話を交わした後、アルノルトが私に「事情はどこまで話している」と短く問いかけてきた。それに顔だけ振り返って答える。




「手紙で一通り伝えていますが」


「分かった。……俺から直接、改めて話そう。俺の妹、エルヴィーラを救うために、どうか力を貸してほしい」




 大きく頭を下げたアルノルトにルカーシュは何かを察したかのように眉間に皺を寄せ、考え込むような素振りを見せた。

 ――その後、詳しい話をこんな往来でするわけにもいかないのですぐにエルヴィーラたちが待機している王城の一室へと移動した。そこでアルノルトは淡々と、事実のみをルカーシュに告げる。

 この世界に魔王が復活しようとしていること。

 魔王は現在、アルノルトの妹であるエルヴィーラに寄生していること。

 それらの情報を提供してくれたルストゥの民の存在。

 そして彼らが言うにはルカーシュの持つ力が、魔王を退けるかもしれない、ということ。

 近々ルストゥの民と協力して、エルヴィーラに寄生する魔王を引き剥がす”実験”を行うこと。

 ――だから、手を貸してほしい、と、最後にそう言った。

 あらかた、私が既に手紙で伝えている。しかしこう面と向かって改めて説明されるとやはり信じがたいのか、ルカーシュは戸惑うように視線を泳がせて――青の瞳は、私に助けを求めるようにこちらに向けられた。

 私は頷きもしなかったし、首を振ることもしなかった。ただルカーシュの瞳を、左目に刻まれている勇者の証を見つめていた。

 ――しばらくの沈黙の後、ルカーシュは口を開いた。




「――事情は分かりました。僕の力が何かの役に立つなら……手伝いたい」




 その言葉に、部屋の中に漂う空気が緩んだのを感じた。




「ありがとう、ルカーシュ殿」




 改めてアルノルトが頭を下げる。ルカーシュは恐縮することも驕る素振りをみせることもなく、ただ頷いて応えた。

 会話が一段落ついたところで、今まで黙って見守ってくれていたメルツェーデスさんがルカーシュに話しかけた。




「本当にありがとう、ルカーシュくん。私からもお礼を言うわ」


「メルツェーデスさん!」




 久しぶりの再会に、ルカーシュは感動したように若干頬を赤らめてメルツェーデスさんの名前を呼ぶ。するとメルツェーデスさんは喜ぶように「まぁ!」と小さく声をこぼした。




「覚えていてくれたのね、嬉しいわ。久しぶりね、随分と美少年になっちゃって」



「あ、ありがとうございます……」




 美少年、という言葉にルカーシュは赤らめていた頬を更に赤くする。うまく返事が出来ず困っていたところに、メルツェーデスさんの隣にお師匠の姿を見つけたのだろう、明らかにほっとした表情を浮かべお師匠の許に駆け寄った。




「ベルタさん、ここにいたんですね! 最近家を留守にしてると思ったら!」


「おお、王都暮らしを満喫しとったわい」




 ふぉふぉふぉ、といかにも老人キャラクターらしい笑い声をあげるお師匠。ルカーシュは彼女と近況をお互いに伝え合い――ふと、彼の青の瞳が僅かに見開かれた。

 ルカーシュの目線の先には、お師匠の後ろにすっかり隠れていたエルヴィーラの姿があった。彼女の故郷であるエルフの村へ向かう道中で仲良くなったのだろうか。




「……君が、エルヴィーラちゃん?」


「エルヴィーラ・ロコ、です」


「僕はルカーシュ・カミル。よろしくね」




 しゃがみこみ、エルヴィーラと目線を合わせて微笑むルカーシュ。エルヴィーラは人見知り故か、お師匠の後ろに隠れたままだった。

 この二人が並ぶ姿を見ると、やはりどうしても「ラストブレイブ」を思い出す。小さき天才魔術師と、この世界の勇者。共に多くの人々からの期待とプレッシャーを背負う二人は、恋とは違う特別な絆で結ばれるようになるのだ。例えるならば兄妹のような。

 弟と妹のやり取りを見守るような気持ちに浸っていると、不意に響いたノック音が部屋の中に漂うのどかな空気を引き裂いた。

 どくり、と心臓が高鳴る。開いた扉の向こうに立っていたのは――ルストゥの民だ。

 先頭に立っていたリーンハルトさんがルカーシュに一直線に近づき、会釈した。




「初めまして、ルカーシュさん」


「あなたは……?」




 すかさず二人の間に割って入り、ルカーシュに紹介する。




「アルノルトさんの話の中にも出てきた、ルストゥの民のリーンハルトさん」


「あぁ! 初めまして、ルカーシュ・カミルです」




 どうも、と今までになく丁寧にルカーシュに右手を差し出したリーンハルトさんの琥珀色の瞳が、一瞬私を貫いた。

 不意に昨日リーンハルトさんと交わした会話が鼓膜の奥に蘇る。




『ルカーシュが選ばれた勇者だということは、まだ黙っていてもらえませんか』




 昨日、リーンハルトさんにそう提案すれば彼は迷うことなく頷いた。

 ルカーシュは未だ、自分のことを勇者だと分かっていない。自分の力を不思議がってはいるが、まさか魔王を倒すことを運命づけられた勇者だとは露ほども思っていないだろう。

 突然「あなたは勇者です、魔王を倒してください」などと言われて、はいそうですかと受け入れられるはずもない。やがては知ることではあるが、今回がそのタイミングとは思えない。

 「ラストブレイブ」の主人公は、旅をする中で己の運命をだんだんと知っていくのだ。突然現れた第三者に告げられるのではない。




『あァ。俺たちも同じ提案をしようと考えてたとこだ。突然現れた第三者にアンタは勇者だと告げられたら動揺するに決まってる。決行日に影響を及ぼす可能性もあンだろ』




 リーンハルトさんが口にしたのはもっともな、理性的な考えだ。

 『よろしくお願いします』と頭を下げれば、赤毛の彼は戸惑ったように微笑した。




『お願いすンのはこっちだ。だから頭を下げないでくださいよ、ラウラセンセ』




 リーンハルトさんはお師匠の件で私に負い目があるらしい。あれからどうも距離感を測りかねている。それが手に取るようにわかるからこそ、私もうまい距離感を見つけられず、ただ曖昧に微笑むことしかできなかった。

 ――今、ルカーシュの目の前に立つリーンハルトさんはいつもはゆるく結んでいる髪をきっちりとセットし、服装も正装だ。目つきの悪さは相変わらずだが、普段とは明らかに雰囲気が違って見える。




「決行日は翌々の休日。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」




 リーンハルトさんが挨拶を終えると、すかさずジークさんが人好きする笑顔でルカーシュに近づく。

 人見知り故に緊張で顔が若干固まっていたルカーシュだったが、ジークさんの笑顔を見て緊張が緩んだのか、ほっと肩の力が抜けたのが傍から見ていて分かった。




「俺はジーク、そしてこちらがレオンです。よろしくお願いしますね」




 ジークさんの後ろに控えていたレオンさんが、ルカーシュと似たような緊張した笑みで挨拶をする。リーンハルトさんよりは年齢が近いこともあってか――もちろんルカーシュの方が年下なことに変わりはないが――多少の雑談も弾んだようだった。

 和やかな会話を交わし――残る一人は、銀髪の少女。

 ルカーシュの青の瞳が、少女に向けられた瞬間見開かれた。絡まる視線。全てがスローモーションのように私の目には映って――ルカーシュが一歩彼女の方に踏み出し、その唇に僅かに笑みを乗せたのも、鮮明に見えた。




「……君は?」


「ディ、ディオナです。よろしくお願いします、ルカーシュ様」




 ――それはこの世界の主人公とヒロインが出会った瞬間だった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 『ルカーシュの青の瞳が、少女に向けられた瞬間見開かれた。絡まる視線。全てがスローモーションのように私の目には映って―― ルカーシュが一歩彼女の方に踏み出し、その唇に僅かに笑みを乗せたのも、…
[良い点] ディオナへのルカーシュの反応が、他の人とは違っていて、ちょっと心配ですね。 ラウラが大好きな状態でも、やっぱりゲームの強制力ってあるんでしょうか? とても複雑です。 ここまでラウラ好き好き…
[一言] ついに……! 更新されたコミカライズを読み、回想でみられたルカーシュとヒロイン古代種の少女の絡みが絵でダイレクトに来るものがあったので、この邂逅がより待ち遠しかったです。 ラウラの行動によ…
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