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10:王属調合師見習い試験(下見)




 ――翌日。アルノルトの試験は王城で行われるというので、私は王城まで同行させてもらった。てっきりメルツェーデスさんもついてくると思ったのだが、なんと2人きりだ。

 先日の不機嫌の原因が分からないまま2人きりというのは些か気が重かったが、メルツェーデスさんは最初からついてくる気がなかったらしく、笑顔で見送られてしまった。ここで一緒にきて欲しいとごねたところで、アルノルトの機嫌を更に損ねるだけだと腹をくくって2人で宿屋を出た。

 王城への道を無言で歩く。話しかけてくる気配は一切ない。しかし同時に眉間のシワもないため、今はそこまで機嫌は悪くないのかもしれない。

 しかしこうなるとますます、先日のルカーシュへの突っかかりはなんだったのかと疑問に思う。単純に性格が悪くなっただけだろうか。


 一言も会話しないまま、とうとう城門の前までやってきてしまった。あたりには同世代の男の子、女の子が複数名みられる。彼らも王属調合師“見習い”を目指しているのだろう。

 門の前で足を止める。流石に何か言葉をかけて見送った方がいいのでは、と思い口を開いた。




「頑張ってください」


「言われるまでもない」




 バッサリと切り捨てられて、苦笑することしかできない。

 先日のことを抜きにしても、もともと親しくもなかった上に3年ぶりなのだ。どういった距離感で接すればいいのか全く分からない。

 城へと消えていくアルノルトの背中を見送って――はたと気がついた。私はどこでどれだけアルノルトを待っていれば良いのだろう。そもそも試験が終わるまで待っていなければならないのだろうか。一足先に宿屋に帰っては、後で怒られるだろうか。

 決めあぐね、その場で数度足踏みをした私に、




「お兄さんについてきたんですか?」




 不意に声がかけられた。

 慌てて声がした方を見上げると、そこには優しげな笑みを浮かべ、私を見下ろす男性が立っていた。淡い緑の髪と尖った耳が、メルツェーデスさんを思わせる。この人もエルフだ。

 男性は優しげな顔立ちには似合わない、重々しい鎧を身に纏っていた。その鎧にはこの国の国章が刻まれている。王都の騎士団・シュヴァリア騎士団に所属しているとみた。

 彼が言ったお兄さん、とはアルノルトのことだろう。一瞬躊躇ったが、私は頷いた。




「は、はい……どこかで待ってることって出来ますか?」


「親族用の待合室がありますよ。よければ僕が案内しましょう」


「あ、ありがとうございます!」




 男性は膝をつき、私に手を差し伸べてくる。柔らかで優雅な動作に「王子様みたいだ」なんて見惚れる――ではなく、感心してしまった。確かにこの世界はゲームの世界と言えるかもしれないが、それでも私にとっては現実だ。現実にこんな人がいるなんて。

 彼が所属していると思われるシュヴァリア騎士団は、「ラストブレイブ」でも主人公に縁が深い存在だった。パーティーメンバーの1人がこの騎士団の、騎士団長だったのだ。

 手を引かれて、城門をくぐる。途端目の前に広がった光景は、「ラストブレイブ」で見た景色そのままだった。豪華絢爛な王城が中心に鎮座しながらも、周りには緑が溢れている。

 そのまま王城へ入る――のではなく、脇の庭園への道に入った。そのまま進んで行くと、離れの塔があらわれる。あの塔が待合室になっているのだろうか。その塔にもまた、見覚えがあった。

 キョロキョロとあたりを眺めては、記憶の中の王城と比べる。今のところ、これといった相違点は見られなかった。




「このお城に勤めていらっしゃるんですか?」


「はい、シュヴァリア騎士団に所属しています」




 やはり私の読み通り。

 それにしても、こんな年下の小娘にも敬語を崩さず、笑顔で接してくれる。とても素敵な人だ。

 パーティーメンバーの騎士団長は口こそ多少乱暴だったものの、彼もまた人情に溢れた人物だった。ルカーシュが旅立つまであと5年ほど。彼はもう騎士団長になっているはずだ。

 脳裏に浮かんだ豪快な笑みに、自然と口元が緩んだ。




「お兄さんは調合師の試験を受けにきたんですか?」




 男性はすっかり、アルノルトを私の兄だと思い込んでいるようだ。顔立ち自体は似ていないと思うのだが、彼は遠くから見ていて分からなかったのかもしれない。

 アルノルトが兄、という設定に多少の引っ掛かりを覚えながらも、私は頷いた。




「はい。私も数年後には受けようと思ってます」


「そうなんですか! ――あっ、ここです」




 案内されたのは、思った通り離れの塔だった。

 男性が扉を開けると、いくつかの視線が私を貫く。今日試験を受けにきた子たちの父母と思われる人々が、硬い表情で待合室の中で座っていた。

 思っていたより雰囲気が重い。そして父母達の中で、明らかに私の存在は浮いている。しかし城門の近くで待ちぼうけしているよりはずっとマシだ。

 男性と繋いでいた手を離すと、私は振り返って頭を下げた。




「案内、ありがとうございました」


「いえいえ。数年後には君のお世話になるかもしれませんね。その時はよろしくお願いします」




 柔らかな笑顔と、柔らかな声音。

 王属調合師見習いの試験に合格した際には、ぜひまた会いたいと思う、とても素敵な人だった。




 ***




 柔らかいソファに腰掛け、提供された明らかに高級なジュースを飲みながら待つこと数時間。アルノルト本人が待合室までやってきた。

 試験の結果はどうだったのかと表情を窺ったが、相変わらず無表情で何も読み取れず。お疲れ様でした、とだけ言葉をかけて、二人で帰路につく。




「明日は何をされるんですか?」


「今日は筆記ときたら、明日は実技しかないだろ」




 気を遣って話題を振ってみても、これだ。確かに私ももう少し考えを回して質問するべきだったかもしれないが、言い方というものがあるのではないか。

 腹が立ったので、あえてその話題を掘り下げる。

 我ながら大人気がない。こういうときにこそ、“私”の経験を活かしたいものだが。




「……実際に調合されると?」


「指定された効力を持つ回復薬の調合を、薬草の選別の段階から採点される」




 腹立たしさから突いた話題だったが、試験内容にへぇ、と感心してしまった。そしてそうだ、と思い出す。忘れかけていたが、私は2年後の予習として今回王都を訪れているのだ。来たからには何か収穫を得て帰らなければ。

 1日目は筆記、2日目は実技。実技は薬草の選別の段階から始まるらしい。きちんと薬草の種類とその薬草の効力を覚えた上で臨まなければいけない、ということか。

 薬草に関してはほとんどの種類を記憶していると自負しているが、それでもあと2年、気を抜かず漏れがないよう勉学に励まなければ。




「……オマエの幼馴染、ルカーシュといったか」




 私が決意を新たにしていると、独り言のようなボリュームの問いが落とされた。

 まさかアルノルトから話題を振ってくるとは思ってもおらず、更に持ち出してきた話題がルカーシュについてだったため、私は二重に驚いて返事が遅れてしまった。




「あの左目の紋章はなんだ。明らかに普通じゃない」




 少しの沈黙も待てない、というように質問を重ねてくるアルノルト。その声音にも表情にも、恐怖や不快感といった感情は滲んでいなかった。そのことにホッとしつつも、できるだけいい印象をアルノルトに与えようと言葉を選ぶ。




「分かりません。でもルカーシュは少し……不思議な力を持っています。人を守る、とても素敵な力です。それに関係してるかもしれません」




 まだ魔物が人の力で抑えられている今、勇者の力だなんだと説明しても逆に怪しく思われるだろう。

 数年後、広い意味ではアルノルトもルカーシュに救われることになるのだ。だから遜れとは言わないが、それにしたって先日の嫌味はないだろう。しかしこうして私に聞いてきた、ということはどんな形であれ興味を持っているのか。

 私の言葉をアルノルトはどのように受け取ったのかと、その表情をちらちら横目で窺っていたら――目線の先に何かを見つけたのか、わずかにその目を丸くした。かと思いきや、突然ある方向を指差す。指差した先を辿れば、そこには露店があった。看板を見るに、主として飲み物を売っているらしい。

 何か飲みたいものでもあるのかと呑気に横顔を見つめていたら、予想外の言葉が投げかけられた。




「おい、おごれ」


「はっ?」


「労ってくれてもいいだろ、喉が渇いたんだ」




 確かに、試験を終えたアルノルトを労うべきだった。私の下見を許可してくれたことに対するお礼も兼ねて、ジュースの一杯ぐらい奢ることに関してはなんら不満はなかった。

 けれど、3年前と比べても明らかに不遜さを増したその声と口調が気に入らない。こればっかりは自分の意思でどうすることもできない、素直な感情だ。だからといって奢ることを拒否するとまではいかないが、少しだけ意地の悪い質問をしてやろうと思いついた。

 ニヤつきそうになる口元を誤魔化すように目元も細めて、優しい笑みを演出する。そして努めて柔らかな声音で尋ねた。




「構いませんけど……喉が渇いたなんて、緊張したんですか?」


「したよ。悪いか」




 ――なんと。意外にも、素直な返事が間も置かずに返ってきた。意地悪を言ったつもりが、面を食らってしまう。

 固まった私に不満げな鋭い視線が向けられてきたので、慌てて首をふる。




「いえ、そんな」




 まだあなたも14歳なんだなって、安心しました。

 本音は隠して当たり障りのない返事をすれば、アルノルトは興味がなさそうに視線を私から外した。そしてぶっきらぼうに「早く買ってこい」と命令されてしまったので、私はアルノルトの元を離れて露店に駆け寄る。

 3年前にも似たようなことを思ったな、と懐かしくなった。自分でも気づかないうちに、口元には笑みが浮かんでいた。




 ***




「ラウラ、お帰り」




 宿屋に帰るなり、ルカーシュが笑顔で迎えてくれる。

 ぶっきらぼうなアルノルトと半日行動を共にしていたためか――とは言っても、試験の時間を除けば1時間程度だが――体が強張っていたらしい。幼馴染の暖かな笑顔に、身も心も癒されていくようだ。




「ごめんね、せっかく一緒にきてくれたのに放っておいちゃって……」


「いいんだ、僕が来たかっただけだから。それに今日はメルツェーデスさんに街を案内してもらったんだ、楽しかったよ」




 こんなことを思うのはルカーシュに失礼だと分かっているが、今の私の目から見てルカーシュはかわいい中型犬のようだ。何を考えているか全く読み取れないアルノルトと比べて、ルカーシュは全身で好意――念のため、ここで言う好意とは幼馴染、友人としての好意だ――を示してくれる。

 かわいい――精神年齢上は――年下の男の子に、私の口元は自然と緩んでいた。




「それで、ラウラが好きそうなお店を見つけたんだ。明日か明後日、時間があったら行こう」




 ルカーシュの嬉しい誘いに大きく頷く。

 王都への滞在日数は残り2日――2日後に帰路につくため、正確には1日と半日――だ。明日は今日と同じようにアルノルトの試験に同行するが、明後日は半日予定が空く。元々最終日はルカーシュと一緒に王都を観光しようと約束していたし、私が好きそうなお店とやらがどんなお店なのか、楽しみだ。





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