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入学式⑴

初書きです。ゆるいです。

ご笑覧ください。



忘れられない光景がある。



僕は小さい頃、迷い込んだ森の湖で妖精をーーいや、怪物を見た。

その人は湖の中でさざなみ一つ作らずに佇み、ゆるく波打った、月の女神に愛されたような銀の髪を湖面を広げ、角度によって色が変わる薄緑の瞳はきらきらと輝き、長い四肢と白い肌は遠目でも眩しく、頰は上気して…なぜか水中を熱心に見つめていた。


幼いながら美しいものが好きだった僕は、道に迷ったのも忘れて木の陰から夢中で彼女を見つめていた。


そして、見てしまったのだーー彼女が恐ろしい速さで成人サイズの魚を捕まえ、そのままペロリと丸呑みにするところを。




**************************




(作りかけの「コレクション」も置いてきてしまったし、もう帰りたい……)


小窓から流れる景色をぼんやり眺めながら、レヴィンはもう何度目かわからない溜息をついた。


「ヴィー、溜息やめて」

「ごめん」


うんざりしながら言ったのは、僕の隣で退屈そうに馬車に揺られている幼馴染のロアンナ。ロアンナは3歳の時に決められた婚約者で、以来ずっと共に育ってきた。


今は学院から支給されるフードを目深に被り、何やら思いついたのか熱心に紙に書き留めている。

深い緑の髪に同色の眼、深い思慮と知識欲を伺わせる美しい顔つきで、幼い頃は彼女の作った新薬だとか新魔法だとかの実験台にされたものだ。


訂正しよう。今も時折実験台にされる。

感情の発露が乏しい彼女だが、案外好奇心は強く、僕は彼女の持ってきた厄介ごとや疑問を解決するために付き合わされてきた。


(目立ちませんように……でも、失敗もしませんように)


今日は王都にある国立学院の入学式で、僕は朝から憂鬱で仕方がなかった。この国の貴族は、10歳になると必ず王立の学院へ通わなければならない。


今までは兄達や家庭教師から手習い程度に気楽に剣や魔法を稽古してきたのに、学院に入ったらプロフェッショナルで容赦のない先生たちが腑抜けた貴族の娘息子達を鍛えるために待ち構えている。


僕の能力は平凡中の平凡といったところである。

そこら中にいる薄茶の髪に少し緑がかったハシバミ色の瞳。

魔力量も剣術も普通。学問も普通。

唯一、貴族といった点は平凡ではないかもしれないが、王国中に貴族は居るし、今から行く学院には貴族しか居ない。

趣味は珍しいものや美しいもののコレクション。

この国の貴族の男子は大抵何かをコレクションしたがるので、趣味まで平凡だ。


王都からそれほど離れても近くもないし、かといって広くはないし狭くはない領地を持つ伯爵家の三男。2人の優秀な兄達のように剣の才も魔法の才もなく、平凡な容姿と平凡な中身の僕。


三人目なので特に期待もされていないが、一応貴族の息子なので失敗は許されない。上流階級の縮図のような学院で果たしてやっていけるのだろうか。


思い悩むうちに、僕は眠ってしまった。





湖の夢を見た。

僕はまた、湖を探してふらふらと歩いていた。

魚を丸呑みにした美しい女を見た、あの湖だ。


僕は今でもあの光景が忘れられず、領地の森を散々歩き回ったが、結局あの湖に辿り着く事は無かった。


夢の中の僕は、なぜか今日は湖が見つかるような気がしている。

ザクザクと歩いていくうちに、前方の木々の間から拓けた空間があるのが見える。近づくにつれ、小鳥の鳴き声と、水場特有の冷たい空気を感じて、絶対にあの湖だと確信する。


だんだん歩くのが早くなって、とうとう駆け出して、遂にきらきらと陽光を反射する湖面が見えた。


ついに見つけた!







「ヴィー、着いたよ」


ロアンナの声で起きた僕は、ここは何処かと一瞬悩み、本来の目的を思い出して慌てて馬車を降りた。

荘厳な雰囲気の学院の表門には、次々と揃いの真新しいローブを着た新入生が到着し、皆落ち着かなさそうにしている。


着いた順に上級生に連れられて入った教会は、全校生徒が入れるほど広く、オペラ座のように舞台があって、後ろにいくほどーーつまり入り口に近いほど高くなっている劇場型だ。


前の方から座らされ、そわそわと周りを見渡すともうすでに上級生は揃っていた。8学年も有るので後ろの方に座る高等科の生徒はかなり背が高い。皆新入生を値踏みするように見つめている。


僕たちはまだ背も低く、10歳の子供ばかりなので、少々恐ろしく思えた。普段殆ど周りを気にしないロアンナも、ザワザワと低い声で雑談が響く空間に居心地悪そうに座っている。


しばらくして、教会の鐘が3つ鳴らされた。

徐々に灯りが消され、壇上を除いて教会内は暗くなる。


最初に現れたのは、学院創設者の子孫である国王だった。低頭する生徒たちに顔を上げるように言って、当たり障りのない式辞を告げる国王。

思っていたよりもずっと普通のおじさんのようで、議会と王国貴族を纏め上げる権力者にはあまり見えない。新聞で読んだ通りの穏健な王らしかった。


国王は式辞の最後に、空中に「入学おめでとう」と光る文字を描いた。

文字は火の粉のように光りながら散っていき、消えたと思うと教会内に紙吹雪が舞った。

急に降ってきた色とりどりの紙吹雪にワッと歓声が湧いたと思うと、どこからか沢山の鳩が飛び出してきて、また消えた。

紙吹雪と鳩が消えたと思うと今度は空想上の生き物ーードラゴンやフェニックス、ペガサスや古今東西の伝説の生き物が次々と頭上を駆け抜けていき、最後に多種多様な花が振った。


ふとローブの胸元を見ると、白いエーデルワイスが一輪飾られている。

普通のおじさんに見えた国王は、どうやら魔法は一級のようだった。


次に教育庁の代表、教皇から届いた魔報、学院長、と続き、半分眠りながら学生自治会の会長の長い挨拶を聞いていた時にそれ(・・)はやってきた。


「「「さぁさぁ皆さん!ご注目を!そちらの眠ってしまいそうな新入生くんも、がっつり寝ている最上級生の皆さんも!今からは一時たりとも飽きさせませんわ!」」」


きっと、頭を殴られたような衝撃とはこのことを言うのだろう。

空中から伸びる長いブランコに立ち、教会中に花火を打ち上げ、はらはらと光る大粒の雪を降らせ、ローブを翻している女生徒はーー長い銀糸の髪に薄緑の髪をしていた。




つづく

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