呪われた令嬢と終幕
学園の卒業ダンスパーティー。悪役令嬢イオリアが糾弾される場面。私はアイザック様が好むセクシーなドレスを着ていた。胸を強調するので恥ずかしいのだが、着ただけでアイザック様が嬉しそうになるドレスである。しかし、肝心のアイザック様がいない。いつもなら、必ず迎えに来てエスコートしてくれるのに。
『強制力』
不意に、そんな言葉が浮かんできた。私はヒロインであるエルシィとも仲良くしていたし、アイザック様とも多分良好な…い、いや!多分ラブラブな関係だったはずだ!でも、まさか…シナリオは変わらないの?
「あ、お嬢!アイザック様は急用だそうで、俺が迎えに来ました!」
「あのヘタ…………どうしようもないクソ主なんて気になさらず、楽しみましょう」
「ええ…」
私はうまく笑えているかしら。どうでもいいけど、ヘタレよりどうしようもないクソ主の方がひどい気がするわ。
いつも通りなライラに癒されつつ、ルイルにエスコートされて会場に入った。
パーティーが始まったが、アイザック様は現れない。エルシィも居ない。不安がどんどん増してくる。何人かに声をかけられたが、ちゃんと返事していたか怪しい。
そんな中、会場が暗くなり舞台に灯りがともされた。舞台には、アイザック様とエルシィ。
ダメだったんだ。
何度も見た、ゲームのエンディングシーンの再現。
「イオリア、来なさい」
嫌だ、怖い。怖くて仕方ない。彼に疎まれ、捨てられるなんて嫌だ。だが、私はイオリア=クラン。伯爵令嬢なのだから…公の場で醜態を晒せば、家の名誉に関わる。私だけの問題ではないのだ。
「…はい」
私はゆっくりと、優雅に進む。流石にドジの呪いは公式では発生しない。あの悪役令嬢イオリア…伊織が混ざる前のイオリアのように気品ある完璧な淑女としてふるまった。
目前には、お似合いの二人。私は…ちゃんと笑えているかしら。
そして、二人は私に向き合い……
…………ひざまづいた。
あれ?
私は一度目を閉じる。開く。閉じる、開く、閉じる、開く、閉じる閉じる、開く。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー…………違う、最後のは出産時の呼吸法だ。
どう見ても、何度見ても、出産時の呼吸法を試してみてもアイザック様とエルシィが私にひざまづいている。
「………え?」
「イオリア…」
アイザック様は優しく私を呼んだ。私は、まだ嫌われてない?ふらふらと声に誘われてアイザック様の側に行こうとする。
「ちょっと待った!!」
「ふぇ!?」
しまった!びっくりして変な声が出てしまった。今のはエルシィ?なんか…声が…
「ねぇ、イオリア?イオリアは私を好きよね?」
「え?そ、そうね」
私はエルシィに手を取られる。混乱しつつも大切な友人であるエルシィは好きなので素直に返答した。
「ふっ」
勝ち誇った様子のエルシィ。何故かうちひしがれた様子のアイザック様。
「結婚しよう、イオリア」
「へ?」
エルシィは私を抱きしめた。あれ?固い。女子特有の柔らかさがない。微妙にお尻を揉まれている!?
「あ、アイザック様!」
なかばパニックで必死に助けを求めると、アイザック様はすぐに私を助けて抱きしめてくれた。アイザック様の匂い…安心してアイザック様の肩にすり寄る。アイザック様がハァハァしている気がするけど…気のせいよね!アイザック様は紳士だもの!
「イオリア、けっこ「待て!イオリアと結婚するのは私だ!」
エルシィがアイザック様を遮った。
「エルシィ…貴方は…誰?」
スポットライトがエルシィに当たる。
「ある時は通りすがりのきぐるみ客引き…」
あ、あのきぐるみ…以前デートではぐれた私の相手をしてくれたきぐるみさんだわ。中はエルシィだったのね。
「ある時は清楚可憐な伯爵令嬢!」
つまりいつものエルシィね。
「しかして、その実態は!………この国の…王太子、エルサール=ビルドだ!!」
「ええええええええ!?」
びっくりする私。お付きらしい人たちが薔薇を撒いてます。お疲れ様です。演出…かしら?
「…知らなかったのか?」
「知ってたんですか!?」
知ってたらあんな親しくしませんよ!可愛い女子だと信じてましたよ!
「…わりと公然の秘密だった。あいつ、脱ぐとゴツいし」
困ったご様子のアイザック様。ちょっと可愛い…ではなく!
「ええええええええ!?な、なんで誰も教えてくれないのですか!?」
涙目で、舞台の下…クラスメイト達に嘆いた。私は一緒に着替えたりしてましたよ!?道理で皆避けるはずですよ!
『口止めされてました』
皆さん、練習したかを疑うほどにハッキリと声を揃えた返答でした!
「納得しました!」
つまり、悪いのは王太子様!いや、自国の王太子の顔を覚えてない私にも問題はありますが、私は伯爵令嬢だからそもそも接点がなかったんですよ!いや、他にも気になることがある!
「本物のエルシィ嬢は!?」
興味なかったから忘れてたけど、ヒロインは王太子の異母妹だったという設定があったから、似てるのも仕方ないのかも。
「エルシィを知ってるのか?あいつなら、かけおちした。貴族の政略結婚なんぞまっぴらだから平民になって苦労するんで勘当してくれと…いっそ潔かった」
「隠しルート!!」
確か、全キャラ攻略すると現れるルートで、プロローグから始まり、なんとゲームスタート前にエンディングになるという、身も蓋もないルートである。つまり、つまり…
私はゲームの強制力に怯える必要などなく、むしろアイザック様とラブラブしてれば良かったのだ!エルシィ(偽者)に遠慮する必要もなかったのだ!
「な、なんてこと……」
ショックで倒れそうになる私。あ、でもよく考えてみたら…アイザック様はヒロインにとられない?アイザック様は私の旦那様に…なる?
「大丈夫か?」
今だってアイザック様は私を心配している。
「…ジャックは…私を好き?」
「ああ、いや、愛している。結婚してくれ」
「…………けっこん?」
「ああ。俺の子供を「だから待てって!イオリア、私と結婚してくれ!私だって君を愛している!このムッツリ助平に負けないぐらい!」
「………………潰す」
「はっ!出来るもんならやってみろ!いつも私に傷ひとつつけられないくせに。騎士団長の息子のくせに情けない!」
あ、王太子様、地雷踏み抜いた。それはNGワードなんですよ。
「……………ふ……………殺す」
柔らかく微笑んだアイザック様は、殺気を膨れ上がらせて王太子様に全力で斬りかかる。
「あわわわわわ!ちょ!マジで挑発しすぎですよ!」
「守る方の身にもなってくださいよ!」
「うわあああん!謝りますから、俺が謝りますから、土下座でも寝下座でも五体投地でもしますから、許してえ!」
護衛の騎士達の方が悲壮感が漂っている。当の王太子様は逃げ回っており、当たりそうもない。
いつもの光景だ。クラスでいつも見ていた風景。
そっか、変わらないのね。この世界は、ゲームのシナリオから外れて…誰も知らない物語を紡いでいくのだわ。
「ライラ、ルイル、帰りましょう」
「「はい」」
二人にエスコートされて、帰る途中盛大に転んだ。気が抜けたんだわ。あらやだ、鼻血まで出てる。
「お嬢様!?」
「うっわ、道のほんの僅かに欠けた部分にヒールが挟まるとか、ありえねー!いっそミラクルっすね。あ、回復!」
「ありがと…ふふ、本当に嫌になるわ。あはは、うふふふふ」
ルイルの魔法で鼻血はすぐ止まる。ライラがすかさず清めてくれた。間抜けすぎてなんだかおかしいわ。私…本当はずっと怯えていたのね。
「…お嬢様が何に怯えてらしたのか、ライラは知りませんが…ライラは何があろうとお嬢様の味方ですわ」
「あ、俺も俺も!なんなら、俺もお嬢様に求婚しようかな」
「あら嫌だ、私ったらモテモテね」
クスクス笑いながら夜空を見上げた。うん、大丈夫。ドジな私だけど、きっと幸せになれる気がするわ。とびきりの笑顔で帰宅した。
追伸・アイザック様と王太子様とルイルが毎回私をとりあうようになりました。そもそも私の婚約者はアイザック様だと言っていますが、誰も聞いてくれません。どうしたらいいでしょうか。
完結です。
残念な男性視点や、番外など書くかもしれませんが、本編はこれでおしまい。
短編は無理でも、短く5話とかイケるかなと実験してみたのがこのお話です。
あくまでもさらっとライトギャグ、ちょいエロ風味でございました。最後まで呆れずここまで読んでくださった方、ありがとうございます。